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Bullet In Crowd  作者: 【es】
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Mission 04: Chimera

 午前中。人気のない神社に突如現れた看護師。

 彼女はどこか落ち着かない様子で辺りを見回した後、こちらの人影に気づき駆け足で近づいてきた。

 彼女は呼吸を整えるよりも先に三人順番に目線をあわせ、口を開く。

「あの…!この辺で男の子を見ませんでしたか!?」

 若い看護師は必死だったのだろう。三十分ほど前、入院中だった少年が病院から姿を消したのだという。

 千里は神社の裏手に病院があったことを思い出して振り返る。

 彼女は慌て口調で続けた。院内を探してもみつからず、外に出ているのではないかと、今手の空いた看護師が探しているという。

「…悪いが、こっちには来ていないと思う。」

「…そう…ですか…。どうしよう…。」

 千里がその少年の容態を確認する。

「詳しいことは言えませんが…。先週入院してきた子で、身体はかなり衰退していたんですが…。原因が解らずただ延命処置をしているだけで…全く良くならないんです。

 病院から出て放っておいたらどうなるか…。」

 状況判断でしかないらしいが、事故に巻き込まれたらしく、身元も不明だそうだ。

 かなり稀なケースのようだ。

 楓は、絶望的なこの状況を冷静に考えた。少年には悪いが厳しい状況であると判断した。だが、近くに居て何もしないわけにもいかない。

「少年の特徴を教えてくれ。俺で良ければ手伝う。」

 若い看護師はその言葉に素直に喜んだ。

「ちょっと待って。」

 そこでクローネは口を挟む。一刻を争うというときに何なのだ、と楓は不審がるが、クローネの目は真剣だった。

「その子が居たっていう部屋に、この子を連れていってくれない?」

 と前に押し出されたのは千里だった。

「へ?」

 看護師も突然目の前に歩み出てきた女子高生らしき女の子をみて怪訝な顔をする。

「この子、こう見えて探偵みたいな事やってるから、何かわかるかもしれない。私もついていくから安心しなさい。」

 楓は合点がいった。なるほど、千里の魔術・千里眼の事を言っているのだろう。詳しい事は知らないが、千里眼といえば見えないものを見抜くようなイメージがある。人探しにはもってこいの能力なのだろう。

 だが、看護師の不安そうな顔は拭えない。理由は一つだ。

 ついていくといった張本人はどうみても少女。彼女が千里についていったところで何の説得力もないのだ。未成年二人が突然わけも分からず協力すると言っているようなもの。遊びじゃないのだ。

 楓はこの状況に気づき、若い看護師の肩に手を置いた。看護師は背の高い楓を見上げ少し恥ずかしそうに見上げる。

「大丈夫、俺がこの子"たち"の保護者みたいなものだ。俺もついていこう。

 だから、案内してくれ。」

「は…はい。」


 階段を駆け上がる楓とクローネ。

 息を切らせながらそれについていく看護師と千里。

 走りながらクローネは文句をたれていた。

「なにがこの子"たち"よ!よくもまあかつての上官を子供扱いしてくれたわね。老人に変えてやろうかしら。」

「状況から一秒を争うと判断したんだ。それに、上官という立場を嫌がったのはクローネだったと思うぞ。」

 まるでコンピュータのように切り替えが早い楓にやはり不満タラタラのクローネだった。

 千里はというと、全力で走りながら普通に会話ができる二人に感心していた。完全に文化系人間の千里にとってこれは苦行。楓はいいとして、クローネは同じ魔術師なのに、なぜこうも動けるのか。きっと彼女は戦うために基礎訓練もしてきたのだろう。ぬくぬくとアーティファクト収集と研究を続けていた千里とは違う。

 看護師と二人、死にそうな程に息を荒立てて、ようやく少年の入院していた部屋へとやってきた。先に部屋に入って紹介する看護師。

「ここが…っ。はぁはぁ。岡崎奏多君の個室です…。あ、身元が分からないので院内での仮の名前ですが…。」

「ありっ…がとう…うぷ。ございます。」

 肩で息をしながら千里と看護師は会話する。

 そんな二人の間をクローネが抜け、部屋をまじまじとみる。乱暴に倒された点滴。外された呼吸器。

「…なんか匂うわね。」

 看護師は思った。自分はすっかり慣れてしまったが、恐らく病院特有の薬品や消毒液の混ざった匂いだろうと。

 だがそれはとんだ勘違いだ。"匂い"の意味が異なる。

 千里は息をゆっくり整えながら少年の居たであろうベッドの側までやってきた。そしてゆっくりとそのシーツを撫でる。

 クローネは楓と目線をあわせ、頷く。楓はその意味が一瞬解らなかったが。

「い…いたい…。」

 突如お腹を抱えてうずくまるクローネ。看護師が駆け寄る。

「大丈夫!?」

「…多分アレかも?うんきっとアレだ!いたい~~!」

 何を言い出したのか理解できない楓。

「え?もしかして貴女…!?」

「うん多分!だからコンビニ!コンビニでアレ買ってきてー今すぐ!」

 千里は急に始まった寸劇に呆気にとられる。楓は瞬時にクローネのそれが芝居だと気づくが、状況が理解できない。

 しかし、看護師は「大丈夫!院内にもあるから、待ってて!」と言ってダッシュでこの場を去った。

「さて…。」

 看護師が居なくなったのを確認してケロッとしながら立ち上がる。

「…?彼女に何を取りに行かせたんだ?正露丸か?」

 と楓は千里に聞いてみるが、千里は顔を真赤にして答えなかった。そんな様子にクローネはため息をついて、ツッコむ。

「女っ気なしの筋肉バカはこれだから…。まあでもたまにはそういう抜けたところみせてくれないと立場ないわ。」

 と、少し勝ち誇るクローネ。はてなマークが増えていく楓だった。

「そんな事より、あの看護師が居ない間にやっちゃいな千里。人探しくらいわけないでしょ。」

「あ…はいっ。この部屋からなら男の子の"匂い"を追えそうです。」

 そういって目を閉じて、胸に拳を当てなにか呟く。それは魔術を知る者なら聞き慣れた言語。ルーンである。

 千里の背中には先程と同じく白い魔法陣が浮かび上がる。

 楓は、改めて彼女が魔術師であることを認識した。

「なあ…クローネ。魔術師というものは、この日本にも何人かいるのか?」

 その言葉にクローネは表情を変える事なく答える。

「何人かって…貴方が今までに食べたパンの枚数より多いわよ。」

 千里を中心に魔法陣が展開され、辺りがほんのりと白く光る。綺麗なものだと、単純にそう思う楓。クローネは腕を組み直し、続ける。

「日本どころか、世界中に数えきれない数の魔術師は存在するわ。

 けどね、その殆どが一子相伝・門外不出なのよ。親は子に、子は孫にと引き継がれる。それ以外は、ない。

 だから当然。関わりの無い者は魔術という存在を知らないまま一生を終えるの。ちょっと前のあんたみたいにね。」

 ここで、クローネは楓を見上げる。

「今のあんたは超レアケース。大体一般人がそういうのに関わっても事故に巻き込まれて死ぬかストレンヂアなりに取り込まれるかするんだけどね。」

 そう言ってまた無表情で千里の方へと向き直る。

「…じゃあそのレアケースってのは、その…お前の組織…監視協会だったか?そこではどう扱うんだ?」

 無言のまま黙るクローネ。

 決して良い答えではないのだろう。だからこその沈黙。

 ことが終わったとき、どういった審判が下るのか。クローネに、或いは組織のものに消されるのではないか?もしくは標本にされるのではないか?

 そうなったとき、楓が一人で対抗できるものなのか。コハクが力を貸してくれるのか。考えてもあまり良い答えがみつからない。

 正直、もう以前のような生活に戻れる自信はなかった。

 これから先どうなるのか…昨日までは感じることもなかった不安が一瞬よぎったとき、千里の背中の魔法陣が消えた。<探索>が終わったようだ。

 振り向いた千里は、指を上へと向けた。

「上…屋上?」

 クローネはその意図を汲む。それに答えるように千里は頷いた。

「屋上?そんなところ誰かが一番に探しにいくような場所だろう。入院患者だっていそうなものだ。」

 楓が漏らしたそんな疑問に、クローネは怪訝な顔をみせた。親指の先を少し噛み、考える。

「人が行くべきところに、誰も寄り付かないなんて…。」

 俯いたまま、目線だけを千里に向ける。

「まさか…考えすぎでは?」

 二人の会話の意味を理解したいが、楓はたどり着かない。

「行くわよ!」

 突然、クローネは走り出した。千里は慌ててそれについていく。

「お、おい!」

 楓も仕方なくついていった。

「標(しるべ)を示せ」

 クローネは手のひらに黄色の小さな魔法陣を浮かび上がらせた。すると三人が走る先に薄っすらと光の筋が浮かぶ。

「…ナビか!…すごいな。」

 屋上へと続く道のりを示していた。楓は素直に魔術に感動する。

 

 その光のガイドはどうやら正しく屋上へと向かっていたようだ。楓はクローネと千里に遅れて階段をあがっていると、外の空気が上から流れてきていることに気がついた。屋上が近いのだろう。

 するとふと、先頭を走っていたクローネが振り返って止まる。

「楓は、何も感じないのね。天狐にとってはこれくらいの障壁は空気みたいなものなのかしら。」

 後ろから追いついた千里は楓に説明をしていなかった事に気づき、慌てて付け足した。

「魔術の秘匿を守るために、私達が一番に多様する魔術があるんです。

 それが<人払いの術>

 もしかしたら、誰も屋上を探していないのは、そのせいじゃないかって。」

 スピードを緩め、歩きながら屋上へ向かう。

「そんな術、その行方不明の少年が使ったというのか?

 まさかそいつまで魔術師だっていうのか?」

 楓は最もな疑問を投げかけた。いくら多く存在すると言っても、昨日今日でここまで偶然出会うものなのか。

「いいえ、人払いを使うのは魔術師だけじゃないわ。知能の高いストレンヂアなら人語を使わずしてそういう空間を作り出すやつも居る。

 私が感じた可能性はそっち。悪いけどそのガキンチョじゃない。」

 その言葉で、楓は腕に鳥肌が立つのを感じた。

「まさかそのストレンヂアってのは…。」

 少年を探していたら、目的の化け物をみつけてしまったということか。 

 あの、憎い化け物がすぐそこにいるかもしれない。

 ずっと考えていた対面が、思った以上に早く、突然訪れた。

 だが、同時に不安がよぎる。

 少年の失踪。

 化け物の出現。

 この二つが告げる最も最悪な解答は、残酷なものだ。

 楓の脳裏に嫌な想像が浮かんだそのとき、急に立ち止まるクローネにぶつかりそうになり、急遽脚を止めた。

「…最悪かもね。」

 屋上へと続く二枚の引き戸。本当ならすりガラスからは青空の色が映っていたはずだった。だがそこにあるのは。

「きゃあ!」

 最後に発見した千里は叫ぶ。

 ガラスには大量の血が付着していた。

 楓は居ても立っても居られず、取っ手に手を伸ばした。

「ちょ、ま…!」

 クローネの静止も聞かずに開ける。

 総合病院の屋上は予想以上に広かった。ただ、中央にボイラー室か何かだろうか、一部屋分くらいの建物がある。

 ぱっと見る限り、そこに例の化け物は居なかった。だが。

「ウロォォォオオオオオオオオ!」

 その建物の先から、何か聞いたことのないような雄叫びが響いた。

 居る。

 確実に、楓が探し求めていた化け物が今そこに。

 クローネも、気を引き締め直し、呼吸を整えた。久しぶりの本格的な戦闘が始まるのだ。

「ひっ!」

 だがそんなとき、小さな悲鳴が後ろから聞こえる。同時に楓達も異変に気づいた。中央のボイラー室へ向かうその途中に落ちているナニか。

 恐る恐る近づいてみると、それは患者が来ているような病院服だった。それが無残にも引き裂かれ、血に染まっている。

 千里は両手で口を抑え、よろめく身体を横の壁に預けた。

「そんな…!」

 クローネは、無表情のまま服をみる。その血を触り、匂いを嗅いだ。

「新しい…。それに若い。」

 残念そうな面持ちで、楓と千里を見上げる。

 だがその直後、服に付着した獣の毛にも気づいた。

「…やはり、その少年は…。」

 楓は怒りが沸々と湧き上がってきた。

 人外に対する考え方を改め始めていたが、獣は獣。コハクとは違い、あの化け物はただ人を殺め、食す、イメージ通りの化け物なのだ。

 楓は、怒りを押さえ込み、深く息を吐き出した後、千里に手を差し出した。

「千里、おに筒を貸してくれ。」

 そして、クローネを見る。

「俺にやらせてくれ、どうやったらいい?俺にはできないのか?」

 クローネは腰を上げ、楓をみる。その決意は固いようだ。すると、クローネは千里の鞄に手を突っ込み、筒を取出した。

「あ!クローネさん!」

 そして、目をつむり、反対の手で筒の周りに手のひらをかざす。

 一瞬、筒の周りに神代文字が浮かび上がり、消えた。

 それをクローネは楓に渡した。

「起動パスとマナのルートをオープンにしたわ。後は銃を撃つのと一緒。相手に向けて、引き金を引くイメージで筒の力を開放しなさい。」

 楓は、筒をまじまじとみつめて、握りしめる。

「ありがとう、クローネ。千里。

 必ずヤツをこれで…。」

 そう言い終わる前に、突如クローネが楓に向かって手のひらを広げた。

 放たれる風圧。詠唱キャンセルで繰り出された空気の塊は、楓の胸元に激しく接触し、彼を吹き飛ばした。

「楓さん!」

 千里の声が聞こえた。

 楓は数メートル後方に吹き飛ばされ、屋上の柵に激しい音を立ててぶつかった。

 勢いのあまりその手から離れたおに筒は、軽い音を立ててクローネとの間に落ちる。

「な…!なんで…!?」

 千里はわけも解らず突然楓を襲ったクローネをみた。そのとき、視界に入った異様な物体を発見する。

 楓は一瞬息ができずむせる。少し涙目になりながらもクローネの方を見た。

「まさか!千里ー!!下がれ!!」

 まだ息は整っていなかったが、それでも楓は大きな声をあげざるを得なかった。

 クローネが突如自分に風の魔術を当てた意味を知ったからだ。

 自分が立っていた場所には、ドロドロの液体が落ちていた。それは何かの粘液のような。

 そう、クローネが自分を吹き飛ばしてくれなかったら上から落ちてきたあの粘液に絡め取られていただろう。

 かつての同僚達が雲南省でされたように。

 千里は身の危険を察知し、入ってきた扉の側まで背を向けて走った。

 

 ズン…!

 

 三人が三方向に分かれたそのちょうど真ん中に、巨大な何かが降り立った。

 千里は扉にたどり着き、振り向く。

 それは恐ろしく、巨大な生き物。

 楓は胸を押さえながら立ち上がった。そして、憎しみを込めた瞳で、臆することなくそれを睨む。

 アフリカ象ほどの巨体だが、その姿は狼とライオンをあわせたような、見たこともない姿だった。

 大きく裂けた口から覗く牙はまるで鮫か鰐。四肢は猫科のものだがその大きさはまるで象の脚。全身を覆った紫色の毛並みが風に揺れていた。

 最も目を引いたのは首周りの真っ赤な鬣。

 明るい場所で初めて見るその姿は、自然界に生きる獣とは明らかに一線を画していると、楓は感じた。

 これが、キメラ。いや、メグルを奪った、憎き化け物。

 楓はすぐ横に設置されていた消化器を取り、走った。

「うおおおぉぉぉぉおお!」

 突然の行動に、キメラは身を捩るが楓はさらに踏み込み、思い切り消化器を左前足に叩きつけた。

「ガゥン!」

 ライオンのような声をあげるが、ダメージを与えたようには見えない。キメラは反対の手を振り上げた。だがその手は何処か違う方向へと弾かれた。

 クローネの風の魔術だ。

 そのスキに離れ、距離を取る。

「楓!流石に無謀すぎるわよ。冷静さを失ったら死ぬわよ!」

「くっ…!」

 いつも戦場で後輩に言っていた言葉だ。まさか他人から言われるようなことがあるとは。

 自分の愚行を恥じ、改めて消化器を構えた。

 そこでもう一つ自分の失敗に気づく。

 目の前の化け物に復讐することばかり考えていたが、実際にどうすれば復讐を遂げられるのか、まだ考えがまとまっていなかったのだ。なのに遭遇してしまった。故に今自分にできるのは、おに筒を使う事のみ。

 もしそれに失敗してしまったら後がない。

 こんな計画性のないミッションをすることになるとは。

 勿論戦場でもミッション通りとはいかないことはある。それでも何度もその死線を超えてきた。だがそれも、ピースというバックが在ったからこそ。一流の装備を身にまとっていたからこそだ。

 銃もナイフもない、身一つでみたこともないようなこんな化け物相手にどうするのか。検討もつかない。

 つまり、今そこに落ちている筒を確実に手にし、使わなければ、自分に勝利はないということだ。

 楓はジリジリと一歩を踏み出そうとする。

「ガゥ!!」

 キメラは楓の微細な動きに反応し威嚇をした。まるで、楓が筒を拾うのを邪魔するかのように。

「人払の魔術を使うくらいよ!知能は高いとみていいわ。

 どうしても筒が無理なら諦めなさい!

 今戦闘力として最も頼りになるのはあの妖狐よ!彼を呼び出して!ここなら神社は近いわ、彼の妖力が尽きそうなときはすぐに社にいけばなんとかなる!」

 確かにコハクなら手のひらに刀を作り出し、あの身のこなしでキメラを打倒できるかもしれない。

 千里もそう思った。

 だが。

「悪いがその選択はなしだ。俺が…やる…!」

 千里は楓らしくない、と思った。出会って2日で何を、と思うかもしれないが。千里の魔術の性質がゆえか、彼女は関わった人間と必要以上に心を通わせてしまう事がよくある。

 楓とも例外ではなかった。非現実的な事件の中で、千里は楓の人となりをまるで長く付き添ったパートナーのように理解していたのだ。

 だからこそ思う。冷静沈着な楓が、確実な勝利よりも自分の手で相手を討つ事を選択したのは意外だった。そして、不安が襲う。このまま戦うのは危険すぎる。

 そんな千里の胸中など知る由もなく、駆け出す楓。

 消化器から白い煙を撒き散らし、キメラに吹き付ける。そのまま体制を低くして筒の場所まで走った。

 楓が筒に手を伸ばそうとしたとき、白い煙の中に二つの光る何かが見えた。

 楓はとっさに手を引っ込めるが。その何かは長い影とともに軌道を変え、楓の腕をとった。そのまま絡みついて、楓を体ごと持ち上げる。

 大きな金属音を立てて消化器を落とした。

 風に流れて、白いもやが少しずつ晴れていく。

「楓!」

 クローネは思わず叫んだ。

 アナコンダのような大蛇が楓の腕に絡まり、持ち上げていた。その先は、キメラの下半身。獅子の尻尾の位置から蛇が生えていた。何とも奇妙だが、合成獣(キメラ)として昔から伝え聞く姿としてはポピュラーである。

 楓はそんな姿に驚く声も上げることなく、苦痛に顔を歪めた。ミシミシと腕の骨が軋むようだ。

「くそ…!」

 空いた手で大蛇の胴体を殴りつけるがびくともしない。むしろその締め付けが強くなる。

「ぐあぁああ!」

 このままでは腕が千切り取られてしまう。つまらない意地を捨てて"交代"すべきなのだ、コハクと。

「だが…俺は…メグルを奪ったこいつを…。」

「ったく!面倒かけるわね!」

 そんな声と同時に、腕が蛇の拘束から抜け、楓は地面に落ちた。

 僅かに風を切るような音がする。クローネが放った真空の刃だ。

「あんたがそんなだったらあたしがやるわよ!」

 遠くからクローネの叱咤が飛ぶ。

「冷静沈着がアンタの取り柄でしょうが!妖狐の力を借りないって意地があるなら通してみせなさい!」

 とまた、彼女の右手が緑に光った。同時に化け物は奇声を上げる。

「バックアップしてあげるから、早く筒を!」

 楓が見上げると、不規則に暴れながら宙を舞う蛇。その身体は化け物本体から切り離されていた。

 大きな音を立てて、コンクリートに叩きつけられる蛇。ちょうどそれはおに筒を取り囲むようにして横たわっていた。楓は、すぐに筒の元へと走る。

「ガルゥ!」

 それを許さんと楓の背後から駆け寄るキメラ。鋭い爪が、猛スピードで迫る。

 楓は咄嗟に伏せるが僅かに一筋、背中を横切った。まるで火傷のように熱く、背中に痛みを感じる。

「ぐぅ…!」

 千里は楓のジェケットの背中が横一文字に切れているのが見えた。

「楓さん!」

 だが、楓はその痛みに耐え、目の前の蛇に囲まれた筒へと飛んだ。

 そこに手をのばす。

「ガルう!」

 しつこく、キメラはこちらへまた駆け出す。楓は最早後ろを振り向く時間もないと、蛇の胴体に手を付き身体を前に乗り出した。

 後数センチ!指先が触れる。

 

 と、そのとき。

 身体を支えるために大蛇に乗せていた左手に違和感を感じた。

 鱗の僅かな動き。

 次の瞬間。

 突如動きだした蛇はそのままとぐろを巻いた。また腕を絡み取られまいと、楓は瞬時に右手を引くが、目の前にあった筒は無残にもとぐろの中心に沈んだ。

 そして、固い何かが破壊されるような音がした。

「ガァアア!」

 近寄ってくるその咆哮に危険を感じ楓はやむを得ず飛び退く。

 そして後ろを振り返ると、渦を巻いた大蛇は力なく倒れた。

 最後の力を振り絞ったのだろう。それは見事な成果を得た。

「…おに筒が…。」

 キメラはとぐろをまいた自分の尻尾を前足で乱暴にどける。そこにはくしゃくしゃにひしゃげたおに筒があった。

 それを確認し、キメラは改めて右足でそれを踏みつけた。

「ぐるるるる…。」

 満足そうに、ぺしゃんこにされた筒をみる。

「…うそでしょ…。」

 唯一である、キメラを捕獲するマジックアイテムが破壊されてしまった。

 クローネは力なく腕を降ろす。

 楓は、千里の顔をみるが千里が青ざめていのがわかった。あそこまで破壊されたら、もう機能しないのだろう。

 なら、もう道は一つしかない。

 

 楓は改めて怪物を見据えた。

「クローネ。俺のワガママに、付き合わせて悪かった。やはり、あいつを頼るしかないようだな。」

 クローネは静かに睨む。

「覚悟なさい楓。このキメラの動き、予想以上よ。もしものとき無事に社に帰れるかわからない。そうなったら貴方は…。」

「想定内、だ。」

 楓は姿勢を正し、両足を開いた。

「メグルを失ったときから覚悟はしていた。俺は命にかえてもこの化け物を葬る。二度とメグルのような犠牲者を生まないためにもな。」

「楓さん…!」

 千里は、楓との出会いを特別なものであると感じていた。なぜかはわからないが、彼をここで失うのは耐えられない、そうまで思った。

「ダメです!」

 そんな千里を見る。

「悪かったな。でも千里のおかげでこいつに出会えた。感謝している。

 念の為に言っておくが、短い間だったが世話になったな。面白い世界を知れたよ。」

「楓さん…!」

 泣き声がまじり裏返る悲痛の声。

「さあコハク。俺の命を使え。そして、俺の代わりにこいつを葬ってくれ!」

 楓はそう叫んでキメラを睨んだ。

 キメラは、訪れる戦いを覚悟し、大きく吠える。ビリビリとその咆哮に押される楓達。

 楓は目を瞑った。


『儂の力が必要か…。承知した。』


 何度かすでに味わった経験。

 突如暗闇へと引き込まれ、身体を別の誰かに明け渡す瞬間。

 楓は、次はもう戻ってこれないかもしれないと覚悟した。

 恐怖が無かったと言えば嘘になる。

 だがそれ以上に、メグルへの償いの気持ちが勝っていた。

 彼の家族への償い。

 そうだ。

 自分はまだ彼の家族に謝罪をしていない。

 それだけが心残りだ。

 もしあの世というものがあるとして、メグルに復讐だけを果たしたと報告したら俺は殴られるだろうか。

 あの弱々しいパンチを喰らうのだろうか。

 俺のために死ぬなんて馬鹿だ!あいつならそう言いそうだ。

 

『おい楓。ボーっとするな。やつの攻撃が来るぞ。』


 突然そんな言葉が聞こえ目を開けると、巨大な獣が大きな口を開けているのが見えた。

「何!?」

 まだ意識がある。何も変わっちゃいない。そして、何かを吐き出そうとしているそのモーションに気づき、楓は咄嗟に飛び退いた。

「うわっ!」

 想定する何倍もの加速でその場を逃れる。

 同時にさっきまで楓が居たところには大量の粘液が貼り付いた。

 楓は空中で身を返して、着地する。

「な…!」

 自分の脚をみて、咄嗟に前髪を掴んで引っ張る。

 違和感はない。いつもの自分の身体だ。

 周りをみると、千里もクローネも驚いたような顔をしていた。

 

『さあ意識を集中しろ。力を貸してやる。その手にお前が欲しい得物を

 自由に思い浮かべるが良い。』

 

 楓は、視界の端が輝いている事に気づいた。自分の右手だ。

 その右掌に銀色の光の粒がが現れては集まり始めていた。

「これは…!?」

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