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「シンデレラ」なのに結ばれたのはまさかの姉でした  作者: 紅月エル
第二章 元悪役の波瀾万丈の王宮暮らし
18/27

10 新たな取引

「ねえ、殿下」

「ん? なに?」

「……――わたしたちって、誰もが認めた正式な婚約者じゃないんですってね」

「ブフォッ!」


 下町のとある洋菓子店。そのひと席に、見目麗しい王子と別にそうでもない見た目の少女が二人、向かい合って紅茶をすすっていた。先程まで相席していた大手飲食店を営む社長令嬢は、急な用事を思い出したと言って去って行った。内心ホッとしていた二人だったが、急に話を繋いでくれる人がいなくなると、徐々に気まずくなってくる。

 と、そこで口を開いたのは、亜麻色の長い髪に翠の瞳をした少女――アナスタシアだ。しかしあまりにも唐突に告げられたそのどうしようもない事実に、優雅に茶を飲んでいた王子はぷっと吹き出してしまった。

 慌ててハンカチで口元を拭うと、慌てた様子で言う。


「どうしてそれを!? いやいやそうじゃなくてっ、なんで? 誰から?」

「エレノアよ。たまたま聞いたんですって、あなたのご友人たちが話していたこと」


 エレノアとは確か、アナスタシアの侍女だったはずだ。友人とは自分の部屋で話をしていたはずなのに、そのうえ部屋の前には警備兵も付けていたはずなのに――一体どこでそんな話を聞いたのか。自分が彼女に漏らした覚えもない。


「ま、わたしとしてはある意味好都合だけれどね。おかげで王宮から出られるもの」


 ちくり、と、フレデリックはその時、何とも言えない不快な気持ちがした。何かが胸に、ぐさりと刺さったような痛み。


「もともとあなたとはあれから会わないだろうと思ってたし、会ったところで――きっと、あなたならエラを選んでくれるだろうって、そう思ってたから」


 紅茶に自分の顔が映る。艶のある金色の髪と青い瞳。自分の一番嫌いな人が、そこにいる。


「わたしはてっきり、あなたはエラを選ぶのだと思ってたの。ほら、水も滴るいい女って言うでしょ? どう考えたってあの時エラが水を被ってたんだからときめきを感じるはずでしょうが」


 早口でそうまくし立てるアナスタシアに、フレデリックは何も言えなかった。いや、正しくは『言いたくなかった』のだ。言ったところで彼女が信じてくれるか定かではないし、それに……。


「……別に、何も感じなかったけど」


 とりあえずそう答えたら、アナスタシアは呆れたような笑いを浮かべる。


「やだ、殿下の目は節穴なの!? 女のわたしだって、あの時エラのことかわいいって思ったのに!」


 笑いながらもその目からはそれが感じられない、微妙な表情である。しかし、それは嘘ではないのだから仕方がない。

 でも、このまま曖昧な言葉で終わらせたら、自分の気持ちにも嘘をついてしまう気がする。

 それだけは……嫌だ。


「……俺はあの時、あの子より君のほうが綺麗だと思ったよ」


 正直に気持ちを伝えてみる。しかし、アナスタシアは表情を固めたまま。ストレートに言いすぎただろうかと思ったら、コホン、と咳払いが聞こえる。


「と、とにかくよ。正式な婚約者でないのなら、わたしはこの婚約を破談にして、あなたと他の人を幸せにするつもりなの。第一わたしが……わたしがもし、あなたと結婚しても、互いに得はしないでしょう? もともと取引のつもりだったし。……ていうか、そうよ! 取引はどうするの。わたしはあなたに服を弁償したけど、あなたは何も果たしてくれてない」

 

 まだそんなことを覚えていたのか、と感じたぶん、同時に今さらか、という気もしてしまう。

 あの取引はもう数週間前の話だし、それ以前に自分は……――


「……その取引は、なかったことにしてくれ」


 ティーカップを握ったまま俯いてそう言うフレデリックに、アナスタシアはバンッとテーブルを叩く。


「なんで? あなただってこんな結婚望んでないでしょ? 好きな人とかいないわけ?」

「……い、いるにはいる、けど」

「なっ、やっぱダメダメダメ! あなたとくっつくのはエラ一人って決まってるの。他はこのわたしが許さないからっ」

「おまえは母親か」

「そうよわたしはあなたの母親なの。どうしてもその人と付き合いたいっていうなら、わたしに許可をもらってからにすることね」


 何だか勝手に話が進んでしまっている。これは誤解を招くなと思い、違うよそういうんじゃ……と言った途端、ぱん、と彼女が両手を叩いた。


「さあ、ケーキもおいしく頂いたことだし、そろそろ帰りましょうか。みんなも待ちくたびれてるだろうしね」


 さっさと帰り支度を進めてしまう彼女を見、フレデリックは勢いのままに腕を上げる。


「ほら、殿下も準備し――」

「アーニャ」


 ぐいっと腕を引かれた。立ち上がろうとしていたところで足元が狂い、ゴンッと肘がテーブルに当たる。そのまま前のめりの体勢になり、


 なっ


 彼と視線が間近で合うほどの至近距離まで倒れ込んでいた。

 それも、吐息が触れ合うくらいの。

 彼だってこの状況に動揺くらいしてくれてもよいのだが、しかし動揺以前に真顔で見つめてくるものだから、何か言おうにも口を開くのを躊躇ってしまう。

 確かこんな体勢になったことが、過去にもあった気もするが……。


「――俺の好きな人が誰か、本当にわからないの?」


 ゴクリ、と息を呑む。その真剣な眼差しに、一瞬吸い込まれるかと思った。


「わ、……わからない」


 途切れ途切れの声しか出なかった。至近距離で緊張しているからなのか、ただ単にそういうふうに声が出たのか。

 フレデリックは少し複雑な表情を浮かべてから、そう、と言って手を離し――はせず、余計にぐいっと引いてきた。


「……アーニャって、結構鈍感だよね」


 ――ああ、また、この笑みだ。


 これは、彼の自分をからかっている時に浮かべる表情。


「……どうして、わたしなの?」


 ぽつり、と、呟く。


「どうして、エラを選ばなかったの?」


 俯いた顔から、徐々に涙が溢れてくる。

 泣いているなんて感じはしなかった。ただ、ぼろぼろと涙が零れてくる。


「会ってみてよエラに! そうしたら気が変わるから!」


 ぐいっと無理矢理その手を引きはがした。涙と怒りとで、顔がぐちゃぐちゃになる。


「エラはいい子だよ、わたしなんかよりずっと! わたしなんかよりずっと、あの子は優しいし気も利くしかわいいもの。だけどわたしは最低だよ。あの子をいじめて嘲笑って、傷つけてきたんだもの! そんな最低な人間にあなたの隣はふさわしくない! 正式な婚約者じゃないんだったら、まだチャンスはあるんでしょ? 愛のある結婚がしたいなら、あの子に会って? いえ、そうして!」


 喉が枯れた。涙が溢れて溢れて、うまく声も出ない。ここがどういう場所かも忘れて、ただ一心不乱に叫ぶ。


「お願いだから、ねえ――……」


 がくんと、椅子に落ちた。体中から力が抜けて、涙が頬を伝う。

 フレデリックはただ、哀れむようなその瞳で自分を見つめている。


 ……が、ふと、優しい笑みを溢した。

 

「ねえ。なんで俺が君を選んだか、わかってないでしょ」


 ムッとした。


「わからないって言ったで――」

「素直に、君がいいと思ったんだよ。かわいいとか関係なく、率直にそう思ったの」


 ……かわいいとか、関係なく、素直に。

 でも。


「でも」


 涙が流れたその後を、彼の白い指が触れる。


「だったら、もう少しだけ、俺の傍にいてくれない? 君が本当にその子を幸せにしたい、そう思う日まで」


 優しかった。優しい顔だった。あの笑みとはまた違う、優しい、何か。


「今だって幸せにしたいと思ってる」

「じゃあ、俺のことを嫌いになるまで」

「そんなこと言ったら一ヶ月も経たずにさよならよ」

「ひどいなあ」


 ははは、と明るい笑い声で、彼は言った。自分はただ憎まれ口しか言っていないのに、それすらも普通の会話だと、彼は思っているんだろうか。


「ね。じゃあ、新しい取引をしよう」


 涙が止まった。取引、と反芻すると、うん、と頷く。

 だが、次の言葉に、アナスタシアは目を剥いた。


「君が俺を嫌いになる代わりに、俺は君を好きになる」


 頬に血が上った。先ほどとは、全く別の意味で。


「君が俺を嫌いになったら、この婚約は破談。君の望む人と結婚する。だからその代わり、俺が君のことを本気で好きになったら、その子じゃなく君をもらう」

「……は?」


 理解、が、追いつかない。


「ちょっと、聞いてた? 今日から俺は、本気でやるから」

「な、にを」

「だから、取引」


 どうしたら、そんなに自信たっぷりに言えるの?

 わたしは、あなたが嫌いなの。

 大嫌いなの。


 なの、に――。


「――……本気だよ?」


 もしこの物語が、あの「シンデレラ」と、エンディングまでの過程が少し違っていたら。

 舞踏会で出会った二人が、違う形で恋に落ちたら。


「……やれるもんなら、やってみれば?」


 そういう終わり方なら、きっと、エラも許してくれるはず。

 あのままゴールインだなんて、少し、つまらないでしょう?

 だからわたしが、この物語をちょっとだけ。

 あのゲームの内容を、ちょっとだけ。

 

 脚色するから。


「やったね、取引成立だ」


 パッと、手を差し出してくる。

 何だか罠に掛かった兎みたいな気分だ。

 でも。


「絶対、あなたのこと嫌いになるから」

「……やれるもんなら、やってみれば? ふふ」


 少しだけ、今を楽しんでみてもいいだろうか。

 没落までの、数ヶ月を。

 

 これが、新しいわたしの『幸せ』――。


 新しい、王子と姫の、結ばれかた。


「じゃ、とりあえず、王宮に戻りますか」


 彼から差し出されたその手を、そっと重ねる。


「これからよろしく。――俺のお姫様」


 甘い眼差しと声に、一瞬思考が停止する。

 だが、彼のぺろっと出した赤い舌を見た途端、アナスタシアは瞳をカッと見開き、


「一回死んでくるがいいわ!」


 と、近くにあったリボンを投げつけた。


「――本気で行くから、覚悟してなよ?」


 彼の小さなその声は、アナスタシアの怒声とともにかき消されてしまった。


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