オバサンは子供に笑顔でいてもらいたい 3
「いいですか。ジョシュア様もローズマリー様も仲間なんです。ですからこう考えてください。借りを作るんじゃない。使えるのなら、王族でも世界を股にかける情報屋でも使うべきなんだと」
「……強いな」
当たり前じゃないですか。
人はいろんな経験をする中で、大事な人を守るために強くたくましくなるんです。
ジョシュア様は驚くほど優秀ですけど、経験値は私のほうがずっと上ですからね。
「わかった。パーシヴァル・クロフ伯爵に連絡してもらって、神に連絡が取れるかどうか聞いてみよう。無理なら、わざわざ来てもらうのも悪いだろう」
あ、あの人って伯爵だったんだっけ。
……じゃなくて!
「ジョシュア様って、そんな遠慮する人だったんですか!?」
まだ私はジョシュア様の横に立ったままなので、すっかりいつもの無表情に戻り片眉だけあげた彼と、私とジョシュア様の会話が面白いのかどんどん表情が明るくなってきたローズマリー様の表情のどちらもよく見える。
せっかく彼らが元気になってきたんだから、ここは大人たちに頼ってしまいましょうよ。
「悪くなんてないですよ。重要な話なんですから是非とも連絡してもらって、そして元の公爵に戻してもらいましょう」
「元に……」
「そうよ。そうしてもらいたいわ。お兄様、そうしてもらいましょう」
ローズマリー様に掴んだ腕を揺さぶられて、ジョシュア様は無表情のまま揺れている。
本当に勘弁して。
大事な話の途中なのに笑ってしまうわ。
「それはそのほうがいいけれど……しかし」
「まだ借りを作るのを気にしているんですか? 大丈夫です。たのむのは私ですから。秋になればバリークレアで初の稲刈りが行われます。お米が手にはいったら、今日のお礼に食事会に招待すると言えばパーシヴァルさんは動いてくれますよ。殿下のほうは、えー!? あんなことで貸しだなんてせこーいって言ってあげればいいんです」
もちろん殿下にも和食を用意しますけどね。
まだ作っていない料理がいいわね。
定番なところで肉じゃがとか。
「たくましいな」
「中身はオバサンですから」
エマに手紙を託して、その時に軽食を持ってきてくれるように侍女にたのんだ。
食欲が出たようで、ジョシュア様もローズマリー様も少しずつだけど話をしながら料理を食べていたわ。
私だって普段なら、パーシヴァルさんにすぐに来てなんて無茶は言わないけど、今回ばかりはここが運命の分かれ道のような気がするのよ。
ジョシュア様ならひとりでもこの状況を打破出来るんでしょう。
でも欲張りな私は、みんなが心から笑える未来を掴み取りたい!
ジョシュア様ばかりが大変な思いをするのは反対よ。
三十分くらいは経ったのかしら。
ノックの音がしたので扉を開けたら、エマが立っていた。
「みなさんをこちらの部屋に転移で案内してもよろしいでしょうか」
「ええ。そっちの広いスペースに転移してきて」
「はい」
エマが消えたので扉を閉めて指し示した場所に注目していると、エマとアレクシアと王弟殿下とパーシヴァルさんが転移してきた。
全員勢揃いしているということは、本当に神様が関与しているってこと?
「ああ、座ったままでいいぞ」
立ち上がろうとしたジョシュア様とローズマリー様を手で制し、殿下は近くの椅子にどっかりと腰を下ろした。
「手紙を読んだよ。ワディンガムがそんな状況だったとは知らなかった」
「あ、私は廊下にいますね。失礼します」
「ご苦労様、よろしくね」
殿下、話し始めるのが早いですよ。
エマが慌てていたじゃないですか。
好奇心より、巻き込まれないようにしたいという気持ちのほうが強いんでしょうね。賢明な選択だわ。
彼女を護衛にしたのは正解だったかもしれない。
「大変だったのね。しばらくここにいるんですって?」
「そうなの。お世話になるの」
「私も泊りに来るわ。ひさしぶりに三人で話しましょう」
アレクシアがローズマリー様と言葉を交わし、王弟殿下がテーブルの上の料理に手を伸ばしている間、パーシヴァルさんは転移してきた場所で天井を見上げながら動かない。
もしかして、神様と交信中?
「殿下、食事をしていないんですか」
「忙しくてさ、昼飯を食べていなかったんだ」
王弟殿下って、いつも何か食べているような印象があるんだけど。
王宮でまともなご飯を出してもらえていないなんてことはないわよね。
「ジョシュア、もっと早く知らせてくれればよかったのに。どうせ今日もシェリルに言われてしかたなく話をすることにしたんだろう」
「僕は転生者ではないので、殿下に頼るのは申し訳ないですよ」
「そんなことは関係ない。こういう時に使うためのコネだぞ。遠慮すんな」
殿下はそう言うけど、ジョシュア様は曖昧な笑みを浮かべただけだ。
男の子は頼るのが嫌なのかなあ。
相手は王族だしね。
「どうやらシェリルの予想は正解だったようだ」
ようやく交信が終わったようで、パーシヴァルさんもテーブルの傍に来て椅子に腰を下ろした。
「まったく余計なことをしてくれる。神のほとんどは転生者に好意的なんだが、問題の喧嘩をして罰せられた片方と彼と仲のいい神が、異世界から来た者が自分の世界で優位な条件で生まれ、好き勝手しているのが気に食わないと文句を言っていたようだ。おそらく彼らがワディンガム公爵を操ったんだろう」
自分で言い出しておきながらも荒唐無稽の話だと思っていたのに、まさか本当に神様のせいだったとは。
いったいいつからどの程度の干渉が行われていたんだろう。
「ただなあ……ワディンガム公爵にかかっている術は解けるが、精神がどこまで傷ついているかはわからない。人間は脆いから傷ついた精神を修復するのは難しいし、神がそこまでするのはまずいのだそうだ」
パーシヴァルさんの説明を聞いて、せっかく明るくなったローズマリー様の表情がまた暗くなってしまった。
ジョシュア様はあいかわらずの無表情だけど、神様に話せばよくなると期待していただろうから、がっかりしてしまったんじゃないかしら。
だいたい干渉して傷つけるのは許されても、治すのはまずいっておかしいでしょ。
「健康を害しているのは精神に干渉されているストレスのせいなので、すぐによくなるわけではないようだ。だがそれも少しずつ回復するだろう」
「そうですか。ありがとうございます」
ジョシュア様はお礼を言って頭を下げたけど、私は不満だわ。
結局、まだどうなるかわからないってことじゃない。
回復してからだって問題は山積みよ。
ワディンガム公爵は神の干渉を受けていたせいで言動がおかしかったんだなんて言えないから、失ってしまった信頼をまた一から取り戻していかなくてはいけない。
「本当に申し訳ないと謝っていたよ。そして、これからも注意してくれと言っている。世話役の神も気を付けてくれるそうだけど、今後もこうやって干渉してくる危険はある。その時の気分で神が人間に干渉するのはよくあることだし、今回も罪にならない程度に操っていたんだ」
「よくある? 今後俺たちも干渉される危険があるということか?」
殿下はそっちが気になったのか。
私は神様が人間に謝ったほうが気になったわ。
ずいぶんフレンドリーなのね。
「きみは大丈夫だろう。精神的に不安定な状態だと干渉されやすいそうだからね。転生者は他の人間よりは守護をされているし、協力者のジョシュアやコーニリアスもよっぽどのことがなければ大丈夫だ。だが、体調が悪かったり疲れていたり、精神的ショックを受けたりした時は注意しないといけないよ」
「つまり家族のほうが危険だということですね」
なんてこと。
家族が操られたりしたらどうしよう。
「魔道具で防御は出来ますか?」
「シェリル、落ち着いてくれ」
「これが落ち着いていられますか。家族がそんな危険に晒されるなら、転生しないほうがよかったわ」
「わかったわかった。きみたちの家族も守ってくれるように頼んでみるよ」
頼めるの?
やっぱりパーシヴァルさんって、ただの転生者じゃないでしょう。
「そんなに心配……しない……え」
不意にパーシヴァルさんが勢いよく立ち上がり、上着のポケットに両手を突っ込んだ。
そして中で何かを握って外に出すと、ビー玉ほどの小さな石をたくさん握りこんでいた。
「嘘だろう? これを家族に渡すとお守りになるのか?」
「え?」
この会話も神様は見ているの?
うはーー。
「みんなを見守ってくださってありがとうございます!」
椅子を蹴倒す勢いで立ち上がり、深々と頭を下げる。
「これからもよろしくお願いします!」
「あまり大きな声を出すな」
「ちゃんと結界を貼ってありますよ」
「何をしているんですか。殿下もジョシュア様もお礼を言ってくださいよ」
今まで幸運にスキルを振っているんだなと感じていたことが、神様のおかげだったとしたらお礼はちゃんと言わないと。
二礼二拍手一礼のほうがいいのかしら。
「あ、そうか」
「ワディンガム公爵のこと、よろしくお願いしますね。バリークレアでもうすぐ稲刈りが行われますから、お米が手にはいったら炊き込みご飯をパーシヴァルさんにたのんでお供えしてもらいますから」
殿下やジョシュア様もいちおう立ち上がったけど、照れがあるのか無言で頭を下げただけだ。
心の中でちゃんと念じたんでしょうね。
感謝は大事よ。
「雑炊も食べたいな。梅雑炊」
「居酒屋にあるみたいな?」
「わかっているじゃないか」
でもそれ、神様のリクエストじゃないでしょ。
パーシヴァルさんの好みでしょ。
「梅干しか……。梅ってあるんですかね」
「探してみよう」
やらなきゃいけないことがどんどん増えていくじゃない。
野菜を細切れにする魔道具開発に、梅干し作りね。
「この小さな石……神力が込められているんじゃないか? 教皇にも渡しておいたほうがいいかもしれない」
殿下は、ガラス玉のような透明な石を目の高さに持ち上げ、光に透かしている。
宝石と間違われそうだし、人目に触れないように持っていてもらったほうがよさそうね。
「彼なら必要になったら自分でもらうだろう。それより必要な分だけ取って、あとは返してくれよ。俺が保管しておく。これはやばい」
「ここにいない仲間の家族の分も欲しいんだ」
「じゃあ、誰か責任をもって保管してくれ。家族に渡す時は何か目立たない物に入れたほうがいいな」
なんでそこで私を見るのよ。
ジョシュア様やローズマリー様まで私を見るのはどういうこと?
アレクシアなんて私は関係ないって顔でそっぽを向いているわ。
そりゃあ今は家族がいないから必要ないと思っているんでしょうけど、レイフ様もここにいないんですからね。
彼の分が必要でしょ?
結婚すれば家族だって増えるしね。
「この世界にもお守りはありましたよね」
「ああ、持つことで素早さがあがったり力があがったりする。ゲームに出てきたお守りがそのまま存在する」
それもゲームの影響なの?
この世界では神殿でお守りを売るんじゃないのかしら。
もしかしてそれも魔道具?
「じゃあ、幸運のお守りを必要な数だけ買ってきてください。それと綺麗な布も欲しいわ。石と幸運のお守りを一緒にいれて家族に渡せばいいでしょう。ワディンガム公爵にはすぐに渡さなければいけないですから、アクセサリーを入れる袋でいいかしら」
「アクセサリーを入れる袋があるのか?」
王族が持つアクセサリーは高価だから綺麗な箱に収められているんでしょうけど、庶民の買うような品物はそうじゃないのよ。
アクセサリー屋さんで買うと、小さな布の袋に入れてくれるの。
お母様のお店でも、商品によっては袋に入れて渡していたわ。
「お母様にたのめば袋はすぐに手にはいるわ」
「じゃあ私は、お守りを買ってくるわ。あるだけ買い占めればいい?」
アレクシア、それはまずいでしょ。
目立つことはしないほうがいいわよ。
「一か所で買うとまずいから、ひとまずワディンガムの分だけでいいだろう。俺たちは石をそのまま持っていても問題ない」
「そうですね」
王弟殿下もジョシュア様もわかってないな。
せっかくいただいた石が欠けたりでもしたらどうするのよ。
「私はお守りがほしいわ」
「私も」
ローズマリー様と私が手をあげたら、殿下もジョシュア様もえっという顔をして手に取った石を見て悩んでいた。




