オバサンは子供に笑顔でいてもらいたい 1
ガスターはそれから二回アシュベリー宅を訪問し、そこからぴたっと姿を見せなくなった。
近くの店で、あの家にはクロウリー商会の人間がいて、領地再建のために動いているんだと聞いていたそうなので、接触は無理だと諦めたんだろう。
そりゃあ無駄に豪華な家具家財を処分して、夫人のアクセサリーやドレスも売り払って、借金の返済に回せば目立つよね。
好き勝手していた人たちをまとめて解雇して、新しく近場から人を雇って、草が生い茂っていた屋敷の庭を美しくして……。
ここ何日か、祖父母が様々な方面に手を尽くしてきた成果が、さっそく目に見える形になってきている。
「娘さんたちですか」
「そうなのよ。礼儀作法はひととおり出来るんだけど、今まで毎日侍女の仕事をしてきたでしょう? あなたたちは令嬢なんだから、もう掃除はしなくていいのよと話しても、じゃあ代わりに何をすればいいかわからなくて、いつもおどおどしているの」
ひさしぶりに屋敷に立ち寄ったお婆様は、話をしながら何度もため息をついた。
疲れているというよりは、一向に距離の縮まらないお嬢さんたちを今後どうするかで悩んでしまっているみたい。
「長女は有能な男性と結婚して子爵家を継いでもらえばいいけど、下のふたりの娘の縁談はねえ……アシュベリーは評判が悪いからむずかしいでしょうね」
「可愛い子たちなんだが表情が暗いし、目を合わせられなくて俯いて会話も続かないとなると、知り合いを紹介するのも厳しいんだ」
お爺様は、お嬢さんたちと何を話せばいいかわからなくて、そっちはまかせたと逃げてしまったらしい。
それでお父様とお婆様が悩んでいるのね。
「私たちがそこまでやってあげる必要があるんでしょうか。アシュベリーはちゃんと働いているんですか?」
お母様は今までの彼らの態度が許せなくて、当初のアシュベリーを監禁しておこう計画がどんどん大きくなって、いつの間にか領地再建までしているのが不満なのよ。
祖父母が楽しそうだからやめろとは言えないけど、バイロンさん一家にひどいことをしたアシュベリーのためにそこまでやるのは、確かにやり過ぎではあるかも。
うーーん。長女が十八歳で、次女が十六歳。末っ子が十五歳だっけ。
まだ焦る年齢ではないけど、うちもずっと彼らにかかりきりってわけにはいかないから、少なくても経済的に困窮することがないようにはしたいのよね。
「じゃあ、働いてもらいましょう。読み書きは出来るんでしょう?」
「働く?」
お婆様もお父様も驚いてから、目の前にいる私が働いていることを思い出して、なるほどと考えこんだ。
貴族の御令嬢が働くって、とても珍しいのよ。
王宮で王族の侍女になることは名誉なことだし、高位貴族の目に留まって素敵な縁談が舞い込むチャンスも多いので働きたいと言う人は多いけど、誰でもなれるわけじゃないわ。
政治的な駆け引きや派閥争いも絡んで、選考も厳しいし、侍女に選ばれてからも大変なんですって。
それか私のように王宮で事務次官や執務官になる人もいるけど、これはけっこう珍しい。
補佐官にいたっては、今はひとりもいないのよ。
私のように功績があるとか、学園を一年で卒業するとか、首席だったとか、何かないと女性は選ばれないの。男尊女卑の世界だからねー。
でも自分の家でやっている事業の一部を任されている人は、それなりにいるんじゃない?
今回の場合、仕事をするのは初めての子たちだから一から覚えなくてはいけないけど、掃除や洗濯をずっとやってきた彼女たちなら、地味な事務員の仕事だって頑張れると思うわ。
「まずは、自分は自立できるんだってことを知ってもらいましょう。おそらく現場は今、大忙しでしょうから人手は必要でしょう? でも彼女たちに仕事を教えるために時間をさける人はいないでしょうから、商会から誰か出せませんか?」
「出せるよ」
「若い男性はやめてくださいね。古株の事務員のオバちゃんたちに妬まれますよ。綺麗なおねーさんも駄目です。職場の空気を乱さないような普通のオジサンで、辛抱強く教えられる人がいいです」
そんなことって思うかもしれないけど、仕事をするうえで重要なのは人間関係よ。
居心地がよくて、職場の人と良好な関係が築けている職場なら、ちょっとくらい仕事がきつい時があっても続けられるもんよ。
「確かにそれは重要だな。商会に何人も新人を育てた人がいる。彼にたのもう」
「自分の仕事が領地のためになっているんだってことも教えてあげてくださいね。やりがいのある仕事があって、安定した収入があって、自分のお金で服が買えて美味しいものが食べられる。そうしたらお嬢さんたちも自信を持てるんじゃないでしょうか」
「うん。……まあいつものことだけど、我が娘ながらすごいな」
その私の異常さを、受け入れてくれるお父様のほうがすごいわ。
「王宮で他の事務次官の方達とそういう話をしたことがあるんです。みなさん、私が子供でも気にしないで、いろんな話をしてくださるんです。勉強になりますよ」
本当は一度、お嬢さんたちに会ってみたいけど、お婆様もお母様もお嬢さんたちに会って話をしているんだから、会ったとしても私に出来ることなんてないのよね。
何年もつらい日々を送って傷ついた心は、傷を癒すのにも何年もかかるんだ。
あとは、恋人でも友人でも、ずっと寄り添ってくれる人との出会いがあることを祈るばかりよ。
ガスター関連では特に進展のない日々が続き、私は受験生らしく勉強にいそしみ、歴史なんて丸暗記してしまって、歴女並みに歴史上の人物の生きざまに詳しくなってしまっていたある日、執務室に呼ばれて顔を出すと、お父様が難しい顔で机に置かれた紙を見ていた。
「ああ、来たか。実はジョシュアくんから急ぎの知らせが届いてね」
「ジョシュア様?」
「ローズマリー嬢をしばらくうちに滞在させてほしいと言うんだ。それも出来ればすぐに」
すぐに机に駆け寄り、お父様が差し出してくれた手紙を受け取って読み始めた。
肝心なことはうちに来てから話すとしか書いていないわ。
いったい何があったんだろう。
「ワディンガム公爵は体調を壊しているという話を聞いている」
「はい。私もローズマリー様にそう伺っています」
「深刻な状態なんだろうか」
それなのに家族と離れて暮らすことを決めるって、よっぽどのことよ。
今は仲が拗れているけど、ローズマリー様はやっぱり家族を愛しているの。
ワディンガム公爵とも関係を修復したいと思っているはずよ。
「うちに来るのは大歓迎だけど、本当にうちでいいのかな。たとえば、いずれは嫁ぐノースモア侯爵家のほうがいいのではないかな」
「お父様は私が急に、家を出て王弟殿下のお世話になりますって言ったらどうします?」
「駄目だよそんなの!」
「ギルモアは喜びますよ」
「駄目! 婚約する気はないって言っていたじゃないか」
例えばの話なのにムキにならないでよ。
本当に行くわけがないでしょう。
「婚約者とはいえ、成人もしていないローズマリー様を、ジョシュア様がコーニリアス様の家に預けると思いますか?」
「……たしかに」
でも公爵家の一族の人達の中には、うちに滞在するのをよく思わない人もいるでしょうね。
一年で学園を卒業しようとしている受験生同士、一緒に勉強に打ち込むためだとでも理由をつけるのかしら。
「彼がそれほど重い病気だなんて」
お父様がひとりごとのように呟いた。
「学生時代もワディンガム公爵家の派閥に加わった時も、彼は一見冷たそうに見えるが気さくでね、商会の仕事にも何かと気を配ってくれたんだ。一緒に町に繰り出して飲み明かしたこともあったんだよ。だから彼ならシェリルを守ってくれると思っていたんだが……周りは男爵家ごときが公爵の友人面をするなと思っていたんだろうね。きみやドナが使用人たちに冷たくされていたと聞いて後悔したよ」
「そんなことはないですよ。ローズマリー様の侍女たちとは仲良しだったんですから。ドナもよくしてもらっていたそうですよ」
公爵や夫人は一度も私と顔を合わせようとしなかったので、他の使用人たちには無視されたけどね。
それは夫人にお茶に誘われた時も同じよ。
ジョシュア様やローズマリー様が何度も怒ってくれたけど、それで余計に私を妬む人もいたわ。
「お父様とは友人でも、私に興味がないのは仕方ないですよ。あの時は執事が勝手に護衛をつけなかっただけですし、寝込んでいる私の部屋に押し掛けてくるようなことさえしなければ」
「いいや。守ると約束をしたのだから、窓からちょっと出かけるシェリルの様子を確認するくらいのことはするべきだったんだ。シェリルの面会の相手は王族だったんだよ? 荷物用の馬車で送り出すなんて王弟殿下に対しても失礼だ」
それでお父様は、ワディンガムと決別することを決意したのよね。
娘を守るという約束を守らなかった人を、もう二度と信用できないって。
ワディンガム公爵の評判は、そこからどんどん悪いほうに転がっていって、家族の仲もどんどん壊れていった。
「でもジョシュア様とローズマリー様は、ワディンガム公爵と仲違いしてまで私の友人でいてくれました。困っているなら力になりたいです」
「そうだね。部屋の準備をさせよう。……ローズマリー嬢はそれでいいとして、ジョシュアくんは大丈夫なのかな。彼だってまだ十五歳なのに」
まったくよ。
十五歳って中学三年生でしょう?
日本だったらまだ義務教育よ。
そんな子供が公爵家を背負って、王宮で働いて、妹のために奔走しているなんて。
ローズマリー様はジョシュア様が守ってくれる。コーニリアス様もいる。
じゃあジョシュア様は、誰が守ってくれるの?
せめて相談にくらいは乗れるかな。
でも弱みを見せるのは嫌がりそうなのよね。
暫くして玄関前に三台の馬車が到着した。
ジョシュア様とローズマリー様を乗せた馬車の他に、三人の侍女を乗せた馬車と着替えや本等、山ほど荷物を積んだ馬車だ。
長期滞在する気で来ているって、荷物の量でわかるわ。
そういえばジョシュア様は、うちに来るのが初めてだったわね。
馬車から彼が降りてきた時に、出迎えに出ていた侍女たちがどよめいていたわ。
見た目が、華やかだからなあ。
ローズマリー様だって、思わず振り返って見てしまうような綺麗なお嬢さんなんだけど、今日は暗い顔で俯いたままで、挨拶をしても小さな声でお世話になりますと呟いただけだった。
この様子はただ事じゃないわよ。
いったい何があったんだろう?




