オバサン、国境の町に行く 1
侍女たちが大急ぎで揃えてくれた平民の女の子の服装は、前世の記憶がある私にはなじみのあるものだった。
生成りのブラウスに、くるぶしまでの長さのカーキー色のスカートとお揃いの色のベスト。白い靴下を履いて、運動靴のような革の靴を履けば出来上がりだ。
フリル付きのひらひらスカートより落ち着くわ。
動きやすさ重視なのがいいわよ。
貴族のドレスは可愛いし、膝丈だから動きやすさは変わらないんだけど、パニエでスカートを膨らませているせいで、座る時に横に広がって邪魔なの。
ゴスロリ風なのは慣れたけどね。
周りがみんなそうだから、まったく気にならなくなったわ。
それより大人になったら、ハリウッド女優みたいな体の線がわかるドレスを着なくちゃいけないことのほうが、今から頭が痛いわ。
胸の谷間が見えるようなドレスもあるんだからね。
いやだあ。せっかく美味しい料理が並んでいても食べられなくなっちゃう。
夜会でひとりだけ、胃がぼっこり膨らんでいるのはまずいわよね。
……って、そんなことよりも、どうして私が平民の女の子の姿をしているのかというと、なんと、これから国境の町ベンサムに行くからなのです。
バイロンさんのパーティーの人達が、やっと国境を越えてバルナモアにやってくるんですって。
バイロンさんとユーインで迎えに行くって聞いて、同行させてもらうことにしたのよ。
ずっと受験勉強ばかりで仕事にも行けなくてストレスが溜まっているし、領地以外の町を見物したこともないなんて世間知らずすぎる。これはいい社会見学になるはずだって力説して、私もついていきたいってダメもとでお願いしたら、意外にもすんなりとお父様が了承してくれたの。
ローズマリー様がまだうちに滞在していたなら、私だってこんなことは言い出さなかったわよ?
みんなと一緒にいる時は笑顔を見せて平気なふりを装っていたけど、ときどきふっと悲しそうな顔をしているのを知っていたんだもん。私だけ出かけるなんて出来ないわ。
でもね、朝食を終えて、今日は何を勉強しようかって話をしていた時に、ワディンガム公爵家の侍女長さんが、ジョシュア様からの手紙を持って訪ねてきたのよ。
手紙には、ワディンガム公爵の体調がよくなって意識がはっきりして、ローズマリー様にひどいことを言ってしまったと後悔して落ち込んでいると書いてあった。
荷物なんてあとで運べばいいんだからって、すぐにローズマリー様を急き立てて馬車に乗せたわよ。
そして一時間と経たないうちに、このまま屋敷に帰るので、改めて兄と一緒にお礼に伺うというローズマリー様の嬉しい手紙が届いたの。
よかった。本当によかった。
無事に、呪縛が解けたっていうことよね。
以前のワディンガム公爵に戻ったってことでしょう?
そして、家族でよかったね、ちょっと寂しくなるね、なんて話をしていた時に、今度はバイロンさんが訪ねてきたのよ。
仲間を迎えに行くからユーインも連れて行くって。
ローズマリー様の嬉しそうな顔が見られて、テンションが上がっていたのかもしれないわ。
ついその場の勢いで、私も一緒に行きたい! って言ってしまった。
襲撃者がまだ捕まっていなくて心配だから、そして受験勉強中だからと、ずっと屋敷に篭っている私が不憫だとお父様も思ってくれていたのかもしれないわ。
だって一年前の誕生日会からずっと警戒態勢だったのよ?
もうすぐ十二歳の誕生日よ?
考えてみれば、今までこんな我儘を言ったことは一度もなかったかもしれない。
何かを買ってくれとか、何かを食べに行きたいとか、そういう話をしたこともなかった。
たいていのことは、わざわざ言わなくても用意されていたしね。
これを作ってくれっていうのは言ったわね。
そろばんとかね。
でもそれは全部、結果として商会の仕事になって収入に結びついてしまったから、私の我儘とは思われていないのよ。
むしろ、商売熱心?
そのあたりも子供らしさがないと心配になる要因だったのかも。
私がバイロンさんにたのみこんでいるのを見て、両親としても今回は行かせてあげようって思ってくれたんじゃないかな。
それとバイロンさんと仲間たちが落ち合った後、大公領に行く予定だったことなのも許可が出た理由だと思う。
王弟殿下は年が明けた後、大公領に拠点を移すことになっている。
それで私も大公領で働かないかって言われてはいたけど、今までは国家公務員がいいって断っていたじゃない?
でもこの間、パーシヴァルさんにいろいろと言われて私なりに考えてみて、過去の常識だけで決めるのはよくないなって思ったの。
実際にどんな場所か自分の目で見て、王宮とどちらが自分に合った環境かを確認しなくちゃ。
「絶対にバイロンから離れては駄目だぞ」
「わかってます。絶対に離れないから大丈夫」
さっきから何度も同じことを言わないで。
私がふらふら歩いて迷子になるわけがないでしょ。
しっかりバイロンさんの腕に捕まって、コバンザメみたいに離れないわよ。
「ユーインもよろしくたのむ。シェリルを見張っていてくれ」
「まかせてください」
えーー。
どっちかというと、ユーインのほうが迷子になるんじゃないの?
今日はバイロンさんもユーインも冒険者だった頃の服装よ。
革の軽装備がしっくり似合っている。
問題があるとしたら、親子そろって顔面偏差値が高いから目立つってことくらいね。
「向こうに着いたら、まずは待ち合わせ場所の宿に向かうよ。仲間と合流すれば護衛が三人増えるようなものだ。それから国境に行こう」
「はーい」
行ってきますと家族に手を振ってから、ひとりでしれっと立っているユーインを右手で掴み、左手でしっかりバイロンさんに捕まって、転移で国境の町まで連れて行ってもらう。
瞬きひとつで目の前の景色が変わり喧騒に包まれた。
上を見れば真っ青な空と、王都とは違うオレンジ色の建物の屋根が見える。
どうやら人目につかない細い路地に転移したようで、左右を灰色の石で出来た家の壁に挟まれていた。
店の裏口側なのかな。
路地の突き当りには荷物が積み重ねられている。
「なんで掴むんだよ」
「自分は大丈夫だからって、ふらふらしそうだからよ」
「ユーイン、シェリルから目を離さず、しっかり隣にいるんだぞ」
「わかってるって」
短い路地の先は広い道路のようで、横切る人も馬車も途絶えることがない。
さすが貿易の要の国境の町。
アードモアとは表面上は友好関係で貿易が盛んだから、かなり賑わっているみたいだ。
「じゃあ、宿に向かうぞ。ぶつかって来られたら危ないから、出来るだけ三人で固まって歩くんだ。」
「はい」
「おう」
バイロンさんは掴んでいた私の腕を離させて、しっかり肩に手を回してくれた。
いちおうバイロンさんの上着を掴んでから、右手をユーインに差し出す。
「ん?」
「手を繋ごう。危ない」
「両手を塞ぐほうが危ないぞ」
そうか。それもそうかも。
冒険者経験のあるユーインの意見のほうが正しいだろうから、うんうんと頷いて前を向いて歩き出す。
バイロンさんはしっかりと私の歩幅に合わせてくれている。
「ここを左だ」
「はい」
うわあ、広い道路に出たらお祭りでもやっているんですかって聞きたくなるくらいに、大勢の人でごった返していた。
アードモアの人もたくさんいるんだろうな。
それぞれの言葉と共通語が飛び交っている。
これだけの人混みは、この世界では初めての経験よ。
スリがいたりするのかな。
表通りの治安はそれほど悪くないらしいけど、確かに気をつけないと背が小さくて埋もれてしまう子供は、親とはぐれたら大変だ。
ここでは流れに合わせないと後ろの人にぶつかってしまうので、早足でバイロンさんについていく。
しばらく歩いて通りを曲がると、少しだけ人の流れが少なくなった。
「宿はこの先だ」
「今日は人がすごいな」
「アードモアからコウラン王国に行くには、バルナモアを通らないといけないからだろう」
「そんなに移動する人がいるのか」
バイロンさんとユーインの会話を聞きながら、私はきょろきょろと周囲を見回した。
文字が読めない人も多いので、看板にはどういう店なのかわかるような絵が描かれている。
それがなかなか素敵なのよ。
「……! 近くに寄れ」
急にバイロンさんが緊張した面持ちでしっかりと私を引き寄せ、右手を腰に帯びた剣に伸ばした。
ユーインもしっかり臨戦態勢になっている。
「……囲まれたんじゃないか?」
「ああ……やばい気配がする」
ええ!? バイロンさんがやばいって言うなんて、相手は誰よ。
他のS級冒険者?
私を狙った襲撃者だったらどうしよう。
「お、いたぞ。背が高いから見つけやすくていいな」
ん? この声は?
「はあ……イーデンさんじゃないですか。焦らせないでくださいよ」
「まじかよ。……さすがラスボス」
ユーインが小さな声で呟いたのを聞いて、私も脱力しながら頷いた。
うへ、殿下か。驚かさないでよ。
魔法がすごいらしいのは知っていたけど、バイロンさんの態度から察するに、物理攻撃のほうもしっかり鍛えていそう。
毎日忙しそうなのに、いったいいつそんな修行をしているの?
パーシヴァルさんは殿下にもしっかり話をしてほしいわ。
私より殿下のほうが、子供らしいことなんて何もしないまま、国のため、仲間のためにばかり動いているわよ。
「すまん、そんなに驚かれるとは思わなかった。仲間になるやつが来るんだ。出迎えるだろう」
「どんなやつか確認しに来ましたね」
「いや、バイロンが頼りになる……と……」
そうですね。私は背が小さいですからね。
視線を下に向けないと、長身の殿下は私に気付きませんよね?
「なんでここにきみがいるんだ」
「それは私の台詞です」
眉間にしわが出来ていますよ。
ちゃんと両親の許可を得て来ているのに、殿下にそんな顔をされるのは不本意だわ。
「宿についてから話しましょう」
「ああ」
バイロンさんに言われて、殿下は私とユーインを交互に見てから頷き、ちらっと後ろを向いて誰かに合図した。
あ、ロイド様とジョッシュ様がいたんだ。
きっと他にも護衛の人が人混みに紛れているんだろうな。
それで囲まれているってユーインが言っていたのか。
「こっちです」
あれ? バイロンさんが私の肩から手を離して先に歩き出した。
あ、私は殿下とユーインに挟まれて歩けばいいのね。
後ろにロイド様とジョッシュ様がいるから、完璧なフォーメーションよね。
私を護衛するのなら。
王弟殿下は強いからいいのか。
S級冒険者をビビらせる気配ってどうなのよ。
王宮の騎士や兵士から王弟殿下は絶大な人気があるっていうのは、殿下が馬鹿みたいに強いからってこと?
まだ王弟として王宮にいてくれという人と、早く大公になって拠点を移してくれと言っている人たちがいまだに騒いでいるみたいだけど、彼らは殿下の強さをどこまで把握しているのかしら。
傍で見張っておくべきか、領地内で好きにやっていてもらうべきかで迷っている人もいるのかな。




