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Bullet In Crowd  作者: 【es】
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Mission 05: Reenact

「楓さん…!」

 千里は口に手をあて、何が起こっているのか理解できずにいた。

 命を削ってコハクに身体を預ける。

 そのはずだったが、楓の髪はまだ黒い。

 なのに跳躍力はまるでコハクが支配しているときのようだった。

 そして今、コハクが刀を出したときと同じように、右手に武器を召喚しようとしている。

「そんなことも、できるっての?」

「クローネさん!一体何が…?」

 千里は、キメラが楓の動きに警戒している事を確認し、そのスキに小走りでクローネの側に駆けてきた。

 それに気づいてクローネは少し呆れ口調でクローネは笑って答える。

「あれは…妖狐が必要最低限の妖力だけを身体の外に放出してるのよ。

 あれならなんとかなるかもしれない。

 …簡単に言えば、楓の身体がリミッターとなってるってことよ。膨大な妖力の放出を押さえて、効率よく戦えるってこと。身体の主導権は楓のまんまでね。」

「そんなことが、できるんですか!?」

 クローネと同じ事を言ってしまった。

「だけど…。」

 心配そうなクローネの声に再びその横顔を見る。

「貴女も魔術師だからわかるでしょ。

 物質を具現化するというのは、簡単なことじゃない。

 "無い"ものを"在る"とする…魔術でいえばこれはかなり高度な領域よ。別の所から<召喚>するんじゃない。ゼロから創り出すのよ?そんな事魔術の"ま"の字も知らない楓ができると思う?

 百歩譲って妖狐がその工程の殆どを担ったとしても、最後に具現化するのは結局楓なの。」

 千里はクローネの短期集中講義を黙って聞く。

「記憶よ。

 求める姿をどれだけ正確に想像できるかがキモ。あの妖狐が使っていたのは日本刀。

 でも楓は日本刀なんて扱った事ないはずよ。太平洋戦争時代じゃないんだから。」

 千里は心配そうに楓を見る。

「…!じゃあコハク様と同じようには戦えないと…!」


 総合病院の屋上。キメラが発動した人払の術により、その場には三人以外誰もいない。

 ゆえに、中央のボイラー室以外はそこそこ広いスペースがあるが、その全てが戦闘区域といえる。とは言え落ちたら大怪我、或いは死。

 言わばドーナツ状のリングといったところか。

 そんなコンクリートの舞台上で、楓はキメラと向き合っていた。

「…この手に…力を…。」

『そうじゃ。その手に力を与える。想像せよ。お前がヤツを討つために、必要とする得物を。』

 光が集まり始め、徐々に形を成していく。

 クローネはその様子に驚くが、その表情は明るい。。

「やっぱね…。昔からそう、楓は誰もが無理だと思うミッションをやってのけるのよ。」

 千里は希望に満ちた瞳でみつめる。

「すごい…楓さん!」

 そんな二人の期待に答えるように、楓は駆けた。キメラの元へ。

 右手の光は眩いまでに光り輝き、獣を打倒するための力を具現化する!

「行きなさい楓!過去を乗り越えて…!

 クローネは楓を激励する。この間まで上官と部下だった頃を思い出し、キメラを指差し叫ぶ。

「その刃で、貴方の未来を切り開くのよ…!キメラを斬り…!

 え?」

 

 銀の光の粒が収束し、形を成す。

 だが楓の手に形成されているものは、二人の予想を大きく裏切るものだった。

 日本刀と言うには程遠くあまりに黒くゴツゴツとした物体。

「あれって…刀…じゃないですよね?」

 千里の言う通り。

 楓が手にしているのは長銃の一種、アサルトライフルだった。局地戦などで用いられる中近接戦闘に長けた銃だ。その中でも特にメジャーでファンも多いM16A2。楓は勢いよくキメラの正面へと走り込みながら両手で構え、引き金を引く。

 千里は思わず耳を塞いだ。テレビでしか聞いたことがないようなけたたましい銃声が鳴り響いたのだ。連続する破裂音。飛び交う薬莢。火薬の匂い。

 楓の全身が、今塗り替わる。戦場にいた兵士の感覚が彼を包む。

 さらにその研ぎ澄まされた神経一本一本に、コハクの妖力が重なる。

 キメラはその銃弾に悲痛の声を上げた。

 楓はそのまま打ち続け、なんとキメラの前足の間に滑り込む。

 銃弾は頭から上半身にかけて全弾ヒット。

 楓はキメラの腹の下で銃を投げ捨てまた両手に意識を集中する。

「次だ!」

 今度はアーミーナイフ。迷彩色に塗装されたそれで、腹下を通り抜けながら切り刻んだ。

 後ろ足の下から転がるように出て、最後はナイフを投げた。

 それはキメラの背中に二本突き刺さる。

 そこら中に滴り落ちる赤い血。

「…すごい…。」

 千里の声が小さく漏れる。

「未来を…撃ち抜くのよ!」

 突如横で叫んだクローネ。指先をキメラに向けたまま、さっき言いかけたセリフを言い直した。

 その様子に千里はポリポリと頬をかいたが、確かに、自分もてっきり剣を召喚するものを思っていた。

 だが楓ははじめからそんな事は考えていなかった。自分ができることを考えた結果だ。銃火器の事なら隅々まで知っている。何なら実際に扱ったことが無いものでも、倉庫の物を触ったり資料を読み漁ったりしていたほどだ。

 知っている武器を創り出す。それが自分にとって一番であるという判断だった。

 楓はキメラが反撃に転じる前に、真横に走り抜けながら次の銃を両手に召喚する。

 LMG(ライトマシンガン)と呼ばれるものだ。流石に両方にマシンガンを持って射撃するなど、そう簡単なことじゃない。だが、コハクの筋力のバックアップがあればできると、今なら思う。

 楓は横に走りながら当ててくれと言わんばかりの巨大な横腹に連射した。

「グロアァァァアア!」

 雄叫びを上げながら上半身をもたげ向きを変える。飛び散る血しぶき。

 楓はそのままボイラー室の影へと消えた。

 キメラから死角になる壁の間に身を潜め、息を整える。

「…これなら、やれる…!」

 支援物資をポイントに送ってもらう必要もない。武器補充の際もスキが全くできない。コハクのこの力は素晴らしい。

「こんな世界があったなんてな。」

 十八から軍隊に入り、様々な戦場を経験したが、こんな戦い方ははじめてだ。

「卑怯すぎる…。」

 物資を補充したり、銃火器のメンテナンスをしていた事を思うと、心が痛かった。

「だが今はそんな事を考えている場合じゃない。」

 そう、キメラの息の根を止める。

 メグルのために。

 未来のために。

 楓はボイラー室の大きな室外機の間の格子から、キメラの様子をみた。

 ゆっくりと歩いてこちらへ向かっている。

 そのとき、楓は嫌なものをみた。

 首下から胸部にかけて、大量に撃ち込んだはずの傷がない。周辺の毛に血が付着しているのに、だ。

 キメラが少し向きを変えたとき、銃痕がみえた。しかしそれは次第にふさがっていった。

「なんだと…。」

 超回復。そんな言葉が浮かんだクローネ。

「あいつら…とんでもないもん開発したもんね。」

 親指の爪を噛む。千里はその言葉に反応した。

「開発…?あの化け物は一体…?」

「ガォォォン!」

 その言葉をさえぎるように吠える。千里はビクッと身体が跳ね上がった。

「千里、集中しておきなさい。いつこっちに来るかもわからないのよ。

 言っておくけど、私の戦闘魔術は期待しないでよ。初歩のものしか使えない。だから障壁も張れるけどそれは飽く迄緊急レベルだからね。」

「あ…はい。」

「聞いてる!?」

「は、はい!」

 少しぼーっとしているように千里がみえた。戦闘経験の少ない魔術師だって沢山いる。そういった場合、クローネが守るしかない。

 千里は、真剣な眼差しでキメラをみつめる。

「あの子…。」

「子!?…ったく化け物相手にそんな呼び方するの貴女かナウシカくらいよ。」

 いや、違う。千里は何の意識もせずにそう言ってしまったのだ。

「ガルアアァァァアア!」

 吠えるキメラ。首元で鮮血広がった。

 千里達の場所からは楓がみえなかった。だが、キメラは着実に傷をふやしていた。

 室外機の小さな隙間で何かが光る。

 タクティカルスコープから右目を外し、左手に作り出した銃弾を装填する。

 スナイパーライフルだ。

 連射性はマシンガンより劣るがその威力は高い。相手が人間なら一撃でその命を狩る。

 キメラは、その射線軸から、楓が潜む場所を特定し、走り出した。

 そして猛スピードで室外機へとツッコむ。

 大きな破壊音が響く。格子はひしゃげ、鉄板は曲がり、室外機は原型をとどめていなかった。まるでダンプカーでも突っ込んだかのよう。

「楓さん!!」

 千里の背筋に冷たいものが走った。

「上よ!」

 クローネの言葉に反応し見上げた。そこには確かに人影が在る。

 高い位置からキメラの背中に弾丸を撃ち込む。キメラは苦しそうな声を上げながら逃げる。

 そしてたまらずボイラー室の反対へと逃げ込んでしまった。

 着地した楓は銃を放り投げ、消滅させる。

 安全だと判断したクローネ達は楓の方へと駆け寄った。

「やるじゃない!まさかこんな展開になるとはね。」

 クローネが笑顔で言うが、楓の表情は固い。

「いや、ダメだ。ダメージを与えてもその瞬間からやつは回復している。」

 普通なら回復なんてあり得ない。だが今そんな常識が通じない世界に自分はいるのだ。

「もっとDPS(瞬間ダメージ)の高い武器…。ロケランかグレランか。」

 楓が考えているとき、千里は小さく手を挙げた。

「あの…何とかあの子…いや、あの獣の動きを止められないでしょうか?」

 その提案にクローネは睨む。

「何か、策でもあるの?」

 千里はそんな目線に恐恐と答える。

「ひっ。あの少しの間、触れてみたいんです。」

 クローネと楓は耳を疑った。非戦闘員の千里がキメラに触れるなど、危険極まりない。

「それは承諾できないな。」

 予想通りの楓の答えだったが、千里は引き下がらない。何故なら彼女は二人とは違う感情をあのキメラに向けていたから。

「あの化け物は危険だ。俺の相棒も、現に今も男の子が一人犠牲になっている。これ以上…。」

「そうでしょうか?」

 言葉を遮る千里。

「私には解るんです。あの子から感じる、何かを。」

 その瞳は真剣だった。甘い事を言っているだけ、そんなものでもない。

 楓は半信半疑のままクローネの方へと目を向けた。

 クローネは頷く。

「全力でサポートはするわ。でも、何か分かったらすぐに離れるのよ。

 楓は、何か策でもあるの?」

 その言葉に楓は俯き目を瞑る。

「…無いことは無いが…。それがあの化け物に効くかどうかは保証できない。」

 そう言って千里を見る。

「もしそれで駄目なら、より殺傷力の高い武器でとどめを刺す。

 いいな?」

 千里は覚悟を決めたような表情で頷く。クローネもまた、無言で二人を見つめていた。

 

 夕刻までまだ数時間あるというのに、辺りはほんのりと赤く染まってきた。太陽の高度が低いこの時期は、本当に日が短く感じる。

 ボイラー室が屋上に作った影もまた長く伸びていた。

 だがその影の先に、その獣は居なかった。

「いない…!?」

 ボイラー室の向こう側は学校の教室一つ分ほどの屋上スペースしかないはずなのに。

 隠れるところもない。クローネは反対側の柵の方まで走った。そして見下ろす。

「チ…!逃げた!」

 楓はその目線を追おうと同じ場所へ駆けてきた。見下ろすと建物の裏手を走っていた。幸いにも人影はゼロ。四階くらいの高さなら飛び降りれるというのか。流石化け物。

「クローネさん!?」

 突如後ろから千里の叫ぶ声が。それと同時に楓の横で柵に手をかけ跳躍するクローネが視界に入った。

「ばっ…!」

 楓は手をのばすが届かない。

 飛び降りたのだ、クローネもまた、この高さから。

 制止する暇すら無かった。あっという間に小さくなる身体。

 だが地面に着く直前。一瞬クローネの足元が緑色に光ったようにみえた。そしてそのまま、ストッと何事も無かったかのように着地し、キメラが走っていった方向へと駆け出した。

「クローネさんは…!?え…!?」

 後から走って柵まで来た千里は、少し驚いた後、その姿をみてほっと胸をなでおろした。

「魔術師ってのは、何でもありだな。」

 少し呆れたように楓は言う。だがそう呑気にしていられない。自分も追いかけなければ。

『少し身体を借りるぞ。』

 突如、自我が深い所へと引っ張られる。

「え?」

 千里は突然身体が浮いたことに違和感を覚えた。気付けば目の前に銀色の瞳をした楓の顔が。

 俗に言うお姫様抱っこというやつだ。

『飛ぶ。』

 突如流れる景色。内蔵の浮遊感。千里はフリーフォールもバンジージャンプもやったことがないというのに。

「ひぎぃいぃぃいいいぃぃいいい!」

 いつか見た舞台のCMで妖精の力で飛ぶお姫様を見たことがある。あんなの嘘だ。

 ふわっと着地したコハクは、できるだけ優しく千里をアスファルトに座らせた。するとすぐにその髪を元の墨色に戻す。

「はっ…!

 コハク。少々強引だったが…感謝する。ん…?」

 楓はそう言ってから、下に蹲る千里の肩に手を置く。

「怖かっただろう。俺も初めてのパラシュート降下は肝を冷やした。気持ちは解る。

 他に敵がいるわけではない。少しここで待ってろ。

 化け物は多分病院裏の森の中だ。先に言ってる。」

 そう言って楓は駆けていった。千里は力の抜けた腰をさすりながら叫んだ。

「おに~~~~!」

 元気そうに叫ぶ声に安心しながら楓は走る。見えてきたのは思っていた以上に大きな森だった。

 

 屋上から確認はしていたが、近くまで来ると想像以上に暗い。生い茂る木々が夕刻前の暗さをより引き立たせている。

 刻一刻と空気の色が変わってきていた。早くしないと本当に真っ暗になってしまう。このままではあの雲南省での戦いと同じ。暗闇での戦いとなってしまう。楓は焦りを覚えて走る。

 こんなときにNVG(暗視スコープ)があれば、と思い少し試してみたがだめだった。なんでも作り出せるようなそんな便利な術じゃないらしい。

「クローネー!」

 大木を背にしながら身を隠し、叫ぶ。

 返事がない。嫌な予感しか湧いてこない。

 楓はそんな想像を振り払うようにできるだけ音のしなさそうな地面を選びながら進む。枯れ葉がカサカサと秋の風に吹かれて踊っていた。

「クローネ!返事をしてくれ!」

 そう言った直後、場所を離れ隠れる。潜入の基本だ。スナイプしたら銃声から場所を特定される前にその場を離れるのと同じ。頼りない視界をカバーするためには耳で場所を特定するしかない。

 こんな事を繰り返しながら捜索し、数分した頃だった。

「楓…ごめん…やらかした…。」

 かすれるような声がした。

 楓は木々の間を抜け、空いた場所へと出た。

 僅かに差し込む陽の光の下に、その巨体はあった。

「クロ…ッ!」

 言葉が詰まる。

 大きな獅子の顔をした化け物が咥えているもの、それは、一人の少女だった。

 体の所々からは血を流し、力ない瞳でこちらをみていた。

「大丈夫。これくらいじゃ魔術師は死なないから…。」

 両手は後ろにまわったまま両顎の中。クローネは犬に咥えられた骨のような状態になっていた。それでも彼女は何とか笑っている。

「ただちょっと回復に時間かかるから…それまで逃げてて。」

 楓には分からない。魔術師同士の戦いであればそれが正しい選択なのか。それとも自分を逃がすための虚言なのか。もし後者なら、その足を後ろに引くわけにはいかない。

 楓は長銃をその手に作り出し、構える。

 これが楓の選んだ最後の武器。千里の要望通り、傷つけずに回収するため、象すらも眠らせる協力な麻酔弾用のスナイパーライフルだ。

「バカね…。これじゃまるで…。」

 まるで同じだった。

 雲南省で、メグルを撃ったときと。

 資料を読んだだけのクローネとは違う。撃鉄へと伸びる楓の右手、右指は震えていた。

「違う…冷静になれ。」

 こめかみから伝う冷たい雫。そう、あのときとは違う。武器は愛用のハンドガンだったし、自分が狙うのは獣の額であって、プラスチック爆弾ではない。

 上手く命中させればクローネは助かるのだ。

 一瞬、より面積の広い胴体や足を狙おうと思ったが、それではその瞬間にクローネに深く噛みつき兼ねない。一撃で仕留める必要があるのだ。

 なら狙うはヘッドショット。それ以外に、ない。

 このとき、楓は真剣に地球の自転が止められないかと悩んだ。この数分でもいい。少しでも射線に影響を与えるファクターを取り除きたい。そんな馬鹿々々しい願いを西の空に向ける。先程まで橙だった景色は深い青色へと変わっていた。陽の光ももう角度を替え、木々の高いところを照らすのみとなっている。

 楓は一度肉眼でターゲットを確認してからまた、スコープを覗く。しかし、そのレンズにはもう影しか映ってなかった。

「くっ…。」

 焦る気持ちとは裏腹に、キメラはゆっくりとより闇の深い所へと移動する。

 口の端から漏れる獣の呼吸音が、木の葉の擦れる音に混じって聞こえる。

 反対に、楓はほぼ呼吸を止めながら射撃位置を微調整していた。狙うのは僅かに反射して光る獣の瞳。

 精密な射撃、スコープに対象を導入してすぐに当てられるものではない。だから明るいうちに撃てなかったのは仕方がないことだ。

 それでももう時間はないだろう。決心をして指をそのトリガーに伸ばす。全神経を集中させ、震えを抑え、身体を硬直させた。

 …いける。

 

 だが。

 ふいにその視界がブラックアウトした。

 慌てて楓はスコープから目を外す。突然の暗闇だった。

 単純な話だ。恐らく太陽が雲に入ったのだろう。雫が何滴か落ちてきた、これが証拠だ。

「雨…、ついてないわね。」

 自嘲気味に笑うクローネ。楓が何をしようとしているのかはわかっていたのだ。楓なら逃げずに自分を助けようと撃つだろう。

 だがクローネの言っていたことは本当だった。もう少しすれば噛みちぎられかけた両手首がもとに戻る。そうすれば最大の魔術でもって、こんな目に合わせたこのキメラに復讐してやるのに。

 ただ…その魔術を使えば少々人の理に逆らうことになる。

「…やだな。」

 ポツリ、と出たその言葉。

 伝説の血統。呪われた血。逸脱と言われたその血がもたらせた人智を超えた魔術。どんな敵でもその魔術を使えば沈黙させることができるだろう。だがそれがもたらす術者への損害は、常人には計り識れない。

 先程コハクに使おうとしたが、あれはブラフだった。駆け引きでどうにかなる相手であると予想したからだ。

 だが、こいつは違う。

 恐らく楓は撃たないだろう。

 この状況で、また知人を失うなど。できるはずがない。

 楓の射撃の腕は知っている。彼ほどの狙撃手は居ないだろう。だがそれでも、流石にNVGなしでこの暗闇の中、正確な射撃などできるはずがない。

「くそぉっ!」

 楓は拳を強く地面に叩きつける。

 どうすることもできない。なんどスコープを覗いてももう影しか見えない。

 このまままた、失うのか。

 目の前でまた。

 本降りとなった雨音が五月蝿く響く。全身が濡れていく不快感など、今の楓にとってどうでも良いとさえ思える。

 

 楓は、絶望感に支配されようとしていた。

 

「楓さん…。」

 そんなとき左肩にそっと触れる手。

 楓は何か解らず、振り向いた。まだ昨日あったばかりの少し頼りない女の子だった。

「千里…。」

 そんな年下の女子高生相手に、自分はどれほど情けない顔をしていただろうか。

 ぐっしょりと濡れた前髪が額に張り付く。

 見上げる彼女もまた制服から何から水浸しだった。

 だが、その眼鏡の奥にある瞳は、こんな状況なのにどこか強く輝いていた。

 

 雨脚が強くなり、雨音に加え木々を揺らす音までもなが鳴り響く。こんな中、もはや殆ど暗闇に覆われ暗視ゴーグルも無しに正確にスナイプするなど不可能といえた。

 楓にもう策はない。

 クローネもまた、禁断の術を使うしかないと覚悟していた。

 絶望的なそんな状況の中、唯一希望に満ちた瞳でキメラを見据える少女が居た。

「クローネさんと、奏多さんを、一緒に助けましょう。」

 そう、千里は言った。

「奏多…?」

 屋上でキメラの被害にあった少年の名であることを、思い出すまで少しかかった。だが何故今ここで?

「失礼します。」

 そんな疑問を解消する事もなく、千里は楓の顔を両手でつかみキメラの方に無理やり向け、そのまま彼の両目を自分の両手で優しく塞いだ。

「すみません、突然。」

 目を覆われた楓には見えなかったが、そう言った直後に千里は背中に大きな純白の魔法陣を展開した。

「グルル…。」

 警戒するキメラ。その口元でクローネもまた、何をするのかと目を凝らす。

「私の眼をお貸しします。」

 すると突如、真っ暗だった楓の視界に光が指してきた。

 虹色に輝きながら眼下の土に色がついていく。

「千里…、これは!?」

「私の千里眼の術です。見えますか?」

 見えるどころの話ではない。

 地面の小さな窪みにできた水たまり。跳ねる水面。まるでスローモーションのように映る。葉の下に逃げ込む蛙や、名も知らない小さな虫達までもが鮮明に。

 そのまま視線を上げると、打ち付けられた雨で揺れる葉や、それをたくましく支える木々が見えてきた。

 そして、その先に姿勢を低くしてこちらを睨んでいる獣を捉えた。先程まで黒い塊でしかなかったそれは、今、鮮明にその姿を現す。

 そして、口に咥えたままのクローネもはっきりと確認した。

「これなら…!」

 千里がくれたのは視界だけじゃなかった。

 絶望が、希望に変わる。

 楓は屈んだまま、スナイパーライフルを両手に構え押し、いつもやるようにその銃口を目標に向けた。

 目を塞がれたままスコープを覗くその様は何とも滑稽だが、染み付いたその動作は正確な弾道を得るためにはかかせない。

 楓はスコープのレティクル(十字のライン)をキメラの眉間に合わせた。少しでも下にずれればクローネに当たる。麻酔弾とはいえ、こんなものが人間に当たれば無事ではいられない故、失敗はできない。

「楓さん…!」

 楓を信じて、意識を高める。楓により鮮明な視界を送るために。 

 クローネも何をしようとしているのかを察し、二人を信じた。楓のスナイピング、千里の千里眼。もしかしたら最高のバディ(組み合わせ)かもしれない。期待を込めて、その時を待つ。

「楓…!」

 二人の想いを受け、楓は指先に神経を集中した。

 

 雨が打ち付ける真っ暗な森の中。

 一発の銃声が高く鳴り響いた。

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