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Bullet In Crowd  作者: 【es】
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3/11

Mission 03: a Blonde Girl

【四週間前・夕刻】

 郊外の山奥。生い茂った針葉樹の間から夕闇に溶けるようにして黒い煙が上がっていた。その周りの木々は薙ぎ倒されていて、バラバラになった金属片が辺りに散乱していた。

 迷彩柄の上下に身をまとった男は、僅かに動く身体を引きずりながら半壊したヘリコプターから脱出をした。

 頭部から流れた血液が視界の半分を奪う。それでも振り向いたその光景は正に地獄絵図だった。

 瓦礫の山の中に転がる隊員達の死体。ヘリがぶら下げていたコンテナは原型をとどめておらず、中に"在った"はずの積荷はこつ然と消えていた。

 そのとき、遠くから雄叫びが聞こえる。

 彼はその声を最後に、息を引き取った。遠く離れた故郷を想うことなく、ただこれからこの地に訪れるであろう惨劇に恐怖しながら。

 

【数日前・深夜】

 何台もの救急車やパトカーが都内のとある住宅街に集まっていた。

 無数の赤色灯がまるで昼間のように明るく付近を照らす。車からは何人もの隊員や警察官が駆け足で降りてきた。

 ガタガタと震える数人の若者が居た。各々は軽いキズを追っているようだ。

 そして、唯一異色であったのは、裸で倒れている少年。

 隊員達は状況がつかめないままに、意識のない少年をストレッチャーへと乗せた。外傷は擦り傷程度だが、かなり衰退しているようだ。彼らは付近の野次馬に気を配りながら、手際良く救急車へと運び入れた。

 走り出した車内。呼吸器が少年の口を塞ぐ。意識を確認しようと顔を近づけた一人の隊員がふと、肩口に付着していた毛のようなものに気づいた。見たこともないような太く長い毛。彼はこの間家族で行った動物園のライオンのそれを思い出したが、今はそれよりも優先すべきことがある。その毛を足元に捨て、マニュアル通りの応急処置を開始した。

 

【本日・早朝】

 都内にある小さな稲荷神社。その境内の外で車のドアの閉まる音が二回。

 随分と涼しくなった朝方、車から降りた少し年の離れた男女は鳥居をくぐる。

 早朝だからか、町中にある神社の割に物静かで、鳥の囀りと社へと続く玉砂利を踏む音だけが響く。

「いいもんだな。」

 楓の口から素直な感想が出た。

「はい。」

 全くの同意見だと千里も思う。十八歳にしてこの良さがわかるとは、苦労してるんだな。なんて楓は思った。自分が十八の頃なんて情景などという言葉とは縁遠く、浮かぶワードは銃火器・格闘術・世界の情勢この三つだった。

 彼女は、異能や化け物がいる世界でどのような十八年を歩んできたのだろうか。

 などと、珍しく他人に興味を抱いていたそのとき、千里が立ち止まった。

 そして、急に後ろを向く。

「どうした…?ん?」

 索敵能力ならかなり自身のあった楓だったが、千里眼を持つ千里と比べられるものではない。だが、それでもその視線の先の僅かな枯れ葉の動きに違和感を感じた。

 楓は口に人差し指をあて、千里に「静かに」と合図を送る。

 そしてゆっくりと玉砂利を一つ掴んだら、入り口の大きな灯籠の横に投げた。

 大きくカーブを描く玉砂利の下を、楓は音もなく進む。そして、玉砂利は灯籠のすぐ横に落ちた。

 瞬間。反対側へと何かが動いた。予測していた楓はその灯籠の反対側へと先回りし、何かを後ろから捕まえる。

「え!?」

 千里は驚いた。楓が腕を回す間から綺麗なブロンドヘアが揺れて見える。人だ。

 しかも背丈は自分よりも低く、幼い外人の子供のように見えた。

 ちょうど楓も、それが少女であることに気づき、力を緩める。

 すると彼女はそのスキをみて身体を捻り離れた。

「なに!?」

 まさか少女が自分の拘束から逃れられると思わなかった。最低限の力はこめていたはずなのに。体術を心得ている証拠だ。

「Hey! Don't do that will you !?」

 突如、流暢な英語で叫ぶ少女。だがその後、切れ長の大きな蒼い瞳がさらに開かれ、即座に背中をみせた。

「Oh my Gash ! …Why he is here !?」

 何やらボソボソ言っている。千里が様子をみに近づくと意外にも楓が妙な表情をしていた。

「うぃ…ウィズリー部隊長…?」

「え!?その人って!」

 部隊長、といえば今朝楓が話していた楓がいたピースという組織にいた少女のような上官の事か、と千里は思い出した。

 千里の跳ね上がった声に肩をビクッとすくめ、彼女は首をふる。

「に…日本語わかりませーん…。」

 いやわかっとるやないかい、と思いながら楓は彼女の肩を掴んで無理やりこちらへ向けた。

 観念したのか、バツが悪そうな顔でニヘラと笑う少女。

「お…お久しぶりー…シウンカエデ。」


 本殿まで歩いて来て気がついた。稲荷神社の風景に反して、すぐ裏手には白くて大きな建物があった。赤十字のマークから恐らく総合病院だろうが、せっかくの神社の景観を損なうな、と千里は少し残念に思う。

 そんな建物から視線を移すと、本殿の縁側に腰を掛けて身長にしては長い脚をぷらぷらと揺らす金髪少女が視界に入った。

 腰上まで伸ばしたふわふわの髪が綺麗だと、千里は少し羨ましがる。

「…ほんと…なんで楓がこんなとこにいるのよ…。こんな事に運を使ってる場合じゃないのに…。」

 と何かを思い出したように肩を落とす少女。

「部隊長…。」

「それやめて。クローネ・ウィズリー。これが私の本当の名前。今はもうアンタの上官でもなんでも無いんだから、クローネでいいわ。」

 じっと睨まれ、反射的に敬礼をしてしまう楓だったが、すぐにその手を降ろす。

「いやしかし!自分は謹慎中であるだけで、うぃ…クローネ部隊長が上官であることは…」

「辞めたのよ。」

「え?」

 言葉を遮る。

「正確には、あの雲南省事件の責任をとわれてクビ。」

 自分のクビにチョップした。明るいその言葉とは反対に、楓の表情は曇る。

「あー、気にしないで。どのみちピースの部隊長ってのも仮の立場だったし。むしろ堅苦しーの苦手だったし。だからアンタも、私の事は呼び捨て!敬語はなし!いいわね!お望みならこれを上官命令とするわよ。」

 と、睨む。

 それに敬礼をしかけてあたふたする楓。

 千里は、楓が過去に捕われ辛そうな反面、顔なじみに会ってどこか嬉しそうなことがなんだか微笑ましかった。

「じゃあ…クローネ…。なぜ今こんなところに?」

 その質問に、またバツが悪そうな表情に戻る少女。

「あー…あんま詳しいことはピースのアンタに喋れないけど、一言で言えば今は"本業"に戻って自分の尻拭いをしてるってとこかな。」

「尻拭い…?雲南省の件と何か関係がある、とか?」

 クローネは肩を落とし、呆れると言わんばかりに楓をみた。

「あんた、諜報部出身だったわね。失言だったわ。

 …でも、私の事を喋るのはそう簡単なことじゃないのよ。」

 クローネの表情に隙がなくなる。

「私がここに居る理由を知ったら、もう戻れなくなるわよ。」

 楓はその言葉に息を呑んだ。

 だが、何処か確信めいたものがある。

 あの化け物を追っている以上、クローネの言う戻れない領域に足を踏み入れてしまうのだろう。

 いや、自分は何を臆するのか。すでに片足を突っ込んでいるじゃないか。

 昨晩、すでに人外の生き物を目撃し、それどころか自らの身体に宿している。そして、そこにいる嵯峨野千里もまた、千里眼という特殊な術が使えると言っていた。

 と、楓の目線に沿って、クローネも千里をみた。

「…?待って。」

 怪訝な面持ちで千里をじーっとみつめる。

「貴女…。

 魔術師でしょ。」

 "魔術師"その言葉には違和感があった。楓のイメージするそれと千里は重ならない。だが。

「…やはり…。クローネさんも、ですよね?」

 そう言うと、千里のすぐ後ろに半径1Mほどの純白の魔法陣が浮かび上がった。

 楓はそれに驚く。すると間髪入れずにクローネもその手のひらを開き、黒色の小さな魔法陣を浮かび上がらせた。それはまるで時を刻むように真ん中で異形の長い針が回転する。

 そして、楓を睨む。

「何よアンタ、もうこっちの世界に入っちゃったわけね。」

 クローネは、展開した方陣を消し、覚悟を決めたように口を開いた。

「なら…私が今やってること、話すわ。」

 そういう事なのだ。

 楓は少し理解した。

 要するに、非現実的な裏の世界が存在していて、それに関わりのないものに情報を開示しない。だが、楓がもう裏の世界に居るのならば、その権利を貰えるといったところか。と楓は想像する。

「…でもタダじゃないわ。

 今貴方達がここに居る理由を先に話しなさい。そういった事象を管理するのが私の"本業"なのよ。話しはそれからよ。」

 上官ではないと言いながらの命令口調。高慢な態度は元々のものなのだろうと千里はこっそり思う。

 楓はクローネに言われた通り事の顛末をかいつまんで話した。

 

 千里があるアーティファクトを追って楓の実家まで来たこと。

 そのアーティファクトから解き放たれた妖怪と楓が同化した事。

 その妖怪が楓の知る化け物を神社で目撃したと言ったため、遥々やってきた事。


「はぁ!?予想の斜め上を行く展開ね…。楓がそんなことに巻き込まれてたなんて。

 驚き。

 …それにしても、やっぱアンタまだあの化け物に拘ってたワケね…。」

 腕を組むクローネ。そんな彼女に楓は改めて尋ねる。

「あんな事があったんだ。そう簡単に割り切れはしない。

 それより、約束どおり、クローネの事を話してくれ。

 とはいえ…ある程度は想像ができている。

 俺らが化け物を探してやってきた先で"雲南省事件の尻拭い"をしているクローネがいた。

 これは偶然じゃない。やはりあの化け物はここに現れた。そしてクローネはその化け物を殺しに来たんだ。その…魔術とやらで。」

 長い長い溜息を吐いて、クローネは諦めたかのように肩をすくめた。

「流石ってところね。

 殺すってわけじゃないんだけど…、まあいいわ。

 私は、ロンドンを拠点とする世界的な魔術監視協会に属しているの。

 魔術を濫りに公にする者や偶発的に現れた非科学的な事象を取り締まったりしてるのよ。魔術の存在が表の世界にもれないようにね。」

「そんなものがあったのか…。」

 少し後ずさる楓。その後ろから千里が付け加える。

「確かに…魔術は秘匿されるもの。そういった組織があると言うことは祖父から聞いたことがありましたが…都市伝説くらいにしか思っていませんでした…、驚きです。」

 少し驚いたようにクローネは続ける。

「あんた、魔術神経を転写してるのに協会を信じてなかったの?日本ってそんななの?」

 楓はそんなクローネを他所に質問をぶつける。

「じゃあピースってなんなんだ!訳の解らないミッションばかりだった。その挙げ句があの化け物だ。まさかその協会ってのに関わってるのか?」

 珍しく苛立つ楓をみる。それも仕方がない。一時期は精神的に参ってしまうほどにピースを不審がっていたのだから。

 クローネはそんな苦痛も知らず、あっけらかんと答える。

「そ。

 ピースってのは協会の外郭組織の一つ。うーん組織というより雇い主と傭兵の関係が近いんだけど。魔術だけでは困難な情報収集とか潜入とか防衛戦の突破とか、そういった荒事をそういった外郭組織に委託してるのよ。

 で、その橋渡し役を私が担ってたんだけど、さっき言った経緯でその任務から外されちゃったワケ。

 で、その後は、貴方が言った通り。組織に戻ってその化け物…私達はキメラって呼んでるんだけど、改めてそいつを捕らえるためにここに来たのよ。」

 楓は当たり前のように言うクローネを少し恨めしく思いながらも、次の疑問をぶつけた。

「ようやく、俺の仕事が何なのか分かった。皆に教えたいくらいだが、ダメなんだろうな。で、なんで中国にいるはずの化け物がこんなところにいるんだ?」

 腕を組んで、足を組み、それに答える。

「実はね、あの後キメラは発見され、すぐに協会が保護したのよ。けど、協会が日本の研究所にアレを運ぶ最中に逃げられてしまった…。それがこの付近の山中だったの。それからこの近隣で目撃情報があって、私はそれをあてにしてここまで来たってワケ。」

 千里はそれを聞いて、恐る恐る訪ねた。

「それで、そんな大きな生物をどうやってお一人で捕まえるおつもりだったんですか?」

 そのとき、親指を立てるクローネ。

「それはね。京都に有名な封印アイテムがあってね。対象の大きさ関係なく封印できる代物なのよ。上手くスキを付けば勝算はあるわ。」

 しかしその自慢げな表情はすぐに消え失せた。

「…てゆーか、もう一回大きなのを一匹捕まえれたしね。

 …まあ、後から分かったんだけど、全然関係ないやつだったみたいだけど。」

「え!?」

 クローネは両手の指先をこねくりまわす。

「しかも、掴まえたその筒を失くしちゃって…。

 で、ここを探し回ってたら貴方達に出会って…。」

 後半殆ど聞こえるか聞こえないかのボリュームだった。

 二人はそんなクローネの前で顔を見合わせる。そして、楓が頷いたのをみて、千里は鞄から大事に持っていたおに筒を出してみせた。

「その筒ってもしかして…。」

 クローネは飛びつく。

「これ…!!これよ!え!なんで!??」

 楓はパズルがハマったような気分だった。頭をかきながら、事の成り行きをまとめてみた。

「クローネは、ここで化け物と間違えてとある妖怪をこのおに筒に閉じ込めた。

 しかしその後紛失。」

 ふんふんと黙って聞くクローネ。

「それを誰かが拾って、千里の骨董店に売りつけた。

 それを俺の親父が購入して帰宅。

 千里はそれを追って俺と出会った。」

 それを聞いて千里は青ざめる。

「じゃあコハク様を閉じ込めた張本人は…。」

 指差した先にクローネ。彼女は頭を両手で鷲掴み、背中を向けた。

「楓に同化した妖怪ってもしかして…。」

 クローネの視界がふと暗くなる。足元をみるとすっぽりと狐の形をした影に覆われていた。振り返ると、すぐ後ろに楓が静かに立っている。

 

 影はその後ろの狐の像が作り出したものだということはすぐに解ったが、それよりも、彼の変化にクローネは驚いた。

 揺れる黒髪はその色を落とし、そして瞳と共にその色が白銀に染まる。

 自分が知っている楓の容姿とはかけ離れた姿。それを確認した瞬間、ふっと体が浮き上がった。息が、詰まる。

 長身の楓が、左手一本でクローネの首を掴み持ち上げたのだ。彼女はもがきながらその左腕にしがみつく。

「う…!ぐっ!」

 銀色に光る二つの瞳がクローネを睨んだ。

「ようやく恨みを晴らす時が来たようじゃな。」

 声こそ楓のそれだったが、その口調はまるで違う。彼が右手を開くと、そこに地面を突き刺すほどに長い日本刀が、光りに包まれながら現れた。

「コハク様!?」

 その名を、千里は発す。

 それを合図に、コハクはクローネを思い切り投げ飛ばした。クローネは石畳に叩きつけられる直前に身を反転させ、着地した。

「ほう、ただの幼子ではないな。じゃが、儂を悪狐などにした貴様の愚行、許すわけにはいかぬ。」

 まるで風のように、コハクは走る。髪と同じ色に光る日本刀は真っ直ぐにクローネへと伸びた。

「ストレンヂアが…!

 逸脱と呼ばれた私の血にたてつこうっての!?」

 右手を開き高々と挙げる。その手のひらには先程現れた黒い時計のような魔法陣。同時に、彼女の半径2メートルほどにも同じような魔法陣が展開される。

 コハクは構わず刃を突きつけたままクローネの方へと走っていたが、魔法陣に足を踏み入れようとした瞬間、急遽その勢いを殺した。

 既のところで止まるコハク。

「へぇ…良い勘してるわね。流石神獣クラスのストレンヂアといったところかしら?」

「ストレンヂア…?」

「未確認異能保有対象の事をそう呼んでるの。」

 楓の呟きに、クローネは軽く説明を挟んだ。

 しかしその表情は余裕、にも見えない。相手がただの雑魚妖怪ではないことは十分に感づいていたからだ。

 コハクもまた、この黒い魔法陣が何を意味しているのか、多少なりとも気づいていた。その目線の先にあるもの、それは石畳の間から生えた草だった。

 枯れている。

「そこには何処からか種が運ばれ花をつけた秋明菊が一輪あったはずじゃ。毎日それをみるのが楽しみじゃったが…。

 …枯れるにはまだ季節が早すぎる。まさか貴様…。」

 千里はゾッとした。魔術の中でも不可能に近いレベルの魔術系統、この世界の、いや宇宙の理にさえ干渉する大魔術。

「時間の操作(コントロール)…。」

 その言葉に、ちらりと千里をみるコハク。そして刃を両手に構えなおし、笑う。

「大層な術が使えるようじゃな。驚いた。

 じゃが、人間が操れる時間など、些細なものじゃろう。そんな術で千年の時を超える天狐を退けられるとでも思うか?」

 そんな余裕の表情のコハクに反してクローネは笑みを浮かべていた。

「ふふ。…貴方は平気でも、その身体の持ち主は確実に影響を受けるわ。

 それだけお世話になっていて、恩を仇で返すようなことを神獣がするのかしら?」

 コハクは少し驚いたように目を開く。そして、暫く無言で考えた後、刀を持ち替え、低く構えた。

「…やる気?」

「この男には恨まれるやもしれんが、儂にも譲れぬものがある。」

 魔法陣はチクタクと音を立てて回り始めた。

「神に仕える獣が人間を犠牲にするっていうの!?」

「神など…儂が生まれて一度たりとも出会ったことはない。

 神の使いだと勝手に崇めているのは人間共じゃ。

 儂は、ただこの社の傍で生まれたというだけの妖狐じゃよ。」

 千年も生きて、自分の存在意義を見いだせないでいる。神獣などという崇高な生き物ではない。彼も人間と同じく、決して絶対的な存在ではないのだ。

 その言葉の後、突如クローネは魔法陣を消失させた。

 それを好機にと、コハクは走った。

 太陽の光が刃にあたり、銀色の軌跡は一直線にクローネへと伸びる。

 

(ったく…。冗談じゃないわよ。)

 

 クローネの首元に刃が吸い込まれる、その直前。

「やめてください!!」

 突如大きな声が響く。と同時に刃の突き刺さる鈍い音がした。

 目をつぶっていたクローネは、刃が自分の首のすぐ左を通って、後ろの樹に突き刺さっていることに気づいた。

 目線を戻すと、目の前で銀髪が揺れている。いや、一瞬髪が黒くぼやけた気がした。

 その表情は無。コハクが何を考えているのかわからなかった。

 駆けてくる千里。そして、両手で刀を持つコハクの手を握った。

「この太刀筋…はじめから、クローネさんの命を奪うつもりなんて無かったですよね?」

 千里はクローネをみる。

「クローネさんも、コハクさんの事を思って魔術を中断した。

 …お互いに思い合えるなら、こんな無駄な争いやめましょうよ!」

 そんな言葉に、コハクは一歩引いて刀を抜く。

 そして上に放り投げるようにして、刀は光の粒となって消えた。

「千里に感謝するんじゃな、異国の少女。」

 そう言って背中を向ける。

「それから、儂がはじめから首を跳ねるつもりが無かったというのは、少々甘いぞ千里。

 紫雲楓…。大した男じゃ。気に入った。」

 コハクは首を少しだけクローネに向けて言う。

「儂への罪の意識があるならば、最後まで楓のために尽くすんじゃな。さすれば、貴様のことはもう咎めぬ。」

 そう言って髪の色は元の墨色に戻る。

 その直後、片膝をつく楓。

「楓さん…!」

 慌てて駆け寄る千里だったが、楓はそれを片手で制す。

「大丈夫だ、少し疲れただけだ…。」

 なぜ疲れるのか。千里には理解できなかったのだが、クローネは楓に近づいてボソリとつぶやいた。

「ありがとね。」

 一瞬見えた髪色の变化。それで気づいた。楓はコハクの出現中、深層心理から無理やり脱し、刀の軌道を変えたのだ。

「こちらこそ…だ。」

 クローネが危険を顧みず魔術を解除したのは、楓を守るため。楓もそれを感じていた。昨晩とは違い。今回はコハクの行動を把握できていた。

 だからこそ意識の深層から脱し、クローネを助けようともがいたのだ。

 そして同時に聞いた。

 コハクの独白を。

「神の仕い…か。」

 楓はゆっくりと立ち上がり、社の方へと身体を向けた。

「人外を一言で"化け物"と片付けるのは間違っているのかもしれないな。」

 一時的に同化を許したが、身体の自由を奪われ少しでも早くコハクと分離したいと思っていた。しかしそれはさっきまでの話。

「俺はもう少しそれを識る必要があるのかもしれない。」

 誰に話すでもなく漏れる独り言。

 クローネの言う通り、魔術や妖怪という存在を知ってしまった今、もう元の生活には戻れないだろう。クローネがピースの事を含め全てを話してくれたのはそう言う意味もあったのだ。

 ならそれを受け入れて、この世界の理を新たに学ぶ必要がある。

 楓は振り向いて千里とクローネを見た。

 今まで屈強な男たちの中にいた楓は、自分が全く違う世界へ飛び込もうとしているのを痛感した。

「女子高生に幼女に狐か…。」

 やっていけるのだろうか、少し不安になる。

「何よ?なんか今軽く馬鹿にした目で見たでしょ。」

 腰に両手を当て、頬を膨らますクローネ。

「まあまあ。」

 フォローに入る千里。

「でも、化け物退治ですが。コハクさんあんなにお強いなら、かなりの戦力になりますよね!」

 千里の言葉に、楓は俯く。

「まあな…。」

 何か思うところがあるのだろうか。

 そこに付け足すように、クローネが口を挟んだ。

「多分…あれはこの社の中だからよ。

 あの妖狐。長くこの神社に居すぎたせいでマナがこの場の波長に染まってる。

 もし、この神社の外で武器召喚までして暴れたら、マナの代わりに貴方の生命力をすべて食い尽くす事になるかもしれない、違う?」

 すると、楓の目の色が一瞬だけ銀色に変化して、また戻る。

 それが肯定を意味していたようだ。

「そんな…。」

 そう言えば、車の運転を一時間ほどしただけでコハクは眠ってしまっていたのを千里は思い出した。

 しかし、そんな千里の頭に楓はポンと手を置いた。

「大丈夫だ。俺は何度も死線をくぐり抜けてきた。今度もなんとかしてみせるつもりだ。」

 クローネが縁側から飛び降りて近づいてくる。

「一応。私もいるしね。協会じゃあちょっとは名のしれた魔術師なのよ。」

 と無い胸を張る金髪少女。しかし千里はまたふと怪訝な顔をする。

「あの…さっきの時間の魔術ですが、あれ本当に使っていいんですか?」

 その言葉にクローネの顔色は変わった。

「あんた…!

 …そっか千里眼、か。そこまで分かっちゃうのね。」

 クローネは腰に手を当てた。

「大丈夫よ。いざってときしか使わないから。」

「それはどういう…、ん?」

 楓は二人の言葉の意味が解らず確認しようと口を開くが、二人の後ろに何かが動くのが見えた。

 境内へと真っ直ぐ続く道の先、ちょうど鳥居の下に居るのは一人の女性。

 およそこの場所に似つかわしくない、カーディガンを一枚羽織った看護師だった。

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