オバサンは子供に笑顔でいてもらいたい 2
ジョシュア様とローズマリー様を客間に案内すると、すぐにジョシュア様からワディンガム公爵家の現状の説明がされた。
ワディンガム公爵は病気のせいで熱が出ていて、それで意識が朦朧としておかしなことを言い始めているらしい。
「ロージーのことがわからないみたいなんです。おまえは誰だって聞かれたそうなんですよ」
「え?」
ジョシュア様の話を聞いて、反射的にローズマリー様を見てしまった。
父親にそんなことを言われたらショックよ。
それに……けっこう深刻な状態よね。
精神的におかしくなっちゃっているってこと?
「なんてことだ。どうしてそんな……」
ワディンガム公爵の話は、お父様にも大きな衝撃だった。
同い年なんだもの。まさか娘がわからないだなんて思ってもいなかったでしょう。
「何の病気なのかわからなくて治療が出来ず、徐々にひどくなっているんです。まさかとは思いますけど、ロージーを追い出すと言い出す危険もあるので避難させたいんです」
「うちはもちろんかまわないよ。いつまでだっていてくれていい」
「ありがとうございます」
ジョシュア様のこんなに暗い表情を初めて見た。
いつもは自信に溢れた鋭いまなざしが今日はずっと伏せられていて、長い睫毛が影を落としている。
でももっと気になるのはローズマリー様よ。
初めて会った時のような怯えた表情なのよ。
「きみは大丈夫なのかい? 夫人もショックを受けているだろう?」
「母はずいぶん前から父とは仲違いをしていて、もう顔を合わせるのも嫌がっているんです。顔つきがおかしいからこわいのだそうです。僕は父の代わりに片付けなくてはいけない仕事がたくさんありますから」
王宮の仕事もあるもんね。
ジョシュア様まで体を壊しそうで心配だわ。
「申し訳ない。以前からの仕事の用事があって、僕はもう出掛けなくてはいけないんだ」
ジョシュア様から説明を聞いた後、お父様は申し訳なさそうに席を立った。
急にお手紙をもらったので、無理をして出かける時間を遅らせていたのよ。
「あとはシェリルにまかせてあるので、ジョシュアくんもゆっくり休んでね」
まかせなさい。
ローズマリー様の侍女の方達は、ワディンガム公爵家にお世話になった時に仲良くなった人たちばかりだから、ドナが張り切っていたし、少しでもローズマリー様が居心地よく勉強できるようにおもてなしするわよ。
「それに今後も、僕たちに連絡しなくても、いつでも自由にローズマリー嬢を訪ねてくれて大丈夫だよ」
「ありがとうございます。まだ父の病の原因がわからないもので、滞在が長くなってしまうかもしれません。ご迷惑をおかけします」
「出来るだけ早く帰ってくる。何かあったら連絡するんだよ」
お父様は申し訳なさそうにしていたけど、おそらくジョシュア様は、私だけのほうが話がしやすいんじゃないかなとは思っていたのよ。
その予想通り、お父様が部屋を出て行くとすぐに、話が外から聞こえないように結界を張ったのを感じた。
「入り口はエマが見張ってくれていますから大丈夫です。それで、なにがあったんですか?」
入口までお父様を見送りに出ていたので、席に戻りながら尋ねた。
寄り添うように座っているふたりは、それでも話すのをためらっているみたいだ。
「考えすぎかもしれないの。でもお父様がおかしいの」
「ローズマリー様がわからなくなっているというお話ではなく?」
「違うの。本当はそうじゃないの」
ハンカチをきつく握りしめて小さな声でローズマリー様が話し始めると、ジョシュア様は力付けるように彼女の肩を抱きしめた。
「私に、おまえは本当に私の娘か? 本当の娘はどこにやったんだって聞いたのよ」
「本当の娘?」
「私は異質だって。自分の娘ではないって。シェリルも王弟もおかしい。なんで誰も気付かないんだって」
椅子に座ろうとした姿勢のまま固まり、脳をフル回転しながら立ち上がった。
「王弟殿下に連絡しました?」
「していないよ。きみが殿下を信用しているのはわかっているけど、これはワディンガムの問題なんだ」
「いいえ。これは転生者に関係のある問題です」
「それでも駄目だ。自分で解決するから……」
「ジョシュア様」
テーブルをグルッと回ってジョシュア様の横に歩み寄ると、今日ばかりは露骨に嫌な顔をされた。
「話だけでも聞いてください」
「いや、王族に借りを作るわけにはいかないんだ。父がゲーム開始時点ではすでにいないことはわかっている。これはしかたないことで」
「え? そんなことで諦めるんですか? ジョシュア様が?」
はっとしてこちらを見たジョシュア様は、私の言葉が意外だったようで驚いている。
無表情じゃないだけでもすごいんじゃない?
このままこっちのペースに持っていくわよ。
「ローズマリー様に幸せでいてほしいんでしょう? ローズマリー様の幸せの中にはジョシュア様の幸せも含まれているんですよ」
「わかっているよ」
「だったら、私の考えも聞いてください」
ローズマリー様は私の話を聞きたいみたいよ?
ジョシュア様の腕を掴んで揺さぶっているもの。
「わかったよ。なに?」
「この世界には神様がたくさんいますよね」
「はあ?」
その露骨に嫌そうな顔をやめてもらえませんかね。
いつもの無表情のほうがまだいいんですけど。
「シェリル、お兄様は教皇にもパーシヴァルにも会ったことがないのよ? 神様の声を聞くなんて話は半信半疑なの」
「でも王弟殿下と国王陛下も会ったんでしょう? 実際に神の言うとおりにゲームの影響を受けていて、転生者が生まれているじゃないですか」
「それで?」
まあ、信じなくてもいいですよ。
私だって神に会ったことも神を感じたことも……いえ、運が良すぎていろんな人に影響を与えてしまう自分は、神に幸運のパラメーターを高く設定されているなとは思うわ。
「私たちが異世界転生したのは、神が派手に喧嘩をして、私たちが元いた国の一部を破壊したからです。それで喧嘩をした神は罰として力を弱められて、格下にされてしまったと聞きました。つまりこの世界の神はいろんな性格の人がいて、アホなこともするんですよ」
「待って。つまりお父様は神様から何かされたってこと?」
ようやくローズマリー様の表情が、いつもの彼女らしくなってきた。
「それを確認したいんです。私たちのために動いてくれる神や面白がって見物している神がいるんですから、存在をよく思っていない神もいるんじゃないですか? 異質って言い方が気になるんです。自分の世界に他所の世界の人間がやってきて、でかい顔をしているのが気に入らない神様がいてもおかしくないですよ」
「確かにそうね」
「だから連絡して……」
「たとえそうだとしても、神のせいだなんて証言は出来ないよ?」
普段私はまだ背が低いから相手を見上げることが多くて、見降ろされると冷たい印象に感じる人もいるなと思っていたけど、ジョシュア様の場合、冷ややかに見上げることも上手なのね。
斜めに見上げるのがいいのかしら。
「証言? ジョシュア様が話しているのは、いったい何のお話ですか?」
「きみたちと王弟殿下はガスターに部下を張り付けているだろう?」
「はい。アシュベリーに接触しようとしていたので。バイロンさんのことは知っていますよね?」
「ユーインという転生者の父親だね。ロージーに聞いたよ」
ジョシュア様が何を気にしているのかはわかっているけど、なにも証拠がないのに話しにくくて、遠回りに話を進めてしまう。
そのせいで私も、子供らしさなんてない冷静な表情になっていると思う。
「冒険者をやめると言ったら、アードモア国王に家族を人質に取るぞと脅されたんです。それで我が国に避難して、親戚だったアシュベリー子爵家に身を寄せたら、ガスターが接触しようとしてきたんですよ。最初は身元がわからなかったので、尾行して身元を確認したんです」
「アシュベリーって没落貴族だよね?」
「そうですね」
やっぱりそのへんの流れを、すでにジョシュア様は知っているのね。
「社交界できみたちの悪い噂を流しまくっていた男なのに、彼とつきあいがあるんだ」
「いいえ。監禁して借金返済をさせているんです」
「……監禁?」
「バイロンさん一家にもひどい態度を取りましたし、娘さんたちをこき使っていたようなので、長女に婿養子を取らせて乗っ取る作戦です」
「乗っ取る……」
ジョシュア様、大丈夫ですか?
話についてこられていますか?
「バイロンさんたちは大公領で匿ってもらえたので、もうすぐ縁切りします」
「それも王弟殿下を頼ったんだ。シェリルはいつも殿下を頼るんだね」
ん? そこで眉を寄せるのはなんで?
それにユーインも転生者だから、殿下の庇護下に入るのはおかしなことではないでしょう?
「ガスターは、どうしてSランクの冒険者が我が国に来ていて、アシュベリー子爵家に行けば接触できると思ったんだと思う?」
やっぱり話はそこに行くのよね。
「入学試験の日の襲撃事件に、ガスターが関与していたと疑うよね? それなら祝賀会の時にジョナスがきみを誘拐しようとした事件にも関与していたと考えるんじゃないかな?」
「疑いはしますけど、今のところは証拠もないのに想像を飛躍しすぎるのは危険だと思います。ガスターはSランク冒険者と知り合いになりたかっただけでしょう?」
「でも彼は、うちに何度も訪ねてきているだろう?」
そうなんだ。
何度も来ているんだ。
「……知らなかったの?」
「それが今、重要ですか?」
「重要だね。その件に父が関わっていたかもしれないとは考えないのかい? きみが考えなくても、世間は考えるだろう。そうじゃなくても最近の父上の行動は、まったくいいところがなかった。王弟殿下を毛嫌いしているのを隠しもしなかったんだよ」
「だから、神様の影響もあるかもしれないじゃないですか」
「そうだとしても説明がつかない以上、話を聞いても仕方がないよ。僕は何があったかじゃなくて、これからどうするかを決めなくてはいけないんだ。ワディンガム公爵家とロージーを守らなくてはいけないんだよ」
まったくもう。十五歳の男の子がそんなに何もかもを抱え込んでは潰れてしまいますよ。
「聞いてもいいですか?」
「なに?」
「ワディンガム公爵って、ジョナサンみたいな年上のチャラい男に誘われたら、私がふらふらついていくだろうなんて考えるくらいにアホなんですか?」
「……え?」
「十一歳の女の子を襲撃するのに、わざわざ新品の制服を用意して、人が大勢いる場所で襲わせるような無能な人なんですか?」
「…………」
「そうだったら、もっと別の意味で深刻な問題ですよ」
そんな人が父親だなんて気の毒になってしまうし、公爵だなんて我が国がやばい。
「それは……確かにそうだけど……」
「先程から王弟殿下に相談すると思っているようですけど、それも勘違いです。アレクシアに王弟殿下に会ってもらって、出来るだけ早くパーシヴァルさんに連絡を取って、私が会いたがっていることを伝えてもらいたいんです」
神様の話を聞くのなら、教皇かパーシヴァルさんしかいないでしょ。
「そんな急に来てくれないでしょ」
「ローズマリー様、ホリーをわざわざ連れてきたり、炊き込みご飯を作ってくれと米を持参するくるくらいには、彼は暇なんです。たまにはこちらの要望も聞いていただきたいと思いませんか?」
おそらく悩んでいることはバラバラだけど、ジョシュア様もローズマリー様もまだ迷っているようだ。
たいした問題もないくせに会いたいからってだけで王弟殿下を呼びつける子や、わざわざ情報屋にたのんで隣国までやってきて、意味のわからない話をして帰っていくような子もいるのに、本当に大変な状態の人達が悩んでしまうのって困るのよね。
「いいですか。ジョシュア様もローズマリー様も仲間なんです。ですからこう考えてください。借りを作るんじゃない。使えるのなら、王族でも世界を股にかける情報屋でも使うべきなんだと」
「……強いな」
当たり前じゃないですか。
人はいろんな経験をする中で、大事な人を守るために強くたくましくなるんです。
ジョシュア様は驚くほど優秀ですけど、経験値は私のほうがずっと上ですからね。




