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「シンデレラ」なのに結ばれたのはまさかの姉でした  作者: 紅月エル
第二章 元悪役の波瀾万丈の王宮暮らし
25/27

17 陰

 綺麗な男だと思った。


 今までに見たことのない男。自分にも引けを取らない美しい男。

 だが、どこか違和感があった。


 昼下がりの午後。その日、アルベールは城下に散歩に行っていた。買った菓子を頬張り、道行く女性に手を振りながら、やがて裏道に入る。


 ――そこで、妙な人影を見た。


 それが、その男だ。

 妙だとは思ったのだ。最初から。


 もしかして。

 確信はない。だから確認しなければならない。

 でも。


 ……もしかするかもしれない。


***


「ちょっと」


 そう声をかけられて、エレノアはスッと椅子から立ち上がった。

 ……先輩。

 侍女でもまあ、上の方の。


「どういうつもり? なんであなたが殿下たちと一緒にいるの」


 庭園から少し離れた廊下。先輩から少し離れたところで、他の侍女たちがこちらの様子を伺っているのがわかる。


 ああ。なるほど。


「答えて。なんであなたが殿下と?」


 ……殿下と?


 エレノアは顔を歪ませた。なぜ、好きで殿下といるなどと勘違いされるのだろう。

 自分は、アナスタシアの侍女だから傍にいるだけなのに。


「わたしがあの方たちと一緒にいるのは、殿下目当てだからではありません。わたしは、アナスタシア様の侍女です。……何か変でしょうか」


 ぐっと、先輩侍女は唇を噛んだ。

 嘘偽りない答えに、どうやら返す言葉をなくしたようだ。


「……わ、悪かったわ。疑ったりして」


 疑ったりして、ということは、……まさか、この人。


「……殿下のことを?」


 案の定、先輩侍女はポッと顔を赤らめた。

 図星だったようだ。


「あ、あなたには関係ないことだわ。疑ってごめんなさい、それだけよ」


 そう言い残すと、先輩侍女はその場から立ち去った。後に続いて隠れていた侍女らも、姿を消す。


「なんで、そんなこと」


 どうして、自分が殿下を好いているなどと思ったのだろう。


 ……女って、なんでそんなこと、いちいち気にするんだろう。


 不思議だ。


「あ、エレノアちゃんだ~」


 能天気な聞き覚えのある声に、エレノアはハッとした。


「アハハ、そんな身構えないでよ」

「なんでしょうか」


 アルベール・ロイゼルド。

 この男は、苦手だ。


「んー、特に用はないんだけどー」


 行動が全く読めない。


「じゃあ聞くけど。……――エレノアちゃんってさ、アナのこと好きでしょ」

「え? いきなりなんなんですか」

「まあ、そうだよねぇ。ごめんね、言い方変えるよ」


 ――エレノアちゃんは、アナを『女の子』としてみてるよね?


 は。

 なに、いってるの。


「あーっ、もしかしてあたりぃ? 前々から不思議ではあったんだよね、エレノアちゃん」

「いや、どういう意味?」

「あれ、わかりやすく言ったつもりなんだけどな。まあいいや」


 ――せいぜい、今の人生を楽しむといいよ。


 ごくりと息を呑む。


「この前街で見たんだぁ。エレノアちゃんそっくりの――男のコ」


 ……。

 ああ。

 なるほど。


 そういうことか。


「それは……弟のことですか?」

「え、弟?」

「双子の弟がいるんです。そっくりな」


 にっこりと笑みを浮かべる。

 ……ばれないように、しなきゃ。


「……あっ、ああー」


 納得したように、アルベールは頭をかく。


「あ、そうだったんだあ、弟か。うん、まあ、アナかわいいもんねえ。そりゃ女の子からも好かれるよ。ごめんね? 変なこと言って」

「いえ」


 背を向ける。歩く。曲がる。ついてきていないことを確認する。部屋に走る。部屋に入る。鍵を頑丈に閉める。


「ああああああああああ――ッ」


 叫んだ。喉がはち切れそうだった。


 待って、待って? え、なになに、どういうこと?


「……ッ、まさか、ね」


 そんなこと、あるはずない。


 ――あるはず、ない。


***


 目を覚ました頃には、そこには誰もいなかった。時計を見ると、夕刻に近づいている。おそらく公務で忙しいのだろう、隣にいたはずのフレデリックの姿も見当たらなかった。

 くーっと背伸びをすると、妙に首のあたりが痛かった。何かに支えられていたのだろうか。

「あー……痛」

 とりあえず部屋に戻ろうと椅子から立ち上がると、足取りの重いまま庭園を出る。今夜の夕食は何かな、とふわふわした気分で歩いていたアナスタシアだったが、しかし、そこで妙な物を見た。

 ――エレノア?

 まるで何かから逃げるように、急いで回廊を駆けていくその後ろ姿を、アナスタシアは何をしているのだろうと訝しんだ。あんなに急いだエレノアは見たことがない。雑用でも頼まれているのだろうか。

 ……助けてあげるか。

 いつもこちらが迷惑をかけているのだ。少しは恩返ししなくては。

 しかし、エレノアが駆け込んでいったのは、厨房でも誰かの部屋でもなかった。


 ――図書室?


 大きな黒い扉の横には、はっきりとそう書かれていた。だがアナスタシアがいつも利用する図書室は、ここではない。フレデリックに勧められた図書室は、ここではない。


 なら、ここは何?


 図書室は、城にひとつしかないはずなのに。


 あたりに人がいないことを確認してから、そっと扉を開ける。だが予想以上に重く、大きな音を立てないか心配になった。

 開けると、どこか薬品くさい匂いがした。ドリゼラの香水よりもきつく、嫌な匂いだ。

 そっと足を踏み入れる。ミシッという今にも崩れそうな音が、余計にアナスタシアを不安にさせる。

 図書室と言うだけあって、中には本棚がいくつか並んでいて、本もそれなりに多い。だが普段は使われていないのか、遠目からでも本が埃を被っているのがわかる。少し薄汚れているように見えた。

 その薄暗い雰囲気からわかるとおり、どう考えても、こんな場所に用があるとは思えない。果たして、エレノアはどこへ消えたのか。


「どうして、……はずなのに」


 声が聞こえた。掠れていてよく聞き取れない。その声が下へ続く階段の先で聞こえると分かると、アナスタシアは手すりに身を傾けながら、音を立てないようゆっくりと降りていく。その間にも、ブツブツと誰かの呟く声が聞こえた。

 足が地面につくと、途端に、大きく叫ぶような声が響いた。


「――どうして、バレないはずなのに!」


 ごくりと、アナスタシアは息を呑む。

 バレる?

 一体、何が?


 何のことだかわからなかった。しかし、それ以上に、その声の主がエレノアであることに驚いたのだ。

 何を叫んでいるのだろう。

 誰かと一緒にいるのだろうか。


「言ったはずだ。絶対にバレないと。バレるはずなどないと」

「そうか? おまえがバレるような態度を取ったのが悪いんじゃないのか」


 どうやら、誰か相手がいるようだ。彼女一人ではないことに安心したはずなのに、何故か胸がもやもやしていた。

 何だろう、この胸騒ぎ。


「ふざけるな。おまえがうろうろ歩き回るから、余計に怪しまれたんだ」

「何が? 双子のくせに兄貴気取りかよ」


 ゴンッと鈍い音が響く。


「……誰かいんのか?」

「……いや、ここに来るまで誰も見なかった」

「ふうん。まあいいや。とにかく、オレは何も悪くねえかんな。そっちが気ぃ緩めすぎただけだ」

「よく言うよ。……これでクビになったら、全部おまえのせいだからな」

「それはねぇから安心しとくわ」


 足音がする。こちらへ向かってくるようだ。そっと柱の裏に回る。ひとつの足音と、シュンッという何かに飛び移る音。ひとりは……窓から出て行ったのだろうか。

 扉が閉まる音が響き、アナスタシアは一気に力を抜いた。その場に膝をつく。


 ……――え?


 唖然とした。声が出なかった。両手で口元を覆う。


 待って、え?


 確かにあれはエレノアだった。それは確かなはずだ。

 なのに、どうして。


 ――彼女の顔に、知らない人の声が重なるのだろう。

 後ろ姿は、エレノアのはずなのに。


 どうして。


 『双子のくせに兄貴気取りかよ』


 エレノアは……――誰?

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