オバサンの家が集会場になる 3
それからすぐにギルバートが帰ってきてノアは乗馬の練習に向かったので、せっかく誤解が解けたんだし、ふたりだけで話したいこともあるでしょうから、ローズマリー様とコーニリアス様にはテラス席を用意して、そこでふたりでゆっくり話してもらうことにした。
「あなたは乗馬の練習をしないの?」
そして残ったのが私とアレクシアとユーインの三人よ。
さっきまでみんながいた部屋の窓から右下を見ると、少し離れた位置にテラスで話をしているローズマリー様とコーニリアス様が見える。
よかった。ふたりとも周りの空気まで輝きそうなほどの笑顔だわ。
「剣も弓も魔法も乗馬も、親父に叩き込まれているよ」
「さすが冒険者ね。そんなにいろいろ出来るんだ」
「それより、いつまでそこで覗きをしているんだよ」
私とアレクシアは窓に張り付いて外を眺めていたんだけど、ユーインだけは椅子に座ったまま、呆れた様子で私たちを見ていた。
「覗きって失礼ね。そもそもテラス席は、こうやって見られること前提の席なのよ。結婚前のカップルは密室にふたりきりになるのはまずいから、テラス席で話をするんじゃない」
「うへえ。貴族って面倒なんだな」
もうあなたも男爵子息だから、貴族なのよ。
「話し合うのは大事よね」
急にアレクシアがしみじみとした口調で言い出した。
「シェリルがあそこで冷静に話し合おうって言ってくれてよかったわ。長く付き合いたかったら、話し合うのは大切よ」
私としてはむしろ偉そうなことを言ってしまったと、今になって恥ずかしくなっているんだから、褒められるとどう返していいか迷ってしまうわ。
「経験者は語るか」
「そうよ。婚約するまでもしてからも、話をちゃんとしようってレイフとは言い合っているの。わかってくれるだろうって勝手に期待するのが、一番危険だわ」
「なるほど」
窓のすぐ横の壁に寄りかかり腕を組んで、アレクシアがしみじみとした様子で話した。
惚気にも聞こえるけど、本人にとっては本心を話しているだけなんでしょうね。
ユーインもそれは感じたみたいで、茶化したりしないで真面目に頷いている。
「おまえたちは、さっきみたいに集まって意見交換したり、誰かのために動いたりしていたんだろう?」
「そうね」
「アードモアではそんなことはしたことがなかった」
ユーインも真剣な顔で話しているんだけど、しっかりお菓子を握っているからいまいち説得力に欠けるわ。
それにアードモアの人達だって、それなりにいい関係を築いているように見えたんだけどな。
「でもホリーの両親を助けて宿屋を盛り返したんでしょ? ヘンリエッタのことだって情報をやり取りしていたんじゃなかったの?」
「うーーん、なんていえばいいのかな。ヘンリエッタがひどかったからホリーの明るさが救いだったというか、家を守りたくて頑張っている様子が健気に見えたんだよな」
「ん? それと意見交換と何の関係があるの?」
「みんなホリーの宿屋には顔を出すから、彼女に伝えておけば他のメンバーに伝わるだろ」
ああ、ホリーを中心に情報のやり取りをしていたのね。
でもそれだと、みんなに伝達しないといけないホリーは大変じゃない。
バイロンさんに詐欺師を撃退してもらったり、リンジー・アマースト伯爵に後ろ盾になってもらっているから、恩を感じて頑張っちゃっていたんじゃない?
「それって危険よ?」
「え?」
「ホリーがいくらでも情報を操れるじゃない。嘘を混ぜることも出来るでしょ」
……確かにアレクシアの言うとおりの側面もあるわ。
でもそんなことをして、ホリーにいったい何の得があるの?
「俺も今ではそう思う。いや、途中からおかしいなとは思ったんだよ。ヘンリエッタの悪い噂はすぐに伝わるのに、それ以外の情報は忘れていたと言ってなかなか伝わらなかったりしたんだ」
「それは、彼女だって忙しいから……」
「シェリル、あの子がパーシヴァルと一緒に来た時のことを忘れたの?」
「なんの話だ?」
「三カ国の転生者が集合して話したことがあったでしょ? あの後、ヘンリエッタの報告をしにパーシヴァルがバルナモアを訪問した時に、ホリーもついてきたのよ」
「はあ?」
ユーインは知らなかったとしても、それは別に不思議じゃないわ。
自分もオバサンでしたって話を彼女は隠したかったんだし、学園に通いたいとユーインが言い出したことで、私に文句を言いに来たみたいだったしね。
「ユーインが勉強したいと言っている。親が金持ちだから、貴族も通う学校に行く気でいるみたいだって、シェリルに文句を言ったのよ」
「あー、なるほど」
ずるずると背もたれに身を沈めて、ユーインは天井を見上げた。
「あいつさ、たぶん王女のヘンリエッタより自分のほうが好かれていることが得意だったんだよ。俺さ、見る気はなかったんだけどさ、自分がみんなに好かれているから、いろいろ助けてもらえているんだって、得意げに親に話しているところを見ちゃってさ」
それは……女の子なら少しは誰もが思うんじゃない?
素敵な男の子が三人も両親の商売に力を貸してくれて、みんなに伝えておいてねって話をしに来てくれたら、嬉しくなっちゃうのはわかるわよ。
「それだけならよかったんだけどさ、俺があいつと結婚して宿を盛り立てる気でいるって周りに広め始めたんだ」
「ええ!?」
「ユーインって、もともとシェリル狙いだったんでしょ? それはホリーも知っているのよね」
アレクシアが話に興味を持ったわよ。
瞳を輝かせてユーインの前の席に座って身を乗り出している。
「ヒロインはゲームをやっている時に攻略キャラより好きだったから、この世界に存在するのなら会いたいじゃないか」
「で、会ってみたらオバサンだった」
「アレクシア、言い方があるでしょ」
「美幼女に擬態していた」
これはツッコミ待ちなのよね?
肩をどついていいのよね?
「違うよ、そんなふうに思っていない。ただ、俺は転生して浮かれていたガキで、バルナモアのやつらはもっと真剣に国のことや仲間のことを考えているんだなって思ったんだよ。シェリルは八歳から王宮で働いていたんだろ? まさにヒロインじゃないか」
「光魔法も使えないのに?」
「平和な国では戦闘能力をあげるより、人々が豊かに暮らせるように働くほうが国民のためになる。バルナモアにはラスボスという強い味方がいるしな」
そんなふうに思っていたの?
どうしよう、誤解されている。
領民の生活を豊かにしたいとは思ったけど、国民全部なんて規模の大きいことは考えていなかった。
「私は伝票整理をしやすくしたのと、そろばんを作っただけよ。グラフも使っちゃったし……鉛筆もみつけちゃったけど、でも国民のためなんて大それたことは考えていないわ」
「結果的に、多くの人が助かってる。俺はずっと魔獣を倒して金儲けをしていただけだ」
「じゅうぶんでしょ」
「自分の年齢を考えなさいよ。魔獣を倒せるほど戦えるってすごいことよ」
私とアレクシアに指摘されて、ちょっと嬉しそうな顔になりかけたのに、ユーインはすぐに表情を引き締めて声のトーンまで落として話し始めた。
「ともかくホリーが変な噂を流して、しかも俺につき纏い始めたんだよ。あの三か国の集まりの後、ウォルトに本当のところはどうかと聞かれて、まったくそんな話はないと答えたら驚いていた。バイロンさんはお金持ちだから、私とユーインが結婚したらもう宿の心配はしなくていい。だから後ろ盾を辞めてほしいってリンジーに言っていたそうなんだ」
もうわけがわからん。
いったい彼女は何がしたいのさ。
「親父に話したら、俺を追い詰めるためじゃないかって言われた。もう他の援助は断ってしまった。ユーインまで離れたら宿を続けられなくなってしまう。両親も生きていけなくなってしまう。ホリーも金のために夜の町で働かなくてはいけないって」
「ええーーーー、なにそれ」
「メンヘラ? ストーカー?」
そうなの?
今まで私の周りにはそういう人はいなかったから、全くホリーの言い分が理解できないわ。
だってユーインには全く責任がないじゃない。
断ったホリーが悪いでしょ。
「ホリーの両親も心配してくれて、俺にそんな気がないのは自分たちでもわかるのに、思い込みが激しくて、俺が遠くに行くと聞いて取り乱しているんだと思うから、これ以上ひどくなる前に早く離れたほうがいいって言ってくれたんだ」
実の親にそこまで言わせるなんて……。
恋愛が絡むと、そんなふうになってしまう人もいるのね。
「家族でバルナモアに越してきたのは、ホリーから離れるためでもあったのね」
「もうアードモアの転生者の関係は修復不可能だよ。リンジーとウォルトは仲がいいみたいだけど、ホリーと関わるのはやめることにしたみたいだ」
うわあ、地雷女子がアードモアに揃っちゃったのか。
これだけ転生者の数が多ければ、いろんな人がいてもおかしくはないけども。
フューリア公国は大丈夫なのかしら。
「どこまでみんなに話すべきか迷っていたんだ。レオンに話したらシェリルには伝えておけって言われてさ、レイフにはアレクシアから伝えてくれよ」
「レイフは知らないのね? 黙っていたならどうしてやろうかと思っていたところよ」
「やめてあげてくれ。レオンは大公領のほうにも顔を出しているから、レイフは王宮に残って仕事を片付けているらしい。だいぶお疲れなんじゃないか」
「そうなのよね」
ホリーはユーインがいなくなってどうしたのかな。
おとなしくしていればいいんだけど……殿下もこの話を知っているのなら、警戒してくれているでしょう。
今度、王宮に行った時に話しをしてみよう。
「あっちでもこっちでもいろんなことがあるわね」
しみじみとアレクシアは言うけど、ついこの間まであなたも大変だったじゃない。
でも逆を返せば、今はローズマリー様もユーインも大変だけど、きっと半年もしないうちに問題が片付いて、笑顔になれているのよ。
……お願い。そうなっていてよ?




