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「シンデレラ」なのに結ばれたのはまさかの姉でした  作者: 紅月エル
第二章 元悪役の波瀾万丈の王宮暮らし
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6 理由がほしい

 白薔薇の王子ことチャーミング……本名をフレデリックは、婚約者の自室からの帰路、どこか不安げな表情を浮かべていた。

 理由は他でもなく、婚約者であるアナスタシアのことだ。

 侍女からアナスタシアの様子がおかしいと連絡があり、目を通していた書類も放って外へ飛び出した。王子の住まう白薔薇の宮からは少し距離があったのだが、しかし彼は、それを気にすることもなく、ただ一目散に走った。


 それほど、彼女のことが心配でならなかった。


 正式な婚約者というわけでもないのに、こんなにも自分が必死に走る理由。

 互いが想い合っている、そうとは決して限らないのに。

 現に、相手は自分のことを嫌っているのに。


「どうして俺は、あんなに必死に……?」


 自分でもよく、わからない。

 その理由が、自分でもわからないのだ。


 深い溜息が出た。

 理由がほしいと、そう呟くような、深い溜息が。


***


 翌日になると、アナスタシアの体調は、すっかりよくなっていた。

 まるで、昨夜の出来事が嘘のように。


「ごきげんよう、エレノア!」


 早朝、朝食を運んできたエレノアに、アナスタシアは大きな声で挨拶する。

 その打って変わった様子を見、エレノアの目が飛び出るほどに見開かれる。


「もうお体は平気なのですか? また頭痛がしたりとか……」

「頭痛? そんなもの最初からなかったのよ。もうすっかり、この通り! 元気満々だよ!」


 ……逆に、元気がよすぎて心配になってくる。


 そう、密かに感じたエレノアは、苦笑いを浮かべながら朝の紅茶を淹れる。ほんのりと、林檎のよい香りが鼻腔をくすぐる。


「そういえば、昨夜は殿下と会われたそうですが」

「ああ、あれ? あんなの会ったのうちに入らないわよ。ただあの人が勝手に来ただけ」


 ふん、と鼻を鳴らしていうアナスタシアだったが、しかしよくよく考えてみると、本当に自分は体調を崩しただけ……なのだろうか。

 心配してくれたのはわかるし、相変わらず口の悪い奴だとは思ったけれども。


「悪い人、では、ないんだよね」


 いくら自分を騙したとはいえ、多少の気遣いはあるようだ。まああれだけ派手に騒いだら、誰でも駆けつけるくらいはするのだろうが……。


「ま、心配してくれてありがとうくらいは、言ってあげようかな」


 これも、一つの成長だと考えれば、不思議と悪い気はしない。

 お礼くらいは、嫌いな人でも、ちゃんと伝えなければ。


 ふわりと赤いドレスを翻し、アナスタシアは白薔薇の宮へと向かった。


***


 その日のフレデリックは、いつにも増して忙しかった。


 数日分の資料は机の上に幾重にも重ねられており、その半分もまだ目を通していない。そのうえどうも頭がぼうっとしてしまい、仕事に集中できずにいる。

 甘党の彼が渋々口にした苦めの珈琲も、まったく効き目はない。


「殿下ぁ~、まぁだ終わらないんですかぁ? いい加減書類を提出しに行かないと俺が――」

「わかってる!」


 頭を抱えて叫ぶフレデリックに、そばに控えていたケイトは心底嫌そうな顔をした。彼がああなってしまっては、もうどうしようもない。

 ただ、彼がやる気を出してくれるのを待つだけである。


「なあ……ケイト」

「はい?」

「あいつについて、どう思う?」

「あいつって?」

「アナスタシアだよ。あんな悲鳴を上げるなんて、アナスタシアらしくないと思って」


 普段は女性に興味こそ示さない彼が、珍しく真剣な表情で聞いてきたので、ケイトは何かいい答えはないかと思考を巡らせる。だが、咄嗟にその質問に合う答えが見つからない。


「薄々わかってはいたんだ。アナスタシアには何か、誰にも言えないわけがあるんだってこと」


 フレデリックの声が、徐々にか細くなっていく。


「だって、最初から変だったもの。なぜ自分じゃなく、他人を俺と引き合わせようなんて取引を提案したのか」

「でもそれは、ただ単にそうしたかっただけなのでは? 近しい方でしたら、俺でもそうしますよ?」

「それはまあそうなんだけど。でも、あの時彼女は『母の願いだから』と言った。……母の願いだというなら、なぜ自分以外の人を引き合わせようと?」


 そこまで考えて、フレデリックはギュッと唇を噛む。

 この先を口に出したら、何だか。


 苦しくて泣いてしまいそうになる。


 でも、それでも、フレデリックは自分に言い聞かせるつもりで、続けた。


「最初からアナスタシアは、取引なんか関係なく、俺とその人を結婚させるつもりだったんだ。何か理由があるのかは知らないけど、婚約者の立場にいるべきは自分じゃないって、そう伝えたかったんだと思う」


 だってそれしか、他に理由がない。

 彼女が、自分を好きでもないのに、あんな提案をした理由が。


「少なくとも、俺はあの時、もしかしたらアナスタシアのことが――」


 そう小さく呟いた時、がしゃんっと、大きな物音を立てて扉が開いた。


 ……その話の重要人物が、腰に手を当てて仁王立ちしている。


「あっ……ごめんね、お取り込み中だった?」

「ああっ、もう姫様!」


 背後から侍女のエレノアが息を切らして駆けてくる。相変わらずそのすばしっこさは健在なようだ。

 ……と思えば、どうやら体調も、随分とよくなっているようである。


「体調はもういいの」


 先ほど考えていたことが頭をぐるぐる回って、きつい言葉しか出てこない。

 しかしアナスタシアは気に留めた様子でもなく、いつもどおりの言葉を返す。


「おかげさまでこのとおり。どこも異常なし!」


 右手でグーをつくり、ぐいっと突き出す。そういう態度は田舎者のままだったけれど、どこか、懐かしさを覚える。

 何してるの、と言って近づいてくるのを、ケイトが剣で制止した。

 むう、と頬を膨らませ、アナスタシアは腕を組む。


「ま、忙しそうなら仕方ない。とりあえずお礼を言いに来ただけだから」


 お礼? とフレデリックが疑問系で反芻すると、そうよ、といって、不意に。

 彼女にしてはやけに素直に、ペコリと頭を下げていった。


「昨日はどうも、ありがとう」


 と。


 ぽっかりと、先ほど空いた穴を埋めるように、彼女の言葉はフレデリックの心に響いた。

 初めて、彼女に対して心の底から満面の笑みが浮かんだ。


「……ああ」



 理由なんていらない。

 たぶんこの気持ちにも、理由なんてない。

 ただ、自分がしたいことをすればいい。

 理由なんかなくとも、自分は、もうとっくに。



「それじゃあ、仲直りもしたことだし、ひとつ言わせてもらっていい?」


 ええ、とアナスタシアが答えると、彼はいつものおきまりのあどけない笑顔で、そして突拍子もないことを平然として言うのであった。




「俺と、正式な婚約者になってよ」


「は……、はあッ!?」


 


 理由なんかなくとも、自分はもうとっくに。



 

 彼女に夢中だった。

 

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