オバサンは子供に笑顔でいてもらいたい 4
アレクシアの行動力には毎回感心させられるわ。
ちょっと行ってくると言って、止める間もなくいなくなってしまった。
それに今まで助けられてきたのだけど、今後は少しずつ子爵夫人になるという心構えを持ってもらわないといけないわ。
「アレクシアもこういう時にたのめる魔道士を雇ったほうがいいわね。でも事情がわかっていない相手に、どう説明しようか悩んじゃうのよ」
「説明なんていらないだろ。命じればいいだけだ」
殿下は簡単に言うけど、今日のこの状況だってエマはどういう解釈をしているのか、気にしておかないと駄目でしょう?
口止めをしないと友達に話してしまうかもしれないし、あまりきつく口止めをすると、今度は家族にも内緒で何をしているんだって気にするじゃない。
エマにもお守りを渡して、ワディンガム公爵の病気回復祈願をしたかったって話しておこうかしら。
殿下はワディンガム公爵の話を聞いて心配していたけど、立場的に簡単にはジョシュア様と会えないので家に来てしまったってことにすればいいわね。
「エマは殿下のところまで一緒に行ったんですか?」
「いや、アレクシアの屋敷で待っていたぞ」
そうか。じゃあ何が起こっているのか全くわからない状態なのね。
ジョシュア様とローズマリー様がうちに来て、お父様とも話しこんでいたから、何か重要な話なんだろうとは思っているわよね。
「シェリル、使用人に余計な説明はいらないよ。それで口外するようならクビにすればいい」
「そうよ。推薦状を渡さないで、どこかのお茶会であの子はちょっと……って疲れた様子で呟けばそれで済むわ」
ワディンガム公爵家の兄妹はそうするのね。
でも確かに嘘を重ねるよりはそのほうがいいのかもしれない。
「あの子は不安だな。経験が浅いし度胸もない。家族を人質にでもされたら、簡単に裏切りそうだ」
「殿下、私の護衛を悪く言わないでください。なかなか仕事につけなかった分、しっかり頑張ってくれている子なんです。これから育てていきますし、家族のほうは父がしっかりチェックして、経済的にも問題がないようにしているんですよ」
「それなら平気か。娘に信頼出来る護衛をつけるために、家族ごと世話をするのは珍しくない。家族全員が同じ家に仕えているというのはよくある話だ」
彼女の実家は領地を持っている男爵家だから、全員を雇うのは無理があるわ。
仕事が広がって人材が不足していたから、長男に働いてもらうことにしただけよ。
プリムローズ伯爵家に連なる男爵家なので、しっかり関係を作るのはうちにとってもプラスになるのよ。
「転移を自分ですることにしたのはよかった。他人に任せるということは、命を預けるということだ。転移でどこに連れて行かれるかわからない状況は危険すぎる」
「はい。アレクシアは信用出来たのでまかせていたんですけど、さすがにまずいと私も思いました」
今までアレクシアに頼ってばかりだったから、今になってそのありがたさが身に染みるわ。
もっといろいろと自分で出来ないと駄目ね。
身を守るためにも転移で逃げられるのは大きいわよ。
三十分もしないうちに戻ってきたアレクシアは、三センチ角くらいの銀色のお守りを二十個と、お母様のお店に立ち寄り、様々な色のベルベットで作られた小さな袋をもらってきてくれた。
日本のお守りのような紐で留めるものではなくて、スナップボタンで留めるのね。
「石と袋を選んで必要な分を持って行ってくださいね」
「わあ、どの石にしようかしら。お父様にはこれがいいと思わない? お兄様にはこれ」
「どれも同じじゃないかな」
「もうお兄様は、そんなことを言っていると袋を可愛いピンクにするわよ」
ローズマリー様が元気になってくれてよかったわ。
殿下もアレクシアも、自分の分だけではなく複数石を選んでいるのを見てほっこりしてしまう。
「袋に入れる前に、石に大事な人を守ってくださいって、こうやって念じて入れましょう」
私も石を選んで両手で包み込むように握りしめ、ギルバートを守ってくださいって念じてからお守りと一緒に濃いブルーの袋に入れた。
両親とセリーナの分も作るわよ。
「念じる……神に祈るのとは違うのか?」
私がテーブルに置いた袋を手に取り、しげしげと眺めながらパーシヴァルさんが聞いてきた。
「念じるんですよ。痛いの痛いの飛んでけーって念じると痛いのがなくなる気がするじゃないですか」
「あれは呪文だろう」
「そのあたりはどうでもいいんです。この世界の神様はたくさんいて、どの神様がどんな性格なのかわからないのであまり頼りたくはないんです。私は幸運スキルが強いみたいだし、私に関わると人生が大きく動き出す人もいるみたいなんで、いい方向に動くように念じているんですよ」
「ほお」
そんなスキルを持っているわけではないけど、どうせ家族に渡すのなら心を込めたいじゃない。
「俺と陛下のもやってくれ」
殿下が石をふたつ乗せた手を私の前ににゅっと突き出した。
「いいですけど」
ふたつ一緒に両手で握りしめて、先程と同じようになんとなく殿下と陛下の顔を思い浮かべながら念じてから返した。
「私も」
「うちの家族分もお願い」
「効果があるとは限りませんよ」
それで少しでも安心出来るのならいいですけどね。
「殿下、王妃様や王子、王女の分はいいんですか?」
「今は思ったより長居してしまっているからな」
ジョシュア様に聞かれて、殿下は立ち上がりながら答えた。
「今度王宮に来るときに持ってきてくれ」
そうですよね。私が作って持って行くんですよね。
会ったことがない人の場合、顔を思い浮かべられないから念を込めにくいなあ。
……まあ、こんなのは気やすめだけどね。
「とにかく無茶はするなよ。ジョシュア、おまえもだぞ。何かあったら相談しろ」
「……はい」
「ワディンガムがよくなるといいな」
ひらひらと手を振る殿下に、ジョシュア様とローズマリー様は、来た時よりはずっと明るい笑顔で頷いていた。
「これがお兄様の分、こっちがお父様の分、お母様にも渡してね」
「わかったよ。ローズマリーが心を込めて作っていた幸運のお守りだって言うよ」
「ふふ……。私にも出来ることがあって嬉しいの。シェリルにも力を分けてもらったし、お父様はきっとよくなるわ」
自分の分のお守りを握りしめてしばらく目を閉じて、ローズマリー様は勢い良く立ち上がった。
「さあ、いつまでもうじうじしてはいられないわ。私は受験生なんだから、部屋の片づけをしてお勉強をしなくちゃ」
「僕もそろそろ失礼するよ。母が不安がっているだろう」
ワディンガム公爵夫人はプライドが高く、目立つのが好きで、相手をまず家柄や財産で判断する人だけど、子供を大事にしていることは間違いないし、夫人がローズマリー様を自慢するために私のことも優秀な子だと話してくれているおかげで、高位貴族の奥様方に一目置かれているところもあるのよね。
ロゼッタ様もそうだけど、ああいう人が気弱な雰囲気になっているのは見たくないもんよ。
プライドが高いまま、我が子の自慢が大好きなお母さんでいてもらいたいわ。
「せっかくの機会だから、俺はもう少し話がしたいなあ。大丈夫かい?」
パーシヴァルさんがそんなことを言い出すなんて意外だわ。
でもまだ家族は帰ってきていないし、時間ならあるわね。
「大丈夫です」
「私も残る?」
「きみは帰りなさい。男爵が行方不明になって心配している人がいるんじゃないのかい?」
「え?」
はっとしてアレクシアを見たら、ばつが悪そうな様子で目をそらした。
「わかった。帰るわよ」
「よければ一度帰って、ちゃんと説明をしてからまた来てよ。せっかくローズマリー様がいるんですもの。ひさしぶりにうちの家族と一緒に食事をしましょう」
「うーん、今日はレイフに説明をして、明日からここに顔を出せるようにしたいわ。しばらくローズマリーはここに滞在するんでしょう?」
「その予定よ」
「じゃあ、明日からしばらく泊まりに来るわ」
受験生だって言ったばかりなのに、ローズマリー様がすっかり喜んでしまっている。
たまにはいいわよね。
ひさしぶりに三人で語り明かしましょう。
「僕はロージーの部屋をちらっと見てから帰ろうかな」
「そうね」
「ぬいぐるみは持ってきたのかい?」
「来ないわよ。お兄様、誤解されるようなことは言わないで!」
アレクシアが転移で姿を消して、ジョシュア様とローズマリー様は部屋の外で待っていた侍女たちに託して、私は部屋に戻った。
エマにも休んでいいと言ったらほっとしていたわ。
彼女は顔に出やすいタイプね。
「それで、どうしたんですか?」
ばたばたばたっとみんなが帰ってしまって、部屋に私とパーシヴァルさんだけが残された。
パーシヴァルさんがテーブルの上に無造作に置かれていた石をまとめてくれていたので、インベントリを空間から取り出して、袋を詰めた石を中に入れる。
これなら安心でしょう。
「さっきの石さ、きみが念じたらパワーアップしてたよ」
「へ?」
テーブルに置かれたお守り袋に視線を落とし、パーシヴァルさんの顔を見たら真剣な表情をしていたので、もう一度お守り袋を眺めた。
まさか本当に効果があるなんて思っていなかった。
「幸運アップですか?」
「いや、守護力アップ」
「守護力?」
防御力じゃなくて守護力?
「おもしろいねえ。ゲームの影響は俺たちにもちゃんと出ていて、普通の人間よりは多めにポイントをステータスに割り振れるんだよ。きみのポイントとスキルはいったいどうなっているんだろうね」
ポイント?
「割り振ったことなんてありませんよ」
テーブルに頬杖をついて、私の作ったお守りを摘まんで揺らしながらパーシヴァルさんは淡々と話すけど、これってけっこう重要な話なんじゃないの?
「そりゃあそうだよ。剣の練習を頑張れば勝手にそこにポイントが振られるし、勉強を頑張ればそちらにポイントが振られる。あまり頑張らなかった者より努力した者のほうがポイントの数は増えていくんだ」
「ポイントって言うからゲームみたいに聞こえるけど、それは前の世界でも同じですよね。子供の頃からずっと頑張って練習すれば、しない人よりはなんでもうまくなりますよ」
「でも個人差がある。才能とか向き不向きとか。転生者は、特にヒロインやラスボスたちはポイントの量が多くて、いろんな才能を開花できるんだ」
それは、文句を言う神様がいてもしかたないのでは?
あまりに贔屓しすぎよ。
「他の子はわかりやすいんだよなあ。ユーインはヒーローらしく魔法と物理攻撃と体力が高い。頭がそれなりにいいのは転生者の共通点だ。ダンジョンがないバルナモアで騎士になるというのは、無難な選択ではある。きっと最強の騎士になれる」
私だって優秀な国家公務員になるために日々勉強しているわ。
そのおかげで、覚えたいと思った物はなんでも覚えられる暗記力を身に着けたんじゃないの?




