7 危険なガーデンパーティー
ねえねえ、どうして? 一体どうしたらこんなことになるの?
って、訊きたい。誰かに訊きたい。
「うまいだろ? 特別に隣国から仕入れてきたんだ。一級品なんだから上品に食べろよ?」
どうして。
どうして自分が。
「何なら俺が食べさせてやってもいいぞ?」
大嫌いなこの人と、優雅にガーデンパーティーなんて楽しんでいるのか。
***
事の発端は、ほんの数時間前。
「おいアーニャ。暇だからガーデンパーティーに付き合え」
「嫌です」
「そうか。じゃあ一時間後に庭園で」
どこをどう解釈したらそうなるのか、その王子――フレデリックは、アナスタシアの言い分を聞きもしないで部屋を出て行く。そのあっさりとした一瞬の出来事に、アナスタシアは目を丸くした。
……その時は別段気にしていなかったのだが、しかしこの時、アナスタシアは既に、彼にあだ名を付けられている。
「エレノア。あれってもしかして、わたしへの挑戦状?」
「いえ。単なるお茶会のお誘いですね」
こういう時だけ、エレノアは素直である。
「でもでもでも、別に行かなくてもいいんだよね? しかも行くなんて一言も言ってないし」
もうすっかりここの生活に慣れてしまったようで、口調も前より柔らかくなっていた。最近気づいたことなのだが、どうやら自分は今までどこか堅苦しい印象があったらしく、朝食を勢いよく平らげる様を見て「それでこそ姫様ですね!」と見ず知らずの厨房担当の侍女に褒められた。これを褒め言葉と考えるかは別として、まあ前よりかは幾分過ごしやすくなっていたのも事実である。
……しかし。
「やっぱり、エラがいないと、わたしだめだなぁ……」
アナスタシアに必要なものは、エラただ一人である。
どこぞの生意気王子とかそういうんじゃなくて、純粋で美しい主人公がほしい。
そして、どうしたらこの城を抜け出せるか、どうしたらエラとあの王子を――本当はしたくないのだが――両思いにさせることができるか。それも作戦を考えなければならないのだ。
だから優雅にお茶会なんかしてる暇なんて――
***
ないはずだったのに何だよこのザマはよ。
回想終了。あれだけ粘ったのになぜ自分がここにいるのか……まあそれは、皆さんの想像にお任せするとして。
「ねえ! せっかく用意したんだから感謝して食べろよ」
あの夜の一件以来、フレデリックは妙に親しげに接してくるようになった。いや、厳密に言えばあの夜の翌日からなのだが、その間に何があったのかはあまり知らない。
ただ、フレデリックが『普通の王子様ではない』ということは、嫌というほどよくわかった。
「……のんびり食ってられるわけないでしょ。本来ならこの王子とお茶するのはエラのはずなのに……」
「何をブツブツ言ってる」
「いいえなんでもないです」
ぶっきらぼうに返事をすると、アナスタシアは半分やけくそで林檎パイを頬張った。その勢いで、生地のかけらがぽろぽろとドレスの上に落ちる。
「……もっと丁寧に食べたらどうですか?」
そのもぐもぐと食いつくアナスタシアの姿に、おそらく呆れたのだろう、フレデリックは微妙な顔つきと敬語で注意する。
瞬間、アナスタシアはにいっと口元を緩めた。
さあさあ、これでわたしを嫌いになったでしょう?
そう。あくまで自分は、彼に嫌われようとしているだけ。
彼に嫌われたら、もう婚約者の立場でいられなくなる。
そうしたら、エラが彼と結ばれる……!
と、願っていたのに。
「あーあ。……まったく」
そう溜息をつくと、彼はゆっくりと自分に向かって手を伸ばし、唇についていたパイのジャムをぬぐうと、それをぺろりと舐めた。
瞬間、悪戯っぽい笑みを浮かべた彼の顔を見ると、かあっと頬を赤らめた。
なんか、すっごいやられた気がする。
羞恥心で動揺を隠せないアナスタシアを面白がっているのか、フレデリックの表情に少年の色が浮かぶ。
「あはは。うろたえちゃって。そんなに食べさせてほしいなら素直に言えばいいのに」
「一回死んどけ」
姫君ならぬ暴言を吐いても、王子は逆に気持ち悪いほどの笑みを浮かべている。
なんだか……意外と憎めない男である。
「甘すぎるかなあと思ったけど、ちょうどいいな」
――一瞬、そのジャムのパイを頬張る姿が凜々しく見えたのは、気のせいだろうか。
明るく差し込む日の光に照らされ、その金色の髪の毛が一層輝いて見える。
……それこそ、アナスタシアが幼い頃から憧れていた『理想の王子様』だった。
案外、理想の王子様って近くに存在するものなんだな。
性格がどうこういう話は置いといて。
「ほら」
不意にパイの載ったフォークを差し出され、アナスタシアはそれを凝視した。
「これをどうしろと?」
「食べて」
「やだ」
一向に口を開けないアナスタシアに業を煮やしたのか、フレデリックは無理矢理顎を掴んできた。何するのよ、とにらみを利かせると、彼はふっと笑みを浮かべて、ぐいっとパイを口に押し込む。
あまりにも唐突の出来事に、アナスタシアは再度頬を赤くし顔を上に向ける。
「……おいしい?」
どうしたら、そんな顔ができるのだろう。
――自分は今、ただ顔を赤くして彼を見つめているばかりなのに。
「食べたいものとかあったら言って? すぐに調達して部屋に持ってくから。あ、ついでに食べさせてあげてもいいよ?」
「うっ、うるさいわね余計なお世話よ!」
聞いているこちらまで恥ずかしくなるような台詞に、アナスタシアはとうとう耐えられなくなって席を立ち上がった。
どうしよう、今日はやけに調子が狂う……。
赤くなった頬を何とか冷まそうと、アナスタシアは小さな湖のあるほうに向かって駆け出した。後ろから自分を呼ぶ声が聞こえたが、それにも構わずひたすら走る。
知らなかった。あの生意気な王子が、あんな表情を見せること。
騙されたような気分になるのも腹が立つし、同時に。
……そんな彼に一瞬でもドキドキした自分にも腹が立つ。
「あーもう、やだ……」
先ほどのことを思い出すと、いくら水で顔を洗っても瞬時に熱くなってしまう。
それほど、心が揺れていたということなのだろうか。
はあ、と熱っぽい溜息をつくと、アナスタシアはまた掌に顔を埋めるのだった。




