ボス部屋の宝箱
悩んでいても仕方ないのでやれることからやっていく。ずぶ濡れで引き裂かれた上着、Gジャンを脱ぐ。腰に巻くようにして袖をくくって固定。内ポケットに突っ込んでいた雑誌はその場に捨てる。
背中のリュックもびしょ濡れだが、ペットボトルの水は大丈夫。昼飯代わりのカロリーバーも外箱は湿っても中の梱包は大丈夫。
ひとまず出血で貧血になるような事もなかったらしい。目眩などは起こしてなかった。
「鏡を見たい所だが」
水面を覗くと髪から滴る水で波紋ができるので顔を映す事はできなかった。血が固まったら頭はパリパリだろうな。
というか【隠密】で帰ったら人に見られないんだろうか。血まみれでも?
自販機の包帯なら止血効果とかありそうよね。ダンジョンで売ってる物だしマジックアイテムでも不思議はない、そうであってくれ。
3階に向かうとしても先にやるべき事がある。苦労して敵を倒したんだ、石棺の中を確認せねば。
水をかき分け中央の島へ。1m四方の大きな石棺の蓋に手を掛ける。下を向くと血が滴りそうなので、今回は覗き込むのを諦めた。
蓋の縁に手を掛けて、少し力を掛けて動くことを確認したら、足を使って蹴り開ける。
「呼ばれて飛び出て、なんじゃこりゃあっ」
石棺の蓋がスライドして向こう側に落ちたら、開いた箱から光る物体が浮かび上がってきた。くるくると回りながら飛び出してきたそれは、俺の方を向いて絶叫を上げた。
「もしもし、血まみれのおっさんが怖いんですけど」
何やら耳元に手を当てながらこちらをチラ見しながらどこかと話している物体。その姿は多分妖精だろう。30cmの人型で、背中にはトンボの様な半透明の羽が4枚。羽ばたくことなく浮かんでいるので揚力とかではないのだろう。
金髪に尖った耳、アーモンド型のやや釣り上がり気味の瞳。淡く発光している身体は、緑色のチュニックといった感じで、いかにも妖精だ。
「ええー、チェンジできないんですか。こんなおっさん、何されるか……ええ、まあ、いや、凍結はちょっと、初期化っそれだけはっ……仕方ないですね、仕事ですから」
どこかとの通話を終えた妖精は、フヨフヨと目の前に漂ってきた。
「コホン、えー、私はサポートAI108号と申します。ひとまずその出血を止めますね。リトルヒール」
ずずいっと近づいてきた妖精は俺の額へと手をかざし魔法を使った。ポワポワと温かな波動みたいなのが額の辺りに伝わってくる。
「いたっ、いたたっ」
「ハーイ、傷口を縫合してるので動かないでねー」
傷口を引っ張られる様な痛みに顔が引きつる。
「あとはア◯ンアルファを付けて固めて〜」
「ちょっとまてぇっ」
「もう冗談ですよ〜あとキャストへのお触りは厳禁です」
慌てて振り払おうとした俺の手は、妖精の体をすり抜けていた。どうやら投影体が見えているだけで実体はないそうだ。
「ひとまず止血は完了です。表面を繋げただけなんで、激しく動いたら傷口が開くのでヘッドバンギングは禁止です」
「するかっ」
「あとは……クリーンウォッシュ!」
その言葉と共に頭上から水が降ってくる。全身がずぶ濡れになったかと思うと、次の瞬間には乾いていた。
「うぉっぷ、何を」
「あまりに見苦……みすぼら……みっともな……見てられない姿だったので、綺麗にしました」
「言い直すのを途中で諦めたな。綺麗にって……どうなったんだ、俺」
「スマホの自撮りカメラで見ればいいじゃない」
「スマホ……そう言えばそんな機能もあったな」
普段使わないから思いつかなかったぜ。スマホを取り出してそう言えば水没していたと思い出す。ちゃんと画面が表示されて安堵した。カメラを起動して額の傷を確認すると白い線が残っているが出血はおさまり、周囲の髪についていたはずの血も洗い流されていた。
「身綺麗にしてくれたのか、かなり助かる」
「そうでしょう、そうでしょう。こうした補助機能が1日100UBCで受けられるのがサポートAIの能力なのよさ」
「有料かよ!? いや、確かに便利だし、そこまで高くないか……」
「1ヶ月なら2500UBC、1年契約なら1万5千UBCとお得です。安〜い」
「通販番組か勧誘業者みたいだな……でも、今は週末探索だから単日で十分だ」
他にも戦闘中、手が離せないユーザーの代わりに鑑定を行ってくれたり、指定した時間になったら教えてくれたり、ちょっと便利な機能があるとか。
「さっきのリトルヒールってのは戦闘中に使えないのか?」
「止血する程度の効果で、発動までに時間が掛かるのでオススメはしませんね」
「戦闘中に使える回復魔法はないのか?」
「オプションサービスも取り揃えていますが、到達階層によって開放される機能は制限されてますね」
戦闘中に僅かな傷を塞いでくれるヒールは5階への到達が必要で、1日500UBCの追加オプションに含まれるらしい。
「細かくUBCを回収しようとしてるな」
「過度に現地貨幣に換金されるとUBCの価値が下がるからね」
「そうなるか」
貨幣経済で特定の通貨が売られていくというのは、貨幣の価値が下がっていく。例えば日本円を売ってドルを買う行為が続くと、円安ドル高になってしまう。まあ、貨幣を刷りすぎて本来の国力よりも貨幣が多くなっても価値は下がる一方だけどな。
税収以上に国債を刷りまくって国家予算の10倍を越えるとか、どんどん貨幣価値を下げて円安物価高を招いてしまっていた。デフレで物価安が続く状況を回復するには必要な措置ではあったろうが苦しむのは庶民なんだよなぁ。
閑話休題。
UBCの価値が下がるとなれば、獣一匹狩れば100円になっていたのが、UBCが安くなれば50円、30円にしかならないとなっていく。
現状、ダンジョンが外貨を稼ぐ手段がないので、価値を下げない為にはダンジョン内での流通量を増やして、換金される量を減らす必要があった。
「その一環として便利機能の開放か」
「それよりもソロで攻略が停滞しないようにって面の方が大きいけどね」
「ソロでないと妖精はでないと?」
「本来ならパーティで挑む方が攻略は楽になる。でもどうしても他人と協調できない寂しい人もいるからねぇ」
はぁやれやれとため息をつきながら肩をすくめる妖精。
「お、俺は別に友達がいなくてソロって訳じゃないからなっ」
「はいはい、そういう事にしておきますよ」
「ぐぬぬ……」
現状がソロである以上、強く否定もできない。結局はどこまで他人を信じられるかという話だからなぁ。他人の責任を取れないとか、自分を負担に思わせたくないというのは……。
「ま、まあ、いい。それじゃ、サポートは頼むよ。ええっと」
「人の名前を覚えないのも対人関係で嫌われる要素だよ。私はサポートAI108号です」
「ひゃくはちごう……味気ないな」
「一応、ニックネームは付けられますよ」
「愛称か」
サポートAI、Sai、最、差異、サイコロ、ダイス……何か違うな。歳、再、際、彩……いろどりか。人名っぽいならアリとして、108、百八、煩悩、ももや、ハンドレッドエイト、テンエイト、十八、とうは、トワ。
「彩 十八で」
「ふぅん、悪くないじゃない」
どうやら気に入ってくれたらしい。
「で、具体的にサポートの内容を確認していきたいわけだが」
「はいはい、仕方ないわね。答えてあげようじゃない」




