Mission 08: Meet again
「お姫様抱っこ…。生まれて初めてされたけど、相手がこんなにワイルドだって想像してなかったわ。」
小樽の地下道から遠く離れた、とあるホテルの地下駐車場に静かに降ろされる。
天音凛花は風で乱れた長い髪を手櫛で整えながら、ピンチを救ってくれた王子様を見上げる。
「僕も初めてだよ。」
毎回慣れるまで時間がかかる。見た目は2メートルを超える大男で、鋼のように膨れ上がった筋肉が上半身を包んでいる。何より肩から上は獅子のそれ。誰もが荒々しく野太い声を想像するだろうが。声だけ聞けばどこにでもいる草食男子にしか思えない。
「記憶ないくせに。」
「だからだよ。」
肩についた獣の毛を払い落とし、天音はポケットの小箱を取り出す。
「けどまさか、あんな展開になるなんてね。レオがいなければアウトだったわ。」
レオと呼ばれた獣人は、駐車場に止まっている大きなトラックに背を預ける。
「魔道生物の書、手に入らなかったね。まさかスナイパーが居るなんて。もう一人の女の子は魔術師っぽかったし。罠だったって事かな。」
「…それは違うわね。」
あの時の取引相手の表情は、まるで賭けに出たようだった。計算立ててした事ではない。それよりも、あの二人だ。
「じゃあ別勢力ってこと?」
「まあ、隠れてたローブの二人が監視協会で、私たちが狙われてたんじゃないかしら。
小箱の一件で目をつけられたって線が濃厚ね。
ヨーロッパ拠点って聞いてたし舐めてたわ。こんな極東の北端にまで網を張り巡らせてるなんてね。」
天音はポケットから小箱を出す。
「でも、これがここにある以上、まだチャンスはある。
あの魔導書は私たちにとって必要。
キメラを失った今、必ず手にするわよ。」
「…。」
レオの表情は読めない。それでも、天音は改めて決意を固めた。
「先輩…ずっとどこに居たんですか?」
いのりは、ストレートに尋ねた。本当は人と話すのは得意じゃない。けどもう追い続けていた最愛の人を前に、遠回りはしない。
「…すまなかった。」
申し訳なさそうに謝罪をする楓。涙を浮かべ、いのりは彼の胸の中に飛び込んだ。
「いいんですもう…こうして、会えたから…。」
少し照れながら、上目遣いで楓を見つめる。その瞳に答えるように楓は背の低いいのりのために下を向く。
「俺も会いたかった。」
「せ…先輩…。」
静かに目を閉じ、その時を待つ。唇の感触。高鳴る鼓動。同時に、楓のガッシリとした腕がいのりの腰に回る。
「いのり!!」
「せ…せんぱっ…あぁっ!」
ふと、目を開くと、カーテンが見えた。横の棚と小さな液晶テレビ。
「病院…?」
そうか、夢か。それにしても最高の夢だった。
「ふふ…。」
しかし先輩の夢なんていつぶりだろうか。録画したかった。
「…でもなぜ?」
と、ようやく記憶が追いついてくる。
そう、昨日何者かに助けられた。見たことも無いような化物が現れ思考は一瞬停止した。もしあの時自分の名前を呼ぶ声が無ければ今ここに居なかったかもしれない。
そう、あの声。間違えるはずが無い、あれは!
横になっていた身体を起こして初めて、ベッドのすぐ横に人がいる事に気づいた。
「起きたか、いのり。」
夢の中と同じ声。
やはり現実は違う。
想いが、恨みが、溢れる。
薄暗い部屋の中で、体一つ横にその人が居る。いのりは両手で顔を覆い、声も上げずに泣いた。夢のように感情のままに胸に飛び込むなど出来る訳が無い。様々な感情が入り乱れる。
訳もなく彼が消えるはずが無い。彼には彼の事情があったのだろう。それでも寂しかった。孤独にさせた先輩への恨み。同時に、やっと会えた喜び。
いのりは顔を上げる、これが本当に現実なのか。夢の続きでは無いのか。もう一度しっかりと憧れの先輩「紫雲楓」を、この目に焼き付けたい。
黒いロングコートは見慣れないが、少しクセのある黒髪と、鬱陶しいと言いながらも切るのが面倒で長いままの前髪は変わらない。
「先輩…ですよね。」
震える声。楓はいのりの気持ちを察し、何も告げずに去った罪悪感を感じていた。楓はいのりの頭に優しく手を置く。
「そうだ、色々…すまなかったな。」
もうそれで十分だった。
ひとしきり泣いたあと、楓は甘い珈琲を入れた。好みも覚えてくれている。きっと先輩は何も変わっていない。ピースを去ったのもなにか理由があるのだ。
「教えてください…。」
暖かい珈琲を一口飲み、いのりは問う。
それから楓は全てを話した。雲南省での出来事。その後のキメラとの事件。クローネの事、監視協会の事。いのりはその一つ一つを静かにコクコクと首を小さく縦に振りながら聞いた。
「…つまり、先輩は裏世界の人になったと。」
「まあ、簡単に言えばそういうことだ。」
「素敵です!」
影の組織で秘密裏に活躍する先輩。想像しただけでラノベの主人公みたいで萌える。推せる。
「は?」
「…あ、いえ。
それで、ピースというのは結局、裏世界の仕事をしていると?」
ずっと謎だったことがようやく明かされる。見たこともないような本、対峙した化け物。最早信じない理由はない。
「そうだな。正確にはそういったことは秘匿されるものらしく、ピースは協会の手に負えないような所をサポートするような役割だな。」
「サポート…。」
言い方次第だ、といのりは言いたかった。
「<ピース>は”平和”のために、というのがモチベーションでしたが、要は”駒”ですね。」
理解の早いいのりの言葉に、楓はその表情を少し曇らさせたが。
「…そうだな。その名前を付けた人物は、賢い…というより、趣味が悪いな。」
「ですね。」
いのりは反対に、少し笑う。憑き物がとれたようなそんな気分だった。
まだ熱のある珈琲をもう一口口に含む。
そして、一息ついたのち、まじめな顔で楓を見た。
「で、これからどうするのですか?
私は色々と知ってしまいました。消されるのですか。消されるのでしたら先輩の手で…。」
「いや待て待て。」
楓は横に置いていたタブレットを開き、少し操作をする。
まもなく。見知った顔が表示された。
『久しぶりね。いのりちゃん。』
「ウィズリー上官!」
と反射的に敬礼をする。画面の先はどこかの一室。そこに座っているのは長い金髪を両側で束ねた、幼い容姿の女の子だった。こうみえて楓と同い年。つまり三十前。改めて驚きだ。その年でハーフツインとは、流石裏世界。
『あんたたちホント似た者同士ね。敬礼はやめて。
楓から聞いてるでしょ。もう上官じゃないし、元々私はこちら側の人間。
改めまして。クローネ=ウィズリーよ。クローネでいいわ。
色々と理解の追いつかないところがあるかもしれないけど、結論として、知ってしまった以上貴女は元の生活には戻れない。
でも勘違いしないで、これは私たちが強制しているんじゃないのよ。
貴女の選択でもあるの。』
確かに。間違いではない。
『陰ながら貴女のことはみてきたつもりよ。抜け出したいと思ってたんじゃない?
それと、昨日小樽での行動。かなり葛藤があったみたいね。でも、英断だったと私は思うわ。だから楓にも会えたし、今ここにいる。
本当はもっと早く迎えに行ってあげたかったんだけど。キメラの件が片づくまで動けなかったのよ。ごめんなさいね。』
「ウィ…。ミス・クローネ、地下道での私の行動、理解していただけるのですか。」
『理解、というかもともと今回のミッションのもう一つの目的は、いのりちゃんの回収だったのよ。』
「え…。」
「ちょっと待て!今の話からすると、取引に来るのがいのりだって分かってたってことか?」
楓は映像に入ろうと体を乗り出した。結果的にいのりの顔がすぐ横にくる。いのりの頬が一瞬で紅潮した。それも知らずと、楓は続ける。
『ごめんね。楓はピースとは距離を置きたいかと思って、気を使ったのよ。そのためにローブだって用意したでしょ。』
「それでも事前情報は正しく寄こすのが上官だろう…。
まあいい。それともう一つ、あの化け物はなんだったんだ。あの後、協会の連中に案内されてこの病院へ避難したはいいが。また襲われる可能性も否定できない。
重戦車の装甲を貫くような弾丸が全く効かなかった。一体何者だ?」
その質問に、クローネは大きな後ろの椅子に体を預け、深く息を吐く。
『千里からの報告にあったやつね。
実はね、一カ月ほど前に、ある教会に保管してあったアーティファクトが奪われたらしいのよ。そのときに現れたのがその怪物だと思うわ。
仮に、ビーストと協会は呼んでるけど、まさかあの場に現れるなんてね。』
「悪いが、分かるようにまとめてくれ。」
『そうね、ええっと…。
今回のミッションの目的は盗まれた魔術書といのりの回収。それは成功。
けど取引の場に現れたのは協会が警戒していたビーストというアンノウン。
ということは、あの取引の内容は、アーティファクトと魔術書の交換。』
「つまり、ビーストは魔術書を狙ってまた襲ってくるということか。」
『…そういうことになるわね。』
楓はその言葉で戦いを覚悟し、さきほどまで座っていたソファに腰を下ろす。
「…だが、さっきも言ったが俺の銃はきかない。そしてあのスピード。今襲われても勝機が見えない。」
『大丈夫よ。』
画面外からぼやく楓に、クローネは自信に満ちた声で反論した。
「その根拠は?」
と、画面外からの楓の問いに対し、クローネは自信満々でカメラへ指を指した。
『いのりよ』
名前を呼ばれ、いのりはその真意を待つ。
『バルムンク、持ってきてるでしょ。てゆーかパクってきたでしょ。』
彼女はドキッとした。
「お見通しだったんですね。」
『ふふ、あなたのそういうところも期待してたわ。
元々あれは監視協会のもので私が無理言って貴女に貸し与えていたの。このままピースに置いておくつもりは毛頭無かったわ。あれはもう貴女のものよ。』
<バルムンク>。楓が去る直前、一度だけいのりが使用しているところをみた。数十年も先の技術とも思えるスペックの武器だったが、今となっては単純に<最先端科学技術の結晶>という説明では納得できない。監視協会が絡んでいる以上”そういうこと”なのだろう。
それで、楓は再び体を乗り出す、いのりは二度目のチャンスとばかりに頭を傾け楓にもたれる。楓はちらりとみるが、気にせず口を開いた。
「危険を承知で言ってるんだな。いくらいのりでも、あんな化け物と対峙したことなどない、できると思うか?」
『それは、本人に聞きなさい。
…でも、楓なら解ってるんじゃない?』
いきなりこの世界に呼びつけて、いきなり作戦の要を担う。普通なら精神的負担が大きいだろう。年齢も千里と変わらない。つまり20も満たないのだ。
と、楓はいのりをみつめる。
『ま、そういうことで、相手の動きは監視班からの報告待ちだから、それまで体を休めておきなさい。』
クローネは電源を切ろうとして、先ほどからずっとくっついているいのりをみて、思い出すように付け加えた。
『あと、作戦は千里も含めて三人で行うことになると思うわ。そのあたりちゃんと配慮して立ち回りなさい?そういうの苦手かもだけど、大事なことだからね。』
と最後に一つ忠告を付け加え、通信は切れた。
「は?それはどういう…?」
全くその真意を理解できていない楓に対し、いのりは気になったワードを繰り返す。
「…ち…さと?」
「ん?ああ、言ってなかったか?キメラの事件のときに助けてくれた女子で…。」
と、いのりの顔をみつめる。
先ほどのクローネの言葉。今まで戦ったことのないような化け物を相手に、臆することなくいのりは戦えるのか。楓は思い出していた。
ピース時代、めぐるとバディを組んでいたころ、前線でいつも道を切り開いていたのは彼女だった。ピースの不可解なミッションに悩まされることなく。そう、彼女は強い、精神的にもだ。
楓は真っすぐに見つめ返す祈りの瞳を信じることにする。
「よし…。いのり…。」
そのとき、ちょうど病室の扉が開いた。
「楓さーん、いのりさんが目を覚ましたと連絡がありましたが…。」
個室に楓といのりが居るのはすでに聞いていた。千里は先にクローネから概要も聞いていた。そして、今から二人に説明する、終わったら連絡を入れる、とのことだったが。
その目に飛び込んできたのは、病室のベッドで必要以上に身体を寄せ合う二人の姿。いのりは両手を楓の腰に周し、潤んだ瞳で楓を見上げていた。楓はそれを正面から見つめ返している。
「えと、あの…失礼しました…!」
千里は、訳も分からずすぐにドアを閉めた。
ドアの向こうで、千里は混乱する頭のまま、先ほどまでいた待合のベンチへと戻る。
(ええっと…。ああ、あれはピースのころの同僚の方でしたね…それだけではないということですか。…まあ、楓さんも素敵な方ですし、そういう女性が居ても不思議ではないですよね。うんうん。そうか、そうですよね。)
暗い廊下を歩くスピードが少しずつ緩やかになる。ふと、景色が歪んでいる事に気づいた。
「あれ?あれ…?」
なぜ涙が出るのだろう。
楓の再会を祝ってあげるはずだった。
それなのに。
千里は冷たいベンチに腰を降ろし、ハンカチで涙を拭いた。
暫く俯き、千里は独り、自分の感情と向き合うのだった。
一方、遠く離れたロンドンの一室で、ばつが悪そうな表情のクローネはスマホをみつめる。
既読『ちょうど今ブリーフィングが終わったところよ。』
→『承知しました!ありがとうございます!』
未読『あ、でも募る話も色々あるだろうから、少ししてから入りなさいよ。』
未読『かならずノックしてから入るのよ!』
未読『おーい!わかった?ちさとちゃーん?』
未読『ちさとーーー!?』
いつまでたっても既読にならない二つ目以降のメールに不安が募る。
「ご…ごめん。」
と配慮しろと言った本人がオオポカをかましてしまった。
届くはずのない謝罪を、誰もいない部屋で一人呟いた。
どこまでも続く水平線。その境界線、オホーツク海の真ん中にわずかに黒い物体が浮かんでいるのが見える。
スーツ姿でハットを深く被った男が岬の先端からそれを眺めていた。
「我が城もこうして見ると海に浮かぶ木の葉の様だな。」
監視協会の外郭組織ピース。その拠点と言える空母。その存在は世界中の軍のレーダーを持ってしても認知されていない。
そんな母艦から島国へと上陸したのはつい先程。そろそろ待ち人が来る時間だ。
「それにしても、あの錦木いのりが裏切るとはね…。」
待ち人とは取引相手の女だ。先日の取引の穴埋めをする為にも自ら赴いたのだ。
「…殺しますか?」
すぐ隣には黒いドレスの女性。波打つ黒髪といい清々しい朝の風景には不釣り合いだ。加えて躊躇の無い物騒な発言も。
「いや、彼女の命などどうでもいい。
ただ…せっかく手元にあったオモチャを一つ失ったことは、ムカツクがね。」
眉間の皺をなでる。
「彼女を甘く見ていたが、それよりも紫雲楓が今回絡んでいたことの方が気になる…。」
「クローネ…。」
「ああ、やはり、お前の姉とはつくづく馬が合わないようだな。」
「お言葉ですが…。」
と、普段感情を見せることはない彼女だったが、身内のこととなるとわかりやすく不快な顔を見せる。
「ああ、悪かった。今のお前には関係が無いことだったな。」
そう言って少し肩をすくめた。
「…しかしあの小箱は必ず手に入れなければならんというのに、餌である魔導書は監視協会の手にある。少々厄介だが…。」
「私が…。」
「まだだ。お前の力はある意味目立つからな。監視協会に目を付けられては困る。」
最早、蒼白と言っていい、そんな顔色の女と目線が合う。
「まずはあの女と獣に任せよう。
お前の煉獄<ゲヘナ>はもう少し後まで取っておく。その刻を待て。」
そう言い終わった直後、足音に気付いて彼は振り返る。
向かい合うように立ったのは、白衣を着た長い髪の女性。すでにドレスの女の姿は無い。彼女の隠密技術にはいつも感心する。
「やあ、会うのははじめてだな。
私はキラ。わざわざこんなところまで足を運んでもらって、悪かったね。」
「名乗るのね。じゃあ私は天音凛花。
で、謝るのはそこ?」
躊躇なく名を返した理由は、それが偽名だからだ。
「手厳しいな。」
そういうと、キラは改めて正面に向き直り頭を下げた。
「改めて、謝罪をしよう。先日はすまなかった。」
と、男は深く頭を下げた。
「恰好が悪いが、言い訳をさせて貰えるかな?」
「どうぞ?」
腕を組んで天音はその言葉を待つ。
「簡単な取引のはずだったのだが、まさかあの女が裏切るとは予想外だった。
加えて監視協会が介入してくるとは、私も随分甘かったと反省している。
だが、そういったことも起こりうるのだよ。
なんせ私も色々と綱渡りでね。決して君達を陥れようとした訳では無いと、信じてもらいたい。」
「…反省しているとはとても思えない口調ね。」
「いやいや、そんなことは決してないよ。悪いとは思っている。
だからといって私はこの取引を止める訳にはいかない。それは君も同じだと思っているが。」
「随分と強気だけど、それは認めるわ。
私も魔導生物の書を諦めるわけにはいかないのよ。貴方の言い訳を信じたとして…一つ確認だけど、書物は持ってきているの?手ぶらにみえるけど。」
「申し訳ないが、監視協会に回収されてしまったよ。」
その言葉に天音は声を荒げる。
「はぁ!?貴方に言われて死ぬ思いでこの小箱を手に入れたのよ?」
と、ポケットから小箱を見せて続けた。
「その成功報酬が魔導書だったはずよ!それを失くしたなんて、ふざけないで!」
思わず天音はキラにつかみがかろうとした。
が、そのとき突然、空気が変わったような気がして、その手を止めた。
気が付けば先ほどまで聞こえていた波の音も聞こえない。
あんなに髪を乱していた風も止んでいる。
何とも言えない悪寒が天音を襲った。
「…何…?」
「よせ。」
キラのその一言で、空気が戻った。
波の音、風。全てが元通り。
「今のは…。」
真っ青になりながら、天音は聞くが。
「すまんな。忘れてくれていい。
それより、話を聞いてくれるかな?」
これ以上は踏み込まない方が良い。いや関わることすら危険だ。
「…もういいわ。貴方には頼らない。あの魔導書は自分で探す。」
そう言って踵を返す。
これ以上この場にいない方がいい。いや居たくない。
「そうか…それならせめてもの償いに、魔導書の所在提供と、書物奪還のための協力者を用意する。それで、納得してくれないかな。
私も、小箱を諦めるわけにはいかないのでね。」
天音は足を止める。
「君のナイトは勿論優秀だ。だが彼一人ではあの魔術団体から本を奪うのは容易ではない。そこで私が精鋭を送る。荒事のプロだ。」
背中越しでもその男の顔が想像つく。優位に立っているつもりなのだろう。
なびく長髪を押さえながら振り返ると、ハットで目元は見えないが、大体の予想はあっていた。
「じゃあ小箱は成功報酬ってことね。貴方の兵士がどれだけ活躍してくれるかにかかってる。」
「そうだな、それでいい。」
「分かったわ。」
「では、詳細はまた連絡するよ。」
「ええ、増援に期待しているわ。」
そう言って手を振り、天音は背を向けた。
強気なことを言ったが、やはりあの悪寒は忘れられない。
良いように利用されたのかもしれない。だが、それよりも逆らわない方が今は正解だと天音は感じ、足早に来た道を戻っていった。
彼女の姿が消えたのち、どこに隠れていたのか、黒いドレスの女が音もなく現れる。
「余計な事を、と思ったが結果的には良い方向へ落ち着いたな。」
「…殺せば早いと思ったのですが。」
「お前はそればかりだな。
…彼女は賢いよ。あの小箱はダミーだ、恐らく。ここで殺したら二度と手に入らなかっただろう。
それに、あんな聖遺物が簡単に手に入るなんて、全然ドラマチックじゃない。もっと楽しまないとね。」
その笑みを、醜い、と女は思った。だがが嫌いではない。それも含めて彼と命を共にすると誓ったのだ




