オバサンの家が集会場になる 1
その夜はアレクシアとローズマリー様が加わって、とても賑やかに食事が出来た。
ただ、ワディンガム公爵のことは誰もが話題にしないようにしていたので、受験やマガリッジの現状についての話が多かった。あとはアレクシアの婚約の話ね。
うちの家族はアレクシアが一番ひどい状態だった時を知っているし、レイフ様とマガリッジ復興のために頑張っていたことも知っているから、ものすごく喜んでいるの。
結婚式には家族の席に座りたいって言い出すくらいよ。
食事の後は女の子三人で、私の部屋でおしゃべりタイム。
本当は家族の話もしたかったんでしょうね。
ローズマリー様はときおり涙ぐみながら、ずっとどんなことを思っていたのか話してくれた。
「子供の頃は素敵なお父様だって思っていたのよ。私がお兄様と協力してノースモア侯爵家の問題を解決した時だって、うちの子供たちはふたりとも素晴らしいって喜んでくれたし、コーニリアスとの婚約だってすぐに了承してくれたのよ。それが、今では問題ばかりでお酒もたくさん飲んで、実はたいしたことのない大人だったんだって失望していたら、呪縛を受けて操られていたなんて。もっと早く気付いていたら……」
ローズマリー様なら第一王子のレイモンド様とだって結婚できる。そうしたら王女になれるんだよって話はワディンガム公爵は何度もしていたそうなの。
だから本当はローズマリー様を王族に嫁がせたいとは思っていたのね。
でも娘がコーニリアス様との結婚を望むのならば、娘の幸せのためにそうしようと受け入れたのよ。
国王陛下が第一王子は他国の王族から嫁を貰うって明言していたからかもしれないけど、でもノースモア侯爵家ともいい関係を築いていたのは確かなの。
「私もたくさんお父様にひどいことを言ってしまったわ。でもお父様は怒っていたけど絶対に暴力なんて振るわなかったし、シェリルに会っているのだって知っていたはずなのに、会ってはいけないなんて一度も言わなかったのよ」
冷たいことも言っていたけど、やっぱりローズマリー様はご両親が大好きなのね。
だから余計に辛かったんでしょう。
どうかワディンガム公爵が元に戻りますように。
後遺症なんてありませんようにって念じなくちゃ。
私のことを面白いって思っている神様も、喧嘩をしたことを反省しているほうの神様もいるらしいから、そういう神様には祈ってみようかしら。
それともそれは、本当に今しかないって時に取っておくべき?
もちろん楽しい話もたくさんしたわ。
殿下と婚約してほしいアレクシアと、王都にいてほしいから婚約しないでって言うローズマリー様の、どっちのほうが楽しい未来が待っているか討論会は笑えたわよ。
ふたりとも、どっちのほうが仕事が楽しくて美味しい物が多いかで口説こうとするあたり、私のことをよくわかっている。
最後には勝てそうにないと思ったのか、ローズマリー様が大公領に別荘を持つって言い出して、王都より大公領のほうが仲間も集まりやすいって話になっていたわ。
三人で話すのはひさしぶりだったから、時が経つのを忘れて話し込んで、たぶん私が一番最初に寝落ちしたんでしょうね。
侍女が起こしに来た時には、三人で仲良く爆睡していた。
ローズマリー様はこのところあまり眠れていなかったのに、今朝は寝起きの顔がすっきりして顔色もよくなっているって、侍女たちが喜んでいたわ。
ベッドに横になると、五分以内に眠れてしまう私としては、
「最近、あまり眠れていないの」
って、アンニュイな雰囲気で言えるローズマリー様を、ちょっとだけ素敵って思ったりもするんだけど、健康のほうが大事よね。
「どうしよう。コーニリアスにどう事情を説明すればいいかしら」
朝食を終えて、まだ少しだけ時間があるというアレクシアも一緒に、ローズマリー様と食後のお茶を楽しんでいた時、ぼそっとローズマリー様が呟いた声が耳に届いた。
「え!?」
「まだ話してないの!?」
アレクシア、声が大きいわ。
まだ隣の食堂に残っている人がいるのよ。
「てっきり、昨日のうちにお守りと一緒に手紙を送ったのかと思ったわ」
「お守りは手渡ししたいから……」
おお、恋する女の子。
照れくさそうな様子が可愛い……けども! これはけっこう重要な問題よ。
「じゃあ急いで、コーニリアス様とお話をしたいので会いに来てくださいって、手紙を送りましょう。ジョシュア様から事情を聞いてしまったら、なんで僕に話してくれないんだろうって傷ついちゃいますよ」
いやもう、ジョシュア様は連絡しているわよ。
あの人がコーニリアス様への事情説明を忘れるわけがないわ。
でも悲しいことに、ジョシュア様の弱点は恋愛に関してはまったくダメダメなところなのよ。
恋愛経験ゼロ。
そもそも恋する気持ちすらわかっていないかもしれない。
だからここは、ローズマリー様から話したほうがいいなんてことまでは、考えていないわきっと。
「私が届けてくるから、早く書いて」
「アレクシア、そこであなたが動くのはもう駄目よ。マガリッジ男爵が動く意味を考えて」
「……ローズマリーの友達だし」
「駄目。転移魔法の使える魔道士は他にもいるわ。あなたはもう、そんなお手軽に動いてはいけないの。私もこれからは、あなたにたのまないようにする」
「このくらいはいいじゃない」
不満そうにしないで。
マガリッジ男爵でもあり、イーガン子爵夫人にもなるアレクシアは、もうすぐ社交界の注目の人になるのは間違いないの。
殿下が大公になる時にはレイフ様もついていくというのは、誰もが知っている話なのよ?
今後、貴族の中心人物になる大公殿下の右腕のイーガン子爵の夫人。
将来的には社交界の中心人物にだってなるかもしれないわ。
「魔法を使いたいのもあるんでしょう?」
「あるわよ。私は魔道士なの。魔法を使う仕事は続けたいのよ」
子爵夫人が魔道士なのは問題ないけど、子爵夫人がメッセンジャーをやったり、買い出しに転移で行ったりするのは駄目なんじゃない?
万が一私が殿下と結婚したとして、やっぱりお手軽に動くのは駄目よ。
「あなたは、自分の身分をちゃんと考えて。この三人の中で、今はあなたが一番立場が上なのよ」
あ、それなのにローズマリー様には敬語でアレクシアにはタメ口なのは駄目だわ。
「これからはアレクシア様にも敬語を使いますね」
「やめてー!」
「もう。あなたたち、うるさいわよ。お願い。どんな文章にすればいいか一緒に考えて」
ローズマリー様に叱られてしまった。
私は、そういう才能は全くないのでアレクシア様にお任せしよう。
その間にエマとローズマリー様の侍女を呼んで、事情を説明して転移で行ってもらって……いえ、こういう時はちゃんと馬車で行かないと駄目よ。
たいした距離じゃないのに、安易に転移を使っては駄目。
ちゃんと馬車に乗ってお手紙を届けて、返事をいただいて帰ってくるのが貴族らしい行動だわ。
「いつも通りに書けばいいじゃない。詳しいことは会って話すから、コールリッジ子爵邸に来てくれって」
「そうなんだけど……うまく説明できるかしら。いざとなったら助けてね」
「はあ? 婚約者なんでしょう? ふたりで話せなくちゃ、結婚してから困るわよ」
「そうだけど……」
珍しくローズマリー様のほうが弱いわ。
それでもふたりですぐに手紙を仕上げて、ローズマリー様の侍女に届けてもらうことになった。
私は玄関まで出て、ちゃんと馬車をチェックしたわよ。
襲撃事件があったばかりだから、うちの馬車がまた狙われるかもしれないので、エマに護衛として同行してもらわないとね。
「よろしくねー」
手を振って送り出していたら、一台の馬車が門を入ってくるのが見えた。
そういえば、今日はノアがギルバートと一緒に乗馬の練習をするって言っていたわね。
普通は身分が下のギルバートが伯爵家にお邪魔して、一緒に練習させていただくところなんでしょうけど、ノアはセリーナに会いたいから、何かと理由をつけてはしょっちゅう遊びに来ているの。
「おはよう」
「早いわね。ギルバートは朝から商会に行って、まだ帰ってきていないわよ」
「あー、早く来すぎちゃったか」
因みにセリーナはお勉強中で講師の先生が来ているので、時間があるからって会えないからね。
最近はセリーナも礼儀作法やお勉強で忙しいのよ。
「ローズマリー様とアレクシアがいるわよ」
「え? なんで?」
そうか。ノアは全く何も知らないんだ。
彼にもお守りを渡して注意喚起しなくちゃ。
「いろいろあってね。会う? 部屋で少し話しましょうか」
「うん」
ノアがうちにいるのはいつものことなので、使用人たちはまったく気にしない。
もちろん必要ならすぐに部屋を用意してくれるし、お茶やお菓子の用意もするわよ?
でもどうせ男の子って、すぐに外に飛び出して行っちゃうじゃない?
屋敷にいる時はテラスにいることが多いわね。
セリーナと一緒に犬と駆けまわっている。
改めてこうして普段の彼の行動を思い起こすと。ノアってちゃんと八歳の男の子をしているんだなあ。
「あら、ひさしぶり」
「こんちわ。どうした? 元気ないじゃないか。お、アレクシアもひさしぶり」
報連相は大事よね。
ギルバートが帰ってくるまでの間に、ざっと説明をしてお守りも渡してしまおう。
「まあそこに座ってちょうだい。話しておいたほうがいいことがあるのよ」
「なに? 深刻な話?」
眉を寄せて私たちの顔を順番に見て、ノアはテーブルを挟んだ椅子に座った。
あまり時間をかけられないから、どう説明するのがわかりやすいかしら。
「ローズマリーがいるんだって?」
突然バタンと大きな音を立てて扉が開いて、飛び込んできたのはユーインだ。
いったいどこに転移してきたのか知らないけど、後ろで侍女たちが困っているじゃないの。
「あ、アレクシアも……」
「ユーイン」
椅子に座りかけていた私は立ち上がり、にっこり笑顔で彼の後ろを示した。
「あ……」
あ、じゃないでしょ。
ローズマリー様は公爵令嬢なのよ? それに女の子なの。
突然、イケメン男子が令嬢の名前を叫んで押しかけてきたら、侍女たちが何事かと思うでしょう。
「すみません。王弟殿下に少しだけお話を伺って、もしかして俺たち一家のことに巻き込んでいたらどうしようかと思って」
慌てているのはわかるけど、後ろの侍女たちに頭を下げるのも違うのよ。
ユーインはまず、貴族の礼儀作法を学ばないといけないわね。
「受験の日に襲撃に会った時に彼に助けてもらって、それで受験会場でローズマリー様と彼も知り合いになったんです」
「ああ、S級冒険者の息子さんですね」
「はい。ユーイン・ディングリーです」
「ディングリー?」
アシュベリーは名乗るのを辞めたのね。
「大公領で働くことになって、父が正式に男爵位を賜ったんだよ。それで王弟殿下が命名してくださったんだ」
「おめでとう」
もう爵位をいただいたってことは、王宮にも行ったってことよね。
陛下にも会ったのかしら。
殿下ってば仕事が早いなあ。
「おめでとう、ユーイン」
「おめでとう。あなたもシェリルにお守りをもらったほうがいいわよ」
「お守り?」
ローズマリー様の言葉を聞いて、ノアが不思議そうな顔になった。
知っていることがそれぞれ違うから、説明が大変そうだわ。
「じゃあユーインもここでお茶をしていきなさいな。みんなの分のお茶の用意をお願い」
「かしこまりました」
侍女たちがテーブルの上を片付けてくれて、私たちのお茶も取り換えてくれている間に、ノアが立ち上がってユーインの傍に歩み寄った。




