第三話 影の記憶
夜は、まだ終わらない。
森の奥に漂う血の匂いが、戦いの激しさを物語っていた。
その中心で、服部半蔵は一歩も動かずに立っている。
その背後には、傷ついた影丸。
そして、その前方には――敵。
「……逃がさぬ」
低く響く声。
赤装束の男が、ゆっくりと刀を構える。
その刃には、淡く揺らぐ炎のような気配が宿っていた。
「それが“鬼火”か」
半蔵が呟く。
「そうだ」
男は微笑む。
「我ら鬼火衆は、“力”を得た忍。影に縛られぬ存在だ」
「……ただの化け物だ」
その言葉に、空気が張り詰める。
だが、男は怒らない。
むしろ、愉しむように目を細めた。
「ならば、その化け物に、かつての仲間がどうなるか――見届けるがいい」
その視線が、影丸に向けられる。
「……影丸」
お凛が、震える声で呼ぶ。
「どういうことなの……?あなた、あの者と……」
沈黙。
影丸は答えない。
ただ、目を閉じる。
まるで、遠い記憶を辿るように。
――かつて。
伊賀の奥深く。
誰も知らぬ隠れ里があった。
そこは、選ばれし忍だけが辿り着く場所。
“影の中の影”。
そこで育てられた子供たちは、名を持たない。
ただ、任務と技のみを与えられ、感情を削ぎ落とされていく。
その中で――
最も優れていた少年がいた。
「お前は特別だ」
師は言った。
「いずれ、この里を継ぐ者となる」
少年は、何も答えなかった。
ただ、任務をこなす。
ただ、生きる。
それが全てだった。
だが――
「……こんなものが、忍か」
ある夜、少年は初めて疑問を口にした。
血に濡れた手を見つめながら。
その隣に、もうひとりの少年がいた。
「今さらだな」
笑ったその少年こそが――
“あの男”だった。
「俺たちは道具だ」
彼は言った。
「だがな……道具のまま終わるつもりはない」
「……どうする」
影丸(当時はまだ名もなかった)は問う。
すると、その少年は笑った。
「壊すんだよ」
その目は、狂気に満ちていた。
「この世界ごと、な」
その夜――
里は炎に包まれた。
悲鳴。
血。
裏切り。
仲間だった者たちが、次々と斬り捨てられていく。
「なぜだ……!」
影丸は叫んだ。
すると、炎の中で男は笑った。
「弱いからだ」
「……!」
「弱い忍など、いらない」
その手には、見たことのない力が宿っていた。
揺らめく、青白い炎。
「これが“鬼火”。新しい力だ」
「……お前は、狂っている」
「違うな」
男は首を振る。
「進化だ」
その瞬間、刃が交差した。
だが――
決着はつかなかった。
炎が崩れ、天井が落ち、二人は引き裂かれる。
それが、最後だった。
「……あの夜、俺は死んだ」
影丸が、静かに口を開く。
現在へと戻る。
「そして、生き残った俺は……半蔵様に拾われた」
その言葉に、服部半蔵は何も言わない。
ただ、静かに聞いている。
「だが……あいつも生きていた」
視線が、赤装束の男へ向く。
「……終わらせるべきだった」
影丸の声は、悔恨に満ちていた。
「感動の再会は終わりか?」
男が笑う。
「昔話など、どうでもいい」
その瞬間――
空気が歪む。
ボッ!!
男の身体から、青白い炎が噴き上がる。
「見せてやろう」
その目が狂気に染まる。
「これが、選ばれし者の力だ」
「下がれ、影丸、お凛」
半蔵が一歩前に出る。
その背は、揺るがない。
「半蔵様……!」
「これは、俺の戦いだ」
静かな声。
だが、絶対の意志。
「来い」
半蔵が言う。
「貴様の“進化”とやら――見極めてやる」
次の瞬間――
炎と影が、激突した。




