18 正体
ずっと一人だった。
何をするにもあいつの方が上、自分はその下。
両親からも愛されて、自分はその次。
先に生まれたから何だ、双子だからって何だ。
双子の『兄』は、そんなに偉いものなのか?
――気に入らない。
だから、兄の一番大切なものを奪う。
兄の一番大切な、兄が夢中になるその女性を。
***
喉が締め付けられるように痛む。
どうして?
暗がりの中、アナスタシアは頭を抱えてうずくまった。理解できなかった。何が何だかわからなかった。
あれは、一体誰だったのだろう。
はっきりとはわからない。だが、あれは確かに――。
瞬間、エレノアのことがわからなくなった。
彼女の名前も、顔も、声も、
――性別も。
「うっ」
急激に吐き気が襲う。胸の奥で何かがぐるぐると回り、それが徐々に身体を侵食していく。
なんだろう、これは。
考えるなと脳がそれを拒絶し、同時に胸からはどろどろした液体が流れている。この気味の悪い感覚を、アナスタシアは知っている。
でも、現世ではない。
何だっけ、思い出せないや。
苦しみになら幾度だって耐えてきた。前世も現世も、昔も今も。
だけどやっぱり、苦しいのは嫌だ。
本当は、もっと楽に生きたかった。
あらかじめ敷かれたレールの上を歩いて、そのまま没落人生を送ればよかったのだろうか。だけどそれではつまらないと思ったから、わざと外れて新しいレールを敷いた。
だけどそれが、過ちだったというのだろうか。
そもそも、前世のことなんて思い出さなければ。
――違う。
そうじゃない。
思い出さなければ、おそらく会えなかった人がいる。
あんな気持ちにならなかった人がいる。
「……よし」
ふうと、息を吐いた。心を落ち着かせようと、そっと目を瞑る。
「聞かなきゃ」
真実を確かめなければ、何も始まらない。
パッと目を開ける。おぼつかない足で鏡の前に立ち、髪を整える。
平気。大丈夫。
エレノアのことは、自分がよく知っている。そのはずだった。でも、知らない彼女を見た。だから、この目で確かめる。
それだけだ。
***
少年は、鏡の前に立つ。
その中にいる自分に目を向ける。
――嫌いだ。
何もかも。
……一体何度、死にたいと思っただろうか。
あの事件が起きてから、ずっとだ。
毎日と言ってもいいほど、あの出来事が夢に出る。生々しいその惨状を、鮮明に思い出す。
忘れたくても、記憶がそれを拒む。忘れるなと拒んでくる。
自分は、忘れたいのに。
真っ黒な髪が、窓から差し込む陽射しに照らされる。
目の前には、忌々しい真っ赤な目。
大嫌いな自分の瞳。
悪魔の目と、誰かが言った。
あの事件が起きたあとだ。骨折して帰ってきた自分に対して、悪魔が制裁を加えたのだと。
あの目と合った人間は呪われると。
「……馬鹿らしい」
そんなことができるわけないのに。
『そうか?』
ハッと、顔を上げる。
目の前に、鏡の中に、弟の顔があった。
『実は間違ってないんじゃねぇか? だってわかんねえだろ、もしかしたら本当に、おまえは呪われてんのかも』
ニヤリと、そいつは笑う。
『一体誰が証明してくれんだよ、おまえが殺してないって』
「違う。殺したのは僕じゃない」
『じゃあ他に誰が?』
「……それ、は」
『ほら。やっぱり犯人はおまえしかいない』
「――違う!」
……少年が叫んだ、その瞬間。
バタンと、扉が開いた。
ぎょっとしてそちらを見やると、少年は言葉を失った。
「――……エレノア?」
扉の前で固まったまま、こちらに目を向ける少女。
――アナスタシアがいた。




