オバサン、国境の町に行く 3
どういうこと?
彼女はユーインを好きなのよね?
それなのになんで、彼を国に売るようなことをしたの?
捕まったらひどい目に合うって、考えなくてもわかるよね?
「他にもいろいろあることないこと話していたみたいですよ。ヘンリエッタが離宮に引っ込まなくてはいけなくなったのも天才少女のせい。このまま冒険者を続けたら、バイロンは近いうちに死ぬ運命だと言って、冒険者をやめてバルナモアに来るように誘ったのも天才少女だそうです」
……は? 天才少女って私よね。
笑いたくなるほど、私への悪意が強いな。
「なるほど、私がすべての黒幕ってことですね」
「「「…………」」」
え? なんで沈黙?
そんなわけあるかいって笑うところでしょ。
「今のは冗談だぞ」
殿下が指摘してくれたおかげで、一瞬張り詰めた雰囲気が元に戻った。
「ええ!? 本気にしたんですか? バイロンさんもユーインもちゃんと突っ込みを入れてくれないと! なんで黙ってるの?」
「いや、この沈黙は何だろうと考えてしまった」
「俺も」
この冒険者親子は駄目だ。
突っ込み失格だ。
「でもこの子さ、笑い飛ばせない独特な雰囲気があるじゃん」
ザカリーさんの話し方がだいぶ砕けてきたわね。
「そうなんだよな。天才少女ならあり得るかもしれないと思っちまった」
「私はそれはないだろうと思いましたよ」
「じゃあ言えよ!」
ヴィンスさんとロブさんが言い合いを始めた横で、バイロンさんは難しい顔で顎を撫でている。
転生者じゃない彼からしたら、ホリーの情報源が気になるよね。
私や殿下も、知っていることを驚かなくてはおかしいところだわ。
でも殿下も考え込んでいるだけで何も言わないわね。
ホリーはS級冒険者を裏切ったってことなのよ?
このままにはしておけないでしょ。
「私は受験の日に広場でユーインに会うまで、アードモアに親せきがいることを知らなかったんですけど、バイロンさんたちは前からクロウリーのことは知っていたんですよね?」
「ん? ああ、もちろんだ。家を出てからも父は自分の姉のことを心配していたから、バルナモアでも情報を集められるようにはしてあるからね。俺も定期的にバルナモアに行ってはいたんだ」
「じゃあ私の顔は知っていたんですか?」
「うん……まあ……だけど年に一回ほど、クロウリー子爵家のみんなが、元気かどうかちらっと確認していただけだよ」
おそるべしS級冒険者。見られていたなんて、全く気付いていなかったわ。
敵だったらやばかった。
「それに、クロウリー子爵家は商人の間では有名なんだよ。そろばんも鉛筆も今では海外でも人気だろう? それぞれの国でも生産しているようだが、カルキュールのそろばんを持っているというのはステータスになるんだ」
そろばんがステータス……。
苦笑いしそうになったけど、バルナモア王宮でもそうなのよ。
他のそろばんを使っていると、あいつは安いそろばんしか買えないって笑われるんですって。
王宮で何個もそろばんを買って用意したのに、財務省の人たちはマイそろばんを持つようになって、余ったそろばんを各部署に配ったって聞いたときは、毎度ありがとうございますと深々とお辞儀しちゃったわよ。
鉛筆だってわざわざ一番高いやつを買うあたり、貴族って見栄っ張りよね。
「では、私の話を知っている人もいるんですね」
「尾ひれがついて、超絶美人な天才少女だって言われてるよ。いや、尾ひれでもないか。実際可愛いもんね」
魔道士が一番チャラいって意外だわ。
ザカリーさんにウインクされちゃった。
「そりゃホリーとしてはおもしろくないよね。こんな可愛い子のいる場所にユーインが行くって言いだしたらさ。ああでも、ユーインは大公領で暮らしているんだっけ?」
「違うよ。受験するのに王都のほうがいいし、引っ越しの途中だからクロウリー子爵家のお世話になっている」
「へえ、一緒に暮らしているんだ」
ザカリーさん、バイロンさんの表情に気付いたほうがいいよ?
後できっと怒られちゃうよ。
「なになに? ふたりは仲良しなの?」
「仲はいいけどザカリーが考えているような仲じゃないぞ。シェリルは天才少女と言われるだけあって、ずっと年上のような気がするんだ」
実際、中身は年上だからね。
「そうなんだ」
「クロウリー子爵家には他にもふたり子供がいて、一度に三人も姉弟がいるみたいで楽しいんだ」
イールと同じようなことを言い出したわね。
でも無難な返答だと思うわ。
「そうかあ、なんだあ」
「私のことを兵士に話した人は、ホリーという名前なんですね」
よかった。
これで名前で呼んでしまっても大丈夫だ。
「え? あ、うん、そう。やっぱりこの子、ちょっとこわいね」
聞こえているわよ。
「彼女は私の存在を知っていたんですね」
「俺がバルナモアに行くからって別れの挨拶をしたときに、天才少女の親せきがいるって話してしまったかも……」
ユーイン、協力ありがとう。
ホリーの情報の出所を、あまり詮索されたくないのよ。
家族を大事にしているバイロンさんが、ホリーのやったことを許すとは思えないじゃない。
本人に突撃された場合、ホリーは転生者のことまで話してしまいそうで怖いわ。
「ユーイン」
「親父、ごめん。国を出て新しい生活なんてうまくいくわけがないとか、今のままの生活を続けるほうが俺のためだとか、しつこく言われてつい……」
「付き纏われていたからな」
「そんな話をしたことは一度もないのに、勝手に俺と結婚する気になっていたんだよ。学園で勉強したいって前から話していたのは、都合よく忘れたふりをするんだ」
みなさんと一緒に、私もドン引きしてしまった。
あの子、そんな子には見えなかったんだけどなあ。
でも違和感はあったかも。
わざわざ私に会いに来たのも、年齢の話を持ち出したのも、嫌がらせのつもりだったのかもしれない。
私が全く気付かなかったから、余計に嫌われた可能性もあるわね。
あの程度の嫌味なんて、社会に出たらよくある話よ。
いちいち気にしていられるもんですか。
「おまえたちはヘンリエッタ王女がシェリルにプレゼントを贈ったり、アードモアに来ないかと誘ったことも知っているのか?」
殿下の質問を聞いて、はっと顔を上げた。
なに? S級冒険者はアードモア王宮内の情報も掴んでいるの?
明言は避けたけど、バイロンさんや仲間たちの表情を見ればわかる。
この人たち、やってる。
それで捕まらないで国外脱出できたのね。
「まさかバルナモア王宮まで?」
「それはないですよ。アードモア王宮内に情報網を作るのだって、S級冒険者同士で協力して何年もかけたんです。相手のことを知らないと、利用されるリスクがあるんで。でもさすがに他国まではやっていませんよ」
「アードモア国王が目の色を変えてお前を追いかけているのはつまり」
「広まるとまずい情報があるんじゃないですか?」
そりゃあ家族を人質にしても捕まえようとするわ。
捕まったら全員殺されるんじゃない?
ホリーはそのあたりをわかっているのかしら。
「アードモア国王が、本当にやばい行動を起こしそうなときは、使えそうな情報を売ってくれ」
「すぐに全部よこせと言わないところが、殿下らしいですね」
「知らないほうがいいこともあるさ」
できれば私の前で、こういう会話をするのもやめていただけると嬉しかった。
でもバイロンさんたちが知っているからって、ホリーに話すとはだれも思わないでしょう?
ホリーの証言はアードモア王宮に報告されているのかしら。
本当にあの子、余計なことをしてくれたわね。
「まあ、あの子のことは放っておいても冒険者たちが許さないでしょう。今のご時世でS級冒険者の情報を国に売るなんて、冒険者全員を敵に回したようなもんですよ」
ロブさんが軽い口調で言いながら立ち上がった。
「あまり放置しておくと、廃墟に放置した兵士が死んでしまうかもしれません。情報を得たいのなら、そろそろ運んだほうがいいですよ」
「ああ、そうだな。ジョッシュ、何人か連れて運んでくれ。ロブと言ったな。彼らを案内してくれるか」
「かまいませんよ」
ロブさんはちらっとバイロンさんのほうを見てから頷いた。
「俺も行くよ。どうせすぐに向こうで合流するんだろう?」
ヴィンスさんも立ち上がり、三人は部屋の外に出て行った。
国境に来てよかったわ。
まさかこんなことになるとは思ってもみなかった。
「それで、シェリルはどうしてここにいるんだ」
「あ」
殿下に聞かれて思い出した。そういえばその話がまだだったわ。
「社会見学ですよ。国境を見てみたかったんです」
その呆れた顔をやめてもらえませんかね。
王族のくせに、ふらふらといろんなところに出没している殿下には、自由に出歩けない私のストレスは理解できないんですよ。
「それに大公領も一度見学しておいたほうがいいかなと思いまして」
「この後、大公領に行くつもりだったのか?」
「はい」
「なんで俺に連絡しないんだ」
「お忙しい王弟殿下を煩わせるほどのことではありませんし、案内ならバイロンさんとユーインがいますから」
「ふん」
不満げな顔で彼らを睨まないでください。
それにまだ、大公領で働くと決めたわけじゃありませんからね。
「え? 彼ら、そういう関係なの?」
ザカリーさん、聞こえてますよ。




