第13話 文化祭準備中の消えた看板デザイン事件
体育祭の熱気が落ち着いたころ、学校は一気に文化祭ムードに切り替わった。
廊下には、装飾用の紙花が並び、あちこちの教室から、楽器の音や、演劇部のセリフ合わせの声が聞こえてくる。
部室に依頼が来たのは、そんな放課後だった。
「看板のデザインが、勝手に描き変えられるんです!」
飛び込んできたのは、文化祭実行委員の女子生徒だった。
「描き変えられる?」
和奏が聞き返すと、女子生徒はうなずいた。
「正門に飾る、文化祭のメイン看板です。実行委員会でデザインを決めて、下描きまでできてたのに、朝になると、絵の一部が違うものに直されてて」
「盗作とか、いたずらとか?」
「いたずらにしては、丁寧すぎるんです。むしろ、元のデザインより上手くなってるくらいで」
美空がホワイトボードの前で、丸を三つ描いた。
「霊」「覆面画家」「購買部」。
「覆面画家って、初めて出た仮説だね」
「文化祭シーズンには、芸術的な仮説がふさわしいと思って」
「そういうものなの」
彩羽が腕を組んだ。
「絵が上手くなってる、か。誰かが手直ししてるってことだよな」
「今回は、幽霊要素、薄いね」
「絵の話は、別に怖くない」
信吾は前髪を払った。
「これは、俺たちのライバルの仕業かもしれない」
「がくほが、看板の絵を直す理由、ある?」
「秩序を乱す、下手な絵を正している、という可能性がある」
「その発想、地味に失礼だと思う」
大地はソファでせんべいをかじりながら聞いていた。
「看板、完成したら、お菓子の絵も描いてほしいな」
「今回、あんまり関係なさそうだけど」
優助が控えめに手を挙げた。
「あの、正門の看板は、夜間、誰でも近づける場所にありますよね。鍵のかかる場所じゃないので」
「そうなると、犯人を絞るの、難しそうだね」
「はい。でも、絵の上達具合を見れば、誰が描いたか、ある程度わかるかもしれません」
◇ ◇ ◇
六人は正門に向かい、看板を確認した。
下描きの一部、校舎のイラストの部分が、明らかに以前より立体感のある線で描き直されている。
「これ、相当うまいね」
和奏が言うと、美空がしゃがみ込み、看板の隅を調べた。
「ここに、鉛筆の粉が落ちてる」
「消しゴムのカスかな」
しゃがんで確認すると、それは消しゴムのカスと、細かい木炭の粉が混ざったものだった。
「木炭?」
「美術部で使う画材だと思う」
彩羽が言った。
「美術部の誰かが、こっそり手直ししてるってこと?」
そのとき、正門の脇から、聞き覚えのある声がした。
「あら、また会いましたね」
現れたのは、がくほの奥津素子だった。後ろに、才川宏美もついてきている。
「がくほも、看板の件で?」
和奏が聞くと、奥津は優雅にうなずいた。
「生徒会から、看板のトラブルについて、調査を頼まれましたの」
「今回は、同じ依頼元だったんだね」
才川が、看板を眺めながら、芝居がかった仕草で言った。
「ふふ、この筆致、只者ではないね。まるで、影から学校を見守る、名もなき画家のようだ」
「才川さん、今回もその調子なんだ」
優助が、静かに看板を見つめた。
「あの、才川さんの言い方、大げさですけど、あながち間違ってない気がします」
「優助まで、その発想に乗るの?」
「絵の技術、明らかに独学の域を超えてます。誰かに習っている可能性が高いです」
◇ ◇ ◇
六人と二人は、美術室に向かうことにした。
美術部の顧問に話を聞くと、心当たりがあるようだった。
「ああ、それなら、一年生の子だと思うわ。最近、夜遅くまで美術室に残って、デッサンの練習をしている子がいるの」
「その子、看板に関係あるんですか」
「分からないけど、確認してみましょう」
美術室に向かうと、一人の男子生徒が、黙々とデッサンをしていた。
六人と二人に気づき、彼は慌てて画材を隠そうとした。
「あ、あの……」
「正門の看板、直してたの、あなた?」
和奏が優しく聞くと、男子生徒は観念したように、うなずいた。
「すみません、勝手に手を加えました」
◇ ◇ ◇
男子生徒は、一年生で、名前は坂本と名乗った。
「文化祭実行委員会には、応募したんですけど、デザイン担当に選ばれなくて」
「それで、こっそり直してたの?」
「はい。最初に見たとき、校舎の遠近感が、少し不自然に思えて。直したい気持ちが抑えられなくて」
花村愛理が、この場にいたら、きっと厳しく叱っていただろう。
だが、彼女の代わりに、奥津が静かに口を開いた。
「勝手に手を加えるのは、良くないことよ。でも、あなたの技術、本物みたいね」
坂本は、少し驚いた顔をした。
「あの、僕、絵を描くの、好きなんですけど、人前で発表するの、すごく苦手で。オーディションのとき、緊張しすぎて、全然実力が出せなかったんです」
「それで、こっそり手直しする方を選んだんだね」
和奏が言うと、坂本はうなずいた。
「勝手なことをして、すみませんでした」
実行委員の女子生徒が、少し考えてから言った。
「その、もしよかったら、正式に、看板の仕上げを手伝ってもらえませんか。今のデザインの上に、あなたの技術を活かして、一緒に完成させてほしいです」
「い、いいんですか」
「もちろん。むしろ、こんなに描ける人が近くにいたなんて、もったいないです」
坂本の顔が、ぱっと明るくなった。
◇ ◇ ◇
その後、坂本は正式に看板制作チームに加わり、実行委員たちと一緒に、正門の看板を仕上げることになった。
部室に戻り、美空がホワイトボードに大きく書いた。
『文化祭準備中の消えた看板デザイン事件――解決』
その下に、少し小さく付け加える。
『犯人・美術部の一年生。動機・止まらない画家魂』
「動機、また優しいものだね」
和奏が言うと、美空は満足そうにうなずいた。
「覆面画家説、あながち間違ってなかったよ」
「その言い方、地味に得意げだね」
彩羽は少し笑った。
「がくほと、また一緒に調べることになったな」
「今回は、花村さんいなかったね」
「あの人がいたら、坂本くん、もっと怖がってたかもな」
信吾は前髪を払い、決め顔を作った。
「今回、俺の出番、あんまりなかった気がする」
「絵に関しては、信吾の得意分野じゃないもんね」
「今度、俺も絵の練習をしようと思う」
「その意気込み、応援するよ」
大地は、せんべいの袋を開けながら言った。
「看板、完成したら、見に行こうね」
「うん、楽しみだね」
優助が、静かに言った。
「あの、才川さんと、また意見が合いました」
「今回、地味に嬉しそうだね」
「はい。少し」
窓の外、夕方の校舎には、文化祭に向けた準備の音が、あちこちから聞こえていた。
今日の放課後も、事件は笑いながらやってくる。
そして今回は、隠れた才能が、少しだけ日の目を見た一日だった。




