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第11話 学園生活保全部、参上事件

夏休みが明け、二学期の始業式を翌日に控えた放課後だった。


 部室に、いつもとは違う空気で優助が駆け込んできた。


「あの、大変です」


「優助が走ってくるの、珍しいね」


 和奏が言うと、優助は息を整えながら言った。


「掲示板の掲示物が、全部、勝手に直されてるんです」


「直されてる?」


「はい。始業式の案内とか、係のお知らせとか、貼り方が曲がってたのが、全部きれいに直されてて。それだけじゃなくて、内容も、細かく赤ペンで添削されてます」


「添削?」


 美空がホワイトボードの前で、久しぶりに丸を三つ描いた。


「霊」「校正マニア」「購買部」。


「校正マニアって、初めて出た仮説だね」


「季節の変わり目には、新しい仮説が生まれるものだよ」


「そういうものなの」


 彩羽が腕を組んだ。


「掲示物を直す、か。厄介ごとではなさそうだが、妙に几帳面な話だな」


「彩羽、今回は距離とらないんだ」


「相手が幽霊じゃなさそうなら、別に問題ない」


 信吾は前髪を払った。


「これは、俺たちのライバルが現れた証拠かもしれない」


「大げさすぎない?」


「探偵には、ライバルがつきものだ」


「探偵じゃないし、まだ何も分かってないよ」


 大地はソファでせんべいをかじりながら首をかしげた。


「添削って、お菓子には関係ある?」


「ないと思う」


   ◇ ◇ ◇


 六人は掲示板を確認しに行った。


 確かに、いくつもの掲示物が、几帳面すぎるほどまっすぐに貼り直されている。


 係のお知らせには、赤ペンで「日付の表記が統一されていません」「敬語の誤りがあります」といった指摘が、丁寧な字で書き込まれていた。


「これ、誰かの趣味にしては、徹底しすぎてる」


 和奏がつぶやいたとき、廊下の奥から、複数の足音が近づいてきた。


 現れたのは、見覚えのない生徒たちだった。


 先頭に立つ、髪をきれいに結った女子生徒が、涼しげな笑みを浮かべている。


「あら、先を越されてしまったかしら」


「え、と……」


 和奏が戸惑っていると、女子生徒の後ろから、腕章をつけた女子生徒が前に出た。


「掲示物の乱れは、学園の秩序を乱す行為です! わたしたちが、責任を持って正します!」


「秩序……?」


 彩羽が困惑した顔で聞き返した。


 先頭の女子生徒が、優雅に一礼した。


「はじめまして。わたし、学園生活保全部、通称『がくほ』のリーダーをしております、奥津素子と申します」


「学園生活保全部……?」


「特異事象研究部さんが、校内でずいぶん活躍されているとか。生徒会からは、学園の秩序を保つための新しい部活として、わたしたちが認められました」


 奥津は、笑顔のまま続けた。


「みなさんが騒動を大きくしてくださる分、わたしたちが後片付けをする、というわけです」


「騒動って、大きくしてるつもりはないんだけど」


 和奏が言うと、腕章の女子生徒が、ずいと前に出た。


「あなたたちの活動記録、拝見しました。プリン一個の事件に、六人がかりで大騒ぎ。校則的にはグレーですが、目に余ります!」


「愛理、そんな言い方しなくても」


 奥津がやんわりたしなめると、腕章の女子生徒――花村愛理は、少し頬を赤らめた。


「す、すみません、リーダー。でも、正義感が抑えられなくて」


 その後ろから、のんびりした声がした。


「あの、話終わったら、購買部行っていいですか。おなかすいて」


「瑠実、まだ挨拶の途中だよ」


 声の主は、快活そうな女子生徒だった。宮本瑠実と名乗る。


「甘いものは苦手だけど、マヨネーズは別腹なんです」


「その情報、今いる?」


 美空が横から口を挟んだ。


「マヨネーズは、宇宙食にも採用されている」


「初対面の相手に、いきなり宇宙食の話をしないで」


 瑠実の隣で、涼しげな表情の男子生徒が、芝居がかった仕草で腕を広げた。


「ふふ、これはこれは。噂に聞く特事研の面々、思っていたより……人間らしいね」


「人間らしいって、当たり前でしょ」


 和奏が言うと、男子生徒――才川宏美は、意味深に微笑んだ。


「この学園には、人ならざるものが潜んでいるという噂もある。君たちは、まだそれを知らないだけかもしれないな」


「今回は、がくほのほうが霊の話するんだ」


「僕は、可能性を語っているだけさ」


 最後に、無表情の男子生徒が、静かに歩み出た。足元には、どこからともなくついてきたらしい、黒猫が一匹くっついている。


「別に、僕は興味ない」


 彼は淡々と言った。


「茅野くん、初対面でその態度は」


 愛理がたしなめても、茅野厚と名乗るその男子生徒は、表情を変えなかった。


「掲示物、直したの、僕らだけど。文句あるなら、正しく貼ればよかっただけの話」


「文句があるとかじゃなくて」


 和奏が言いかけると、茅野は猫を撫でながら、口の端だけをわずかに上げた。


「ま、退屈しのぎにはなりそうだけどね」


「退屈しのぎって、初対面でそんな態度なの」


 彩羽が呆れたように言った。


   ◇ ◇ ◇


 奥津は、優雅に一礼した。


「今日は、ご挨拶に伺っただけです。今後、校内で活動が重なることもあるかと思いますが、どうぞよろしく」


「よろしく、って言われても」


 和奏が戸惑っていると、奥津はにこやかに、それでいてどこか値踏みするような目で六人を見た。


「特異事象研究部のみなさんは、事件を『解決』なさるとか。わたしたちは、事件が『起きないように』整えるのが仕事ですの」


「アプローチが真逆だね」


 美空が興味深そうに言った。


「これは、ライバル出現の第一歩だよ」


「今回は、その仮説、当たってるかもしれない」


 愛理が最後に、びしっと敬礼した。


「今後、校則違反や秩序を乱す行為があれば、容赦なく指摘させていただきます!」


「そんなに厳しくしなくても……」


 瑠実が、愛理の袖を引っ張った。


「愛理、それより、お腹すいた」


「瑠実は、いつもそれね」


 奥津がくすりと笑った。


「では、また。次は、事件現場で会うことになるかもしれませんね」


 がくほの五人は、来たときと同じように、そろって去っていった。


 残された六人は、しばらく無言だった。


   ◇ ◇ ◇


 部室に戻り、美空がホワイトボードに大きく書いた。


『学園生活保全部、参上事件――解決(?)』


「解決マークに、疑問符ついてるね」


 和奏が言うと、美空は真顔でうなずいた。


「事件じゃなくて、始まりだからね」


「始まりって言われると、なんか本格的だね」


 彩羽は腕を組んだまま、考え込んでいた。


「あの花村っていう子、校則にはめちゃくちゃ厳しそうだったけど、根っこは、悪い人じゃなさそうだったな」


「彩羽、意外と冷静に見てるね」


「別に、幽霊関係なければ、普通に判断できるからな」


 信吾は前髪を払い、決め顔を作った。


「ライバルが現れたということは、俺たちも、もっと本気で挑まねばならないということだ」


「今まで、本気じゃなかったの?」


「これからは、二割増しで本気になる」


「その二割、どこから来るの」


 大地はせんべいをかじりながら言った。


「あの茅野くんって子の猫、可愛かったね」


「そこ、印象に残るところなんだ」


 優助が、静かに窓の外を見ながら言った。


「あの、才川さんっていう人、なんだか、僕と似たようなことを言う人だなと思いました」


「気配とかミステリアスとかの話?」


「はい。同じ部だったら、気が合ったかもしれません」


「その発想、ちょっと怖いよ」


 窓の外、夕方の校庭には、始業式を明日に控えた静けさが広がっていた。


 和奏は、少し複雑な気持ちで、掲示板の方角を見た。


 これから、あの五人と、何度も顔を合わせることになるのだろう。


 今日の放課後も、事件は笑いながらやってくる。


 そして今回は、事件そのものより、新しい出会いのほうが、大きな騒動の予感だった。

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