2階のボス部屋(26日目)
夜明けを迎えて俺はダンジョンへとやって来た。更衣室で武器類を取り出して装備。家から持ってきた警棒に加えて、鉄パイプと獣の短剣を装備する。
獣の短剣は簡易の鞘を作って腰の後ろに固定した。鉄パイプと比べても威力があるので、左手側で使うことを想定している。クリエイトシールドは手を塞がないので便利だ。
「そいじゃ行きますかね」
ウォーミングアップを兼ねて1階を走る。【持久走】のお陰でかなり楽に移動できるようになっていた。獣の位置も把握済みなので、接敵は最小限に駆ける。
獣の行動パターンは、最も遠い場合はダッシュして近づきながらの頭突きが多い。
なので互いに駆け寄りながら鉄パイプを横振りしてやれば、高確率で頭を捉えられた。壁へと弾き飛ばした獣へ駆け寄りながら左手に短剣を握り、頭部を目掛けて振り下ろす。
獣の短剣は爪を加工して作っているので、攻撃点としては先端にしかない。切る場合も先端を刺した状態で傷口を広げるように引き裂く形になる。
1階の獣相手なら頭蓋を簡単に突き通せるので、適当に振り下ろしても一撃で屠ることができた。
「よし次」
2階への階段までに4匹の獣を狩りつつ10分で到着。3階の悪い足場を経験すると、1階の舗装されたフロアというのは走りやすいと実感できた。
2階は鍾乳洞なので視界が悪い。察知能力が欲しかったが、中々習得できていない。ただマッピングが終わっているので、獣人が出る場所は把握できていた。
残るは中央にあるだろう大部屋周辺のみだ。
「3回目でようやく当たりか」
中央に近づく道は、四方から続いていたが階段に近い辺、右側から近づく辺は行き止まりで、回り込んだ裏側が正解だった。
先に3階で見た扉が鍾乳洞の中に不自然な雰囲気でそびえていた。石造りだが明らかに人工物のそれは両開きで奥へと押し込む事で開いていく。
部屋の中は地底湖の雰囲気だった。直径30mほどの円に近い部屋。脛くらいの水深の水たまりが広がっていて、その中央の島は水面から50cmほど盛り上がっている。そこに大き目の石棺が鎮座していた。
獣人の姿はないが、潜む場所はちらほらある。地面から生えるように伸びる石筍や石棺のある島の向こう側。
そして何もなさそうな深さ20cmほどの地底湖の中は水面が揺らいでいると見えにくい。
水たまりに入って5mほど進んだ時、左右の水の中から獣が襲いかかってきた。いくら獣人が人より小さめといっても水深20cmに全て隠れるのは無理があるだろう。
つまりは見えにくい水面の下には、一部深い場所が隠れていた。左から飛び出してきた獣人の一撃を鉄パイプを横にして受け止め、少し足を下げようとしたら、右側にあった溝へと片足が落ちる。太ももくらいまでが水にはまる。
「着替えなんて用意してなかったんだがっ」
こちらが体勢を崩すのを待っていた右側の獣人が襲ってきた。左足を畳んで膝立ちにして上半身を水平に近づけつつ鉄パイプを振るう。勢いのない一撃はあっさりと避けられ懐へと入られた。
片足がハマったことで目線が獣人と同じ高さになっている。
「クリエイトシールド!」
振るわれる爪を生み出した盾で裁きつつ、右側のホルスターから警棒を抜いて、手首を振ることでシャキンと伸ばす。
動けない俺を挟むように2人の獣人が攻撃してくるのを盾と警棒でブロック。盾のある左はまだしも右側からの攻撃は受けきれずに上着を爪で裂かれた。
「内ポケットに忍ばせた丸めた雑誌が役に立ったか」
爪は雑誌に食い込んで止まっていた。動きが止まった獣人を警棒で殴りつけて引き剥がす。仰向けに倒れるのを見て左に意識を向けた。
盾をガンガンと殴る獣人に向かって上半身をひねりながらの一撃。腕にヒットするが体制を崩すまでは至らない。獣人は盾を掴んで引き下ろし、口を開いて噛みついてきた。
警棒で口を受け止めつつ、その鼻先に頭突き。鼻を抑えて後ずさった隙に、右足を溝から上げて何とか立ち上がる。
「前回もそうだったけど、いきなり難易度上がり過ぎなんだよっ」
複数を相手するのは意識が分散するだけでも難しくなる。その上で地形にも罠があるとかやり過ぎでしょう。修正パッチ案件だぞ。
俺はすり足で周囲の地形を確認しつつ、視界に2匹を収めるように角度を調整。左手にも短剣を用意した。どちらかの動きを止めて、一撃で倒す。そのためには腕が噛まれる程度は許容しないとな。
俺が覚悟を決めるのを待ってくれていた訳ではないだろうが、2人が同事に動き出した。ならばとこちらからも動いて左側の獣人との距離を詰める。
盾を構えて力押しのシールドバッシュで大きく弾き、その反動で右側から迫る獣人へと向きを変えた。
背後から襲うつもりだったのか、両手を上げた万歳の状態から振り下ろしてくる攻撃を盾で受け止め……切れない。走ってきた勢いも加わって、思いの外衝撃が大きかった。
俺は仰向けに押し倒される。獣人は両手で盾を押さえながら、首を伸ばして噛みついてくる。俺は右手の警棒を手放し、短剣を右手に持ち替えた。
腕を噛まれる覚悟はあったが、顔面に迫る牙はノーセンキューだ。俺は迫る獣人の顔のこめかみに、短剣を叩きつけた。
そのまま地底湖へと水没。仕留めたはずの獣人が中々消えてくれず、のし掛かられたまま。顔を背けて獣人の顔を避けつつ、身体も捻って獣人を上からどける。
「ぶはっ」
左手をついて水面から顔を上げると、そこには獣人の爪が迫っていた。頭が後ろに弾かれて、痛みが走る。額から頭頂部にかけてジンジンとした熱が生まれた。滴る水滴に赤いものが混ざっていく。
ざっくりと切られたのだろうが、人間の頭蓋もそれなりに堅かったらしい。ひとまず動けはする。脳みそまではやられてない。
「いてぇよ、こんちくしょう」
滴る水か血が右目に入って、開けられない。それを拭う間もなく、獣人が仕掛けてきた。しかし、一対一に持ち込んでしまえば2階の獣人なら倒せる。
そう信じて盾を構えた。
右の爪を盾で受け止め、左の爪は半身になって避ける。盾を避けるように首を伸ばした噛みつきに対して、短剣を突き出す。襲ってきた勢いのままに口内へと短剣が吸い込まれた。牙が手に当たって痛みが走るが、しっかりと短剣を握って押し込む。
口内を串刺しにされた獣人はしばらく両手を振り回していたが、やがて糸が切れた操り人形の様に力が抜けて崩れ落ちながら、黒い霧へと変わっていった。
俺は荒い呼吸を整えるのに必死で、しばらく動けずにいたが、3人目の獣人は現れなかった。
「お、終わりで、い、いよな……?」
右腕で顔を擦って雫を拭う。右目を瞬かせて滲んだ視界が戻るのを待つ。力みすぎた右手が固まってしまったかのように短剣を握りしめていたので、左手で指を剥がしていって短剣を取り上げる。
震えが残る右手で髪を掻き上げようとして、鋭い痛みに手を止めた。恐る恐る右手を顔の前にもってくると、真っ赤に染まっていた。
「ポ、ポーションの実装、はよ……」
下を向くとパタタッと赤い雫が水面に落ちて波紋を広げる。慌てて上を向く。大丈夫、頭は派手に血が出ると言うし、意識もしっかりしてる。大丈夫だ。
ふうーっと長く息を吐き、足元を確認。手放した警棒や鉄パイプが転がっているのを拾っていく。
「簡単には止まらんよね……」
どれだけの傷かもわからない。髪までずぶ濡れなので正確な出血量も分からない。自販機に包帯は売ってたな。買いに行けるか……行くしかないか……ううーむ。




