オバサンの家が集会場になる 2
侍女たちがテーブルの上を片付けてくれて、私たちのお茶も取り換えてくれている間に、ノアが立ち上がってユーインの傍に歩み寄った。
「はじめましてだよな。俺はノア・フォースターだ。シェリルを助けたのはわかったけど、なんでこの家にいるんだ?」
確かに。それは説明しないとおかしいわね。
それより、このふたりって転生者の集会以外では会うのが初めてなの?
ふたりとも我が家にしょっちゅう出没しているから、もう顔を合わせているのかと思ってた。
「俺は親戚なんだよ。クロウリー子爵と俺の親父が従兄弟なんだ」
「え? そうなのか!」
「俺の親父がS級冒険者をやめることにしたら、アードモアの国王が家族を人質にしてでも辞めさせないって言い出したから、親戚を頼ってバルナモアに来て、王弟殿下を紹介してもらったんだよ」
「そんなことがあったのかよ!」
あれ? そのあたりの説明もしていなかった?
最近、展開が早くて誰に何を話したか覚えていないわ。
こんなずぼらな私が天才少女ってありえないでしょう。
でもノアが話を振ってくれたおかげで、お茶の準備を手伝ってくれていたローズマリー様の侍女まで、なるほどって顔をしている。
ノア、今の行動はナイスだわ。
これでユーインとローズマリー様が一緒にお茶をしてもおかしく……ないわよね?
ユーインも男爵家子息ってことになったんですもんね?
「そうか、じゃあこれからもここで会うかもしれないんだな。でもセリーナには近づくなよな」
「セリーナ? え? セリーナが好きなのか?」
「うるさいな。問題はそこじゃないんだよ。おまえみたいなチャラそうなのがセリーナに近付くと悪い影響が出るだろう」
「失礼だろ。ずっと真面目に冒険者になるための修行をしていたのにチャラいわけがないだろう」
「うわ、冒険者なんてモテるワードを使うなんて卑怯だ」
このふたりは何を言い合っているのよ。
聞いていて恥ずかしいから座りなさい。
「シェリル様!」
今度は何?
「あれ? エマ、もう帰ったの?」
「コーニリアス様が転移でこちらにすぐ来るとおっしゃっています。どちらに転移してもらえばいいですか?」
うわーー、ジョシュア様に話を聞いて心配していたんだろうな。
一刻も早く、ローズマリー様に会いたいんでしょうね。
もうさ、ひとりひとりに説明するのは大変だから、三人にまとめて説明しちゃおう。
「エマがそこの廊下まで連れてきて、この部屋に案内して」
「いいんですか? あちらの従者も一緒に来るんですけど」
「平気平気。お茶の支度をもうひとり分よろしくね」
エマが転移でいなくなって、侍女たちが慌ただしくお茶の追加を取りに行って、そわそわしているローズマリー様をアレクシアがからかって、ここまでは平和だったんだけど。
「ローズマリー!」
勢い良く部屋に飛び込んできたコーニリアス様の表情を見て、これはまずかったと瞬時に悟った。
ようやくローズマリー様から連絡が来て駆けつけたら、彼女は大勢の転生者仲間に囲まれて和気藹々と話をしていたって、コーニリアス様の立場からしたらつらいでしょ。
室内を見回してローズマリー様以外にたくさんの転生者がいることに気付くと、コーニリアス様は表情を消して、冷ややかな口調で話し始めた。
「……そうか。なかなか連絡がこなかったのは、僕がいなくても平気だったからか」
やっぱり! 誤解してる!
「え? コーニリアス?」
まさか冷たい態度を取られるとは思っていなかったローズマリー様は、頭が真っ白になってしまったのか座ったまま呆然とコーニリアス様を見上げている。
どうしよう。せめて私は冷静にならなくちゃいけないわ。
侍女たちが入り口でハラハラしているのに気付いて、扉に駆け寄る。
感情的になっているから、彼らがまずいことを口走ってしまう前に出て行ってもらわなくちゃ。
「みんな廊下で待っていてね」
「で、でも」
「ここは任せて。今は感情的になっているだけだから」
扉を押し閉めて侍女たちを追い出し、アレクシアに視線を向ける。
すぐに彼女が話を聞かれないように結界を張ってくれた。
やっぱり頼りになる。
「前から思ってはいたんだ。きっと僕では、きみの気持ちを本当には理解できないんだろうって。共通の前世の思い出のある彼らのほうがいいんだろう? だから……」
「スト―――ップ!!」
大声を出して、テーブルに飛び乗る勢いでふたりの会話を遮った。
さすがにテーブルには乗っちゃ駄目なので、上半身だけ斜めにしてふたりの視界を遮って両手を振り回す。
「落ち着いて。まずは深呼吸よ。こういう時こそ冷静に話し合いましょう」
「シェリル、僕はもう……」
「落ち着きなさい」
声を低くしてコーニリアス様に詰め寄る。
「今が度量の広さの見せ時よ。今までローズマリー様のために頑張ってきたんでしょう? ローズマリー様の顔をよく見て。関係を修復出来なくなる前に踏みとどまりなさい。」
腕を掴んで揺らしながら言うと、徐々にコーニリアス様の表情が変化してきた。
きつく目を閉じて息を吐きだして、ゆっくりと目を開けた時にはいつものコーニリアス様だ。
「ごめん。取り乱した」
「むしろこちらこそごめんなさい。まさか今日に限って、こんなに人が集まるとは思わなかったの」
「集めたんじゃないの?」
「違うよ。俺はギルバートに会いに来たんだよ」
コーニリアスとは仲がいいと言っていたノアが、彼の肩をぐいぐい押しながらぴったり横にくっついた。
「一番何も知らないのは俺なんだよ。それで、ユーインもいるしコーニリアスも来るから情報共有しようぜってここに集まったんだ。ギルバートと乗馬の練習をする約束があるから、俺は途中で抜けるかもしれない」
「……そうなのか」
「ローズマリーに会うのなんて何か月ぶりだろう。コーニリアスとはよく会っているのにな」
本当に仲がよさそうだわ。
さっきの自分が恥ずかしいのか、コーニリアス様はちょっとだけ照れくさそうだけど笑顔だ。
ノアがいてよかったわ。
「俺もよくわかっていないぞ。王弟殿下に詳しくはシェリルに聞けって言われたんだ。親父たちがいるから詳しくは話せなかったんだよ」
「一番事情を知っているのはコーニリアスかもしれないな」
まじか。もう少し、みんなは情報を知っているんだと思っていた。
ユーインは新しい生活が始まったばかりだし、ノアは人工コア作成で忙しくて、他のことまでは手が回らなくてもしかたないのか。
「ああ、ユーインとシェリルは親戚なんだってさ。ここにいる経緯はシェリルから説明があるんじゃないか?」
「親戚なのか。確かに似ているね」
「そうか? 本人たちはそうでもないと思っているんだがな」
「あなたたち、テーブルのこっち側だけで話を完結させないで。コーニリアス様、落ち着いたのならローズマリー様とまずはお話しなくてはいけないでしょう?」
部屋の入り口近くで、男三人でこそこそ話して納得している場合ではないのよ。
一番大事な人が後回しになっているわよ。
でもコーニリアス様にとっては疑問点や懸念点がある程度解消された重要な会話ではあったのよね。
「ごめん、ローズマリー。僕は……」
「ごめんなさい!」
コーニリアス様が急いでテーブルに近付いて声をかけると、ローズマリー様は話の途中で勢いよく立ち上がった。
「いや、僕が」
「違うの! 聞いて。こういう時だからノースモア侯爵家に身を寄せるのもありだよって、お兄様は言ってくださったの。でも私が断ったの」
「……なんで」
「だって、お父様が婚約解消を申し入れるなんて馬鹿なことをしたばっかりなのよ? これでまた、父が変なことを言い出したからお世話になりたいだなんて言ったら、この婚約は考え直したほうがいいと思われてしまうかもしれないわ。それに……コーニリアスまで狙われるかもしれないなんて、迷惑ばかりかけてしまう」
「ローズマリー」
話している時から目を潤ませていたローズマリー様が泣き出してしまったので、コーニリアス様はすぐに駆け寄り抱きしめた。
「ご、ごめんなさい」
「もういいんだよ。僕が悪かったんだよ。迷惑なわけがないじゃないか」
肩に額を持たせかけて泣いているローズマリー様を優しく抱きしめるコーニリアス様か。
絵になるお似合いのカップルよ。
ただすっかりふたりの世界になってしまって、他の子たちは、俺たちここにいていいの? って表情で顔を見合わせている。
いいんだ。事情説明をしなくてはいけないのだから、ここにいるしかないんだ。
自分は壁だと思って。
それか透明人間でもいい。
「シェリル、思っていた以上に深刻だったりするのか?」
ユーインに聞かれてはっとした。
そうよ。ぼんやり眺めている場合ではないわ。
こんなに大勢で集まれるのは滅多にないんだから、しっかり状況報告をしなくては駄目よ。
「みんな、座って。ローズマリー様、コーニリアス様、申し訳ないですけどあまり時間がないんです。話をさせてください」
「あ、ごめんね」
恥ずかしそうにハンカチで涙を拭くローズマリー様を見つめるコーニリアス様のまなざしがやさしい。
この部屋の空気、少し甘くない?
「コーニリアス様のお茶はこれですから、私のと交換しましょう。そのままローズマリー様の隣にお座りください」
「ありがとう」
「ずっと、コーニリアス様に会いたいってローズマリー様は話していたんですよ。だから傍にいてあげてください」
「シェリル」
ローズマリー様は眉を寄せて睨んできたけど。まだ泣いたばかりで目元が赤いのに、頬まで赤くなってしまっていて全くこわくないわ。
「ローズマリーって、こんな可愛い感じだったん……いて」
余計なことを口走っているユーインの背中に、グーパンチを叩き込んだ。
ちゃんと手加減はしたわよ?
か弱い私の腕力では、全くなんのダメージもないでしょうけど、驚いてこちらを見たユーインを睨みつけたら慌てて口を押えたから、なんで怒られたかはわかったみたいね。
ユーインにその気がなくても、コーニリアス様からしたら恋敵になりえる存在なの。
転生者で見た目がよくて、ローズマリー様と仲良くしている同年代の男の子を気にするのは当たり前でしょう。
今までは大人びていて、自分の感情をあまり表に出さないで、静かにその場にいることが多かったコーニリアス様が、年相応に焼きもちを妬いたり不安なことを吐露してしまったりする姿を見て、前より彼に親しみがわいたし、好きになったわ。
まだ十三歳の男の子だもん。
好きな女の子のために頑張って大人になって、守ろうとしているんだよね。
「重要なことだけ掻い摘んで話していきますね。抜けてることがあったら、あとで指摘してください」
そこからはもう、私が一方的に時系列に沿って必要事項の報告をして、他のメンバーには聞き役に徹してもらったわ。
ユーインが大公領に行くことになった経緯や、人工コア作成に役立つ情報をバイロンさんにたのんでいる話を聞いて、ノアは目を輝かせていたし、最後に神々が関与している話をした時には、半信半疑な表情の人が多かった。
「神様か……ノアは会ってるんだよな」
「あの時は半狂乱だったからさ、よく覚えていないんだ」
「この世界って、農業の神様として祭られている神が他所の国では戦いの神になっていたりするだろう? 冒険者が無事を祈る神はいるけど、ダンジョン近くの祠で祈るだけで神殿なんてなかったぞ」
ユーインの言いたいことはよくわかる。
教皇が全ての神の神殿のある地で祈りを捧げているから、他の国にある神殿は出張所みたいな扱いで、小さいしいくつもの神様を一度に祀っていて、お祭りや関連のある祝日にしか祈りに行かない人が多いの。
神殿はあるし、たくさんいる神様の中から自分の職業や好みで神様を選んで、熱心に信仰している人もいるにはいるし、もっと信仰熱心な国もあるから、そのあたりは国や地方によっていろいろなのよ。
「コーニリアス、このお守りをいつも持っていてね。こっちはノースモア侯爵夫妻の分よ。シェリルに念じてもらったから、きっと守ってくれるわ」
「ありがとう、ローズマリー」
いやいや、神様がくれた石だというのが重要なのよ。
私の守護力アップはおまけだからね。
「これがユーインの分でこっちがノアの分。家族の分も中に入っていて、袋に名前が書いてあるから」
「どれでもいいわけではないんだ」
「そうよ、ノア。ちゃんと相手を思い浮かべて念じているの」
「おー、まじサンキュー」
どこまでお守りに効果があるのかはわからないけど、出来ればもう誰も操られたりしませんように。
私たちは誰もこの世界をどうにかしようなんて思っていないのよ。
ただ平穏な生活を送りたいだけなの。




