16 隣にいてくれて
「お写真お撮りしましょうか?」
その日、デートという名目でお菓子の家を訪れていたアナスタシアとフレデリックに、突然若い女性がカメラを持って声をかけてきた。黒髪の綺麗なその女性は、何か食い入るような瞳で自分たちを見つめ、にこりと笑う。
「お二人ともとてもお綺麗だと思いまして。恋人ですか?」
女性が何の前触れもなく告げたその「恋人」という単語に、アナスタシアはぶわっと頬を赤らめた。しかし対してフレデリックは当然だとでも言いたげに胸を張っている。そのあたり、すごく憎たらしい。
「写真を撮るのは構わないが、他人に売りつけるのはやめろよ? 俺はそこらの骨董品より数倍高いんだから」
「……よく言うわ」
「は? 何か言った?」
「すみません、わたし、写真撮られるのは苦手で」
さっきまでのドキドキが嘘のように、フレデリックのその言葉で一気に現実に引き戻された。アナスタシアは女性の言葉に丁重に謝ると、フレデリックの腕を掴んで場所を移動しようとする。
だが、フレデリックは逆にアナスタシアの腕をギュッと引き、女性に向かって、
「一枚お願いします」
と言ってのけた。反論する間もなく、女性がパシャリと音を鳴らす。
「はい、どうぞ」
よほど優れた写真機なのか、女性はすぐに現像した写真を手渡してくれた。恐る恐るそれを覗いてから、アナスタシアはひくっと顔を引きつらせた。
……何とも言えない、微妙な顔をしている自分がそこにいた。
目は半開きだしなんだかぶれてるしで、どちらかと言えば最悪な写真だ。
「わ、アーニャ、おもしろい」
「……あまりの不細工さに殺したくなるわ」
いつもはすぐさま言い返すフレデリックにも、今回ばかり、アナスタシアは返す言葉がなくて落胆した。
「うふふ。でも、本当にお綺麗ですね」
「お世辞は結構ですぅ……」
「あら。お世辞じゃないのに」
目を見張って女性を見ると、彼女は自分の頭に、ポンと白い手を乗せて言った。
「――心の綺麗な女性は、容姿も美しく見えるのですって。だからお嬢さんは、心も容姿も綺麗ですよ、すごく」
何だか少し、照れくさかった。
「あ、ありがとう……」
「よかったね、アーニャ」
間近で笑顔を向けられて、余計に照れくささが増す。うん、と小さく返すと、女性は「では」と頭を下げて店から出て行った。
初めてきちんとした言葉で褒められた気がして、アナスタシアは少しの間ぽーっと上の空だった。
「んね、でもよく考えるとさ、俺だってあの人と同じ言葉毎日言ってるのに、アーニャ全然ときめいてくれなかったよね?」
「それはきっとあんただからね」
たぶん、そういうのは人による。
「えー、アーニャ冷たい……」
「だってこうでもしないと、あんた嫌いになってくれないもの」
ふふ、と小さく笑って返した。そうでもしないと、顔がおかしくなりそうだった。
「……んね」
グッと腕を掴まれる。ひくりとして顔を上げた。
「もう一個、条件加えてもいい?」
ニヤリと白い歯を見せて笑う。いつになくあざとい彼の表情に、アナスタシアは嫌な予感しか感じない。
「聞きたくないけど、……どんな条件?」
「――相手の頼みは何でも聞く」
まあ大体予想はついていたが、しかしそれでもそんな条件、今のままでも充分苦労しているのに、余計に疲労させる気なのだろうか。
「嫌です。面倒くさい」
そう素直に告げると、余計にグッと腕を引かれる。
「どうして? ……どんな頼みでも聞くよ?」
「それが嫌なの、その顔!」
その、何か企むような顔が気に入らない。
もう見慣れた。見慣れたはず……なのだが。
「……でも、ま、エラのためなら仕方ない、か」
すべてはエラのため。
エラを幸せにするため。
「いいですよ、……相手の頼みは何でも聞くっていう、その条件」
逆に、ある意味好都合だ。
何でも聞く、のだから。
「お。珍しく即オーケーされた」
彼の思い通りになるのは癪だが、まあいい。
そんな願い、何だって受け入れてやろう。
その代わり、彼にはエラを受け入れてもらうことになるけれど。
――これで終わらせる。
数ヶ月後には、きっと王子と姫の結婚式が執り行われる。
美男美女の結婚式が。
そして、自分は……。
***
「願いを聞いて!」
――作戦成功のための神頼み。
もとい、王子様へのお願いごと。
だけど。
「ねえねえお願い聞いてくれるんでしょ何でも聞くんでしょ、お願いだからエラと結婚して!」
30回目の神頼みなんて、もう神頼みなんていわない。
「い・や・だ」
――この策士相手じゃ、無理だった、最初から。
「なんで! 何でも聞くって約束でしょ!」
「だってそれ、こっち得しないでしょ。おまけにデカすぎ。だから却下」
「なっ……可愛くない!」
日の差し込む庭園のテラス。以前ここで無理矢理、ガーデンパーティーに参加させられた記憶がある。
「いいから食べなよ。はい、あーん」
「こんな状況で食えるか」
口に運ばれてきたプリンを避けると、すっと席を立ち上がる。そのまま部屋に帰ってしまおうかと思ったが、しかし足が全く進まない。
……見ると、フレデリックがギュッと腕を掴んでいた。
「何?」
「……もうちょっと、いてよ」
ツンとそっぽを向いて、フレデリックがそう言う。
「――えっ、何その顔!」
どうやら引いていたらしい。顔が引きつっていた。
「……いや、だって、ねえ? かわいこぶっても全然ときめかないんだわ、ごめんなさい」
「素直に謝んないで傷つく」
わーと声を漏らして顔を覆う。
「……ねえ、思ったんだけど、殿下ガーデンパーティーの時だけ異常に攻めてこない?」
「テンション上がってるんじゃない?」
「わっ」
割って入るように顔を出したのは、紛れもない幼なじみのアルベールだった。いつの間にか自分とフレデリックの間に腰を下ろしており、優雅に紅茶を嗜んでいる。
「何してるの。いきなり現れてしれっと紅茶飲んでるし……」
「いやあ、侍女の子にお菓子が美味しいっていわれて来てみたら、アナがいたから」
「え、ちょっとここに王子いるんだけど」
「あ、今日はオレンジの服なんだね、かわいい」
「え、ちょっと確かにアーニャ可愛いけどスルー?」
第三者の登場に若干驚きを隠せないまでも、しかし追い返そうとする素振りはなく、アナスタシアはせっかくだからと腰を下ろした。
「――失礼致します、クッキーお持ちしました」
そういって運んできたのは侍女のエレノアである。だがぱあっと顔を明るくさせたアナスタシアとは裏腹に、フレデリックとアルベールは複雑な表情である。
「ねえ、エレノアも一緒に食べない? おいしいよぉ」
両手にフォークでお菓子をさし、明るい笑顔でエレノアに見せる。
「あ、いえお構いなく」
呆気なく断られ、それが気にくわないのかアナスタシアはムッと眉を吊り上げた。エレノアはそんなアナスタシアを察したのか、息を呑んでからアハハと笑い声を漏らす。
「じょ、冗談ですって。お心遣い感謝致します」
半ば強引に椅子に座らされ、エレノアはこの状況に一人ついていけないでいる。ライオンの群れの中に猫一匹放り込まれたような感じだ。
「それで? エレノアも交えて何をする気ですか?」
もう興味がないとでも言いたげに、フレデリックが肘をついて菓子を口に頬張る。それに倣ってアルベールもクッキーを口に運んだ。
「そうね。もう何もする気がなくなった」
「あったかいしねぇ」
「ぽっかぽかで何も頭に入りませんしね」
「……寝るか」
「うん」
そういって一気にコトンと眠りに落ちるはアルベールで、続いてアナスタシアも目頭をこすり始めた。もともとガーデンパーティーなんてする気はなかったし、こんなに日当たりがいいのだ、眠くなるのも仕方がない。
「アーニャ寝る?」
「う~ん……寝る」
フレデリックの問いかけに、激しい眠気に襲われながら答えた。特にこのあと予定はないし、まあ多少眠ったくらいで何の問題も無いだろう。
「じゃあ休むわ。地獄で会おうね」
「え、死ぬの」
それを確認するより先に、アナスタシアはすうすう寝息を立て始めた。ちょっと、と声をかけようとしたがしかし起こすのも悪いと思ったので、そっと上着を掛けてやる。
アーニャって、普通にしてれば可愛いんだけどなあ。
あくまで「普通にしてれば」だ。何故か最近は、口を開くと汚い言葉ばかり言ってくる気がする。
まあそれも、ここの生活に慣れてきたと捉えてよいのだろうか。
だったらいいけどな。
ここへ来た時はどこかよそよそしい感じで、まあ王宮というのもあるのだろうが、しかし、何やら警戒しているようだった。だが月日がたつにつれ、徐々に笑顔が見られるようになった。
それが、素直に嬉しい。
「……出逢いは別に、運命的とかそういうんじゃなかったけど、俺はアーニャに会えてよかったと思ってるよ。少なくとも、昔より生きることが楽しくなった。まあ、アーニャはあまり喜んでくれてないみたいだけど」
でも、これだけは伝えておこうと思う。
「――ありがと、アーニャ。隣にいてくれて」
永遠にとは言わない。
ただ、自分がアーニャを嫌いになるまで。いや、アーニャが自分を嫌いになるまで、どうか。
更新だいぶ遅くなってすみません。これからはできるだけ更新早くできるようにします。




