オバサン、国境の町に行く 2
ファンタジーの宿屋って聞くと、床も扉も全部木製で、扉を開けたら受付があって、二階より上が客室で一階に食堂がある建物を思い浮かべる人が多いんじゃない?
私はそうだった。
でも今回向かった宿屋は、それよりはちょっとランクが上というか、お高そうというか……。
お金に余裕がある商人が使いそうな、立派な石造りの建物だった。
周囲にあるお店もそれなりに立派な佇まいなので、先程のお祭りのように混み合っていた大通りとは違って、この通り沿いを歩いている人達は身なりがよく、護衛をつけている人が多い。
さすがS級のパーティーの人達だ。
貴族や儲かっている商人用の宿屋に泊まっているんだね。
看板にはベッドの絵が描かれているのか。
宿屋だから、これが一番わかりやすいんだろうな。
この国には二時間いくらとかでご休憩するような宿はないのかしら。
「いらっしゃいませ」
内装もなかなか立派だわ。
テラコッタの床に大理石の柱。照明もおしゃれな間接照明よ。
天井が高くて玄関ロビーも広くて、なんといっても清潔だし、従業員は制服を着ていて礼儀正しい。
貴族の御曹司にしか見えない殿下と、制服を着ていなくてもいかにも騎士ですって雰囲気の人間がふたりもいれば、そりゃあ丁寧にもなるか。
私としてはせっかくだから、もっと庶民的な宿屋に行ってみたかったなあ。
「仲間がここに泊まっているはずなんだ」
バイロンさんが受付の人とやり取りをしている間、私は暇なのできょろきょろとホテルの中を見ていたら、奥の通路からこちらを覗いている人としっかり目があってしまった。
背が高くて、強面なお兄さんだ。
顔が四角いなあ。
私が凝視しているのに気付いた相手はなぜか慌てた様子で、たぶんこっちを見るなってジェスチャーしているんだよね?
顔を引っ込めればいいだけなのに、何をやっているんだろう。
余計に気になって、じーっと見てしまう。
「シェリル、どうした?」
「あそこ」
ユーインに聞かれたので、通路に続く壁を指さした。
「あ、ヴィンスがいた。父上、あそこ」
もしかしてあの人が仲間のひとり?
だったら普通に声をかけてくればいいのに。
ユーインに指差されて、今更慌てて壁の陰に隠れている。
「ん? あ、仲間がいたみたいだ。ありがとう」
バイロンさんが振り返った時にはもう隠れちゃっていたけど、ユーインがかまわず近付いて話しかけたので、そこにいるのはバレバレだ。
「何やってんの?」
「あいつらはなんなんだ? おまえたちは捕まっているわけじゃないんだな?」
「ヴィンス、新しい雇い主に失礼な態度を取るなよ」
「雇い主!?」
バイロンさんが彼のほうに近付いた時に私も一緒についていったので、彼が何を警戒していたのかやっとわかった。
気配のやばいお兄さんがいたからね。
しかもふたりも強そうな配下を連れていたら、そりゃあ警戒するよね。
でもほら、私みたいな女の子も一緒なんだから大丈夫よ。
ああいう人は、敵にするとこわいけど味方の時にはたのもしいから。
「マジか。じゃああの人が……」
「そういうことだ」
「……で、この子は?」
私まで警戒されている?
なんで? 私の気配はやばくないわよね。
「俺の従弟の子供だ」
「シェリルです。よろしく」
「シェリル? きみが?」
ん? なんで私の名前を知っているの?
バイロンさん、私のことまで仲間に連絡していたの?
「なぜ……」
「待て。商談室を借りているから、そっちで話そう」
「わかった」
ヴィンスさんは大剣を使うんだな。
背中にごつい剣を背負っている。
五人パーティーでひとり亡くなっているから、部屋にふたり待っているはずだ。
けっこう大きな宿屋のようで、長い廊下を歩きながら壁に並ぶ扉を数えてみたら、かなり広い部屋が五つはありそうだった。
これが全部商談室?
うちの商会の人に聞いたら、知っているかもしれないわね。
ヴィンスさんが案内してくれたのは一番奥にある部屋だ。
ノックをして大きく扉を開いたら、正面に大きなテーブルと椅子が何脚か並んでいたけど、使っていた形跡はあるのに誰もいない。
「待て」
中を覗こうとしたら、殿下に肩を掴まれた。
騎士のふたりが腰の剣に手を伸ばせるようにかまえてる?
「ロブ、ザカリー、大丈夫だ。バイロンと新しい雇い主のお出ましだぞ」
ヴィンスさんが声をかけたら、部屋の中から小さな音が聞こえて、左右からひとりずつ男性が姿を現し、それに合わせて殿下や近衛騎士ふたりが、少しだけ体の力を抜いたように感じられた。
なに? 彼らにも警戒されていたの?
殿下ってどんだけやばい気配をしているのよ。
おそらくドアの左右の壁に張り付いていて、中に相手がはいってきたら襲い掛かれるようにしていたのよね?
私が先頭を歩いて中に入っていたら、飛び掛かろうとしたら相手が子供で慌てたんじゃない?
「おまえたち、警戒しすぎだろう」
バイロンさんは苦笑いを浮かべているけど、ロイドさんとジョッシュさんは、顔を見合わせて満足そうに頷いている。
彼らなら、頼りになる仲間になりそうだって思ったのかな。
大公領に、どんどん有能な人が集まっていくわ。
「いやあ、失礼しました。やばい気配が近付いてきたので追っ手かもしれないと警戒してしまいました」
頭をかきながら挨拶したのは、重装備姿のごついおじさんだ。
片手にメイスを持っている。
「焦ったあ。まあ、中に入ってください……あれ? 可愛い子がいる」
ローブを着ているということは、こちらは魔道士だよね。
銀色の髪を肩まで伸ばした細身のお兄さんが、私に気付いてにっこり笑顔を向けてきた。
「バイロンの従兄弟の子供なんだって」
「へえ。そういえばユーインに顔が似ているね」
「そうですか?」
三人の冒険者が囲むようにして、膝に手をついて身を屈めて顔を覗き込んでくるのはやめてくれませんかね。
「やめないか。こわがるだろう」
「全くこわがっているようには見えないが」
「この子がシェリルなんだってさ」
「ああ、なるほど」
話をしながら彼らはテーブルの横に移動したけど、座らないでちゃんと殿下を待っていた。
貴族の依頼をこなすこともあるだろうから、礼儀作法はマスターしているのかな?
その割には態度が大きいわよね。
「こちらが今後我々の主になるレオン大公閣下だ」
「これだけ強い気配の持ち主が主とは。俄然やる気になってきたよ」
「よろしくお願いします」
でも、殿下にはちゃんと敬意を払っているのが伝わってくる。
背筋を伸ばして立って、順番に自己紹介をしている顔つきが嬉しそう。
受付まで顔を出していたのが大剣使いのヴィンスさんで、敬語を使う重装備の大きなおじさんが盾であり回復魔法も使えるロブさん。ローブを着た銀髪の人が魔道士のザカリーさんだ。
バイロンさんはなんでもこなせるそうなので、臨機応変に役割を変えていたんだそうよ。
ロイドさんはそのまま扉の横に立ち、ジョッシュさんは部屋の奥の窓際側に立って、外を警戒してくれている。
私は殿下とバイロンさんに挟まれて座り、ユーインはひさしぶりに会った仲間の間に腰を下ろした。
「いろいろと報告があると手紙に書いてあったようだが?」
「その子にも聞かせてしまっていいのか?」
「かまわない」
ザカリーさんの問いに、すかさず殿下が答えた。
「わかりました。五日前に王都を出発してしばらくして、カーティスさんのパーティーの人に声をかけられまして」
カーティスさんはS級冒険者のひとりだ。
「国境手前の村の近くに親衛隊の別動隊、おおよそ二十人が待ち構えていると知らせてくれたんです」
「二十人!?」
ユーインが驚くのもわかるわ。
こちらは三人なのよ?
「ああ、私たちだけを狙っていたんじゃないんですよ。もうアードモアを出国してしまったバイロンを連れ戻すために兵を送り込んだら、国際問題になってしまいますから、彼は諦めるとしても仲間の我々は見せしめに殺してやろう。でももっと重要なのは、他のふたりのS級冒険者を国から出さないことだ。仲間を何人か殺してでも足止めしてやると考えたようです」
「二十人じゃ無理だろう」
バイロンさんてば、あっさり言い切ったわね。
「ボイスとカーティスのふたりだけでも戦えるんじゃないか?」
「別動隊は強いと聞くぞ?」
「殿下、所詮は派手な制服を着て傍若無人に振舞っているだけの貴族たちですよ? 確かに親衛隊の中では強いかもしれませんが、平民をいたぶる以外に実戦経験のないやつらなんて相手になりません」
S級冒険者って……。
その人に強いと言われる王弟殿下って……。
「実際、私たちが到着した時には、すでに別動隊は全員捕まえて半殺しにしていました。拷問して情報を引き出せるだけ引き出して、『アードモア国王は冒険者を所有物だと考えている。今後、S級冒険者三人はアードモア国王を敵とみなす』と書いた紙をつけて、三人は王宮内に、もう三人を王都の冒険者組合本部や商店街に転移で運んで放置したそうです」
うはあ、それは宣戦布告では?
アードモア国王はS級冒険者を三人共敵に回しましたよって、国中に広める気なのよね。
「やることが派手だな。あの狸親父がどんな顔をしたか見てみたかった」
「それで今日はバルナモアに入国する冒険者が多いんだな。この国を通ってコウランに向かうんだろう」
殿下もバイロンさんもおもしろがっているわね。
たしか、他のS級冒険者とパーティーメンバーは全員独身で、それぞれ他所の国出身の人達ばかりなので、アードモア国内に家族はいないと聞いているわ。
バイロンさんも家族全員でバルナモアに避難済み。
パーティーメンバーもこうして合流出来た。
アードモア国王、詰んでない?
「彼らは先に国境を抜けてコウランに向かいました。まだ情報がほしいかもしれないからと、五人だけ街道からちょっと外れたところにある廃墟に捕まえてありますけど、連れて行きますか?」
「見張りなしで平気なのか?」
「魔法で結界を張ってありますし、もう動けるような状態じゃないですから。でも回復魔法を使えば死にはしませんよ」
さらっと言うから聞き流しそうだけど、兵士たちはだいぶひどい状態みたいね。
それと二十人も兵士がいたはずなのに数が合わないけど……考えるのはやめよう。
そこは気にしてはいけないし、どうしたのか聞くのはもっといけない。
それだけS級冒険者たちを怒らせたんだよなあ。
国王だから、なんでも自分の思い通りに出来ると思ったんだろうな。
「で、問題はここからです。どうやら彼らは、バイロン家族はバルナモアでクロウリー子爵家に匿われていると思っているようでした。王弟殿下の話は知らないのに、クロウリー子爵家のシェリルというお嬢さんが天才少女で、ヘンリエッタ王女の友人になりたいという申し出を断った失礼な子だと話したんです」
……え?
「どこからそんな情報を?」
「バイロンたちが助けた宿屋に情報を聞きに行ったら、そこの娘がべらべら話してくれたんだそうですよ」
ホリーだ。
あの子が話したんだ。




