オバサンの周りはなにかと慌ただしい 4
ローズマリー様の言葉に私は首を傾げてしまった。
第一王女の噂って、あまり聞いたことがないのよ。
私より二歳年上の綺麗で優しい方だって話を聞いたことがあるくらいなの。
「そんなふうにローズマリー様が言うなら優秀な人なんでしょうけど、王弟殿下から彼女の話を聞いたことがないですよ」
「第一王子と第二王子の王位継承者争いが起こっているのに、ここでベアトリス様の優秀さが広まったら、もっと大きな継承問題になってしまうじゃない。だからベアトリス様は目立たないように立ち回っているのよ。彼女の本当の姿を知っているのは、公爵家のごく少数の御令嬢だけ。王弟殿下はベアトリス様が警戒していて、ほとんど話をしたことさえないそうよ」
なんですか、その子供は。
「彼女は転生者ではないモブキャラなのよ。それなのにあんなに優秀なんだから、この世界が影響は受けていてもゲームの世界ではないという生き証人みたいなものだわ。お兄様とは仲がいいのか悪いのか、会うといつもピリピリしていて、同族嫌悪だってベアトリス様は言うし、お兄様は僕はあんなに冷淡で計算高くないって言っているわ」
「ちょっとこわいわね」
アレクシアがこわいと言ってしまう気持ちがよくわかるわ。
そんな子がジョシュア様と結婚したら、ワディンガム公爵家のほうが王家より将来的に力を持ってしまうこともあり得るんじゃない?
「陛下はベアトリス王女の性格を知っているの?」
「陛下も王妃様もご存知よ。だから他国の王族に嫁がせようと考えているし、ベアトリス様も王族以外に嫁ぐ気はないの。嫁いだ先の国を繫栄させて、女だからと王位継承権が低くなるバルナモアを見返してやるって話していたわ」
格好いいじゃない?
女だからと経験出来ないことがたくさんある中で、きっと心無い言葉をぶつけられたりつらい思いもしてきたんでしょう。
それでもくじけずに自分らしく生きていこうとしているんだわ。
彼女からしたら、ジョシュア様と結婚させようとするワディンガム公爵は、邪魔な存在なんじゃない?
王族派の中で強い影響力がある人だし、なんと言っても公爵家の当主よ。
いい縁談だという流れが貴族の間で出来てしまったら、面倒なことになるでしょう?
「でも以前ジョシュア様は、ワディンガム公爵よりも評判のいいジョシュア様を、王族と結婚させるのを公爵は嫌がっているって話していたと思ったんだけど」
「考えが、特に最近はころころ変わるのよ。だいぶ精神が不安定になっていて、体調が悪いのにお酒ばかり飲んで昼間から酔っぱらっていることも多いの。怒鳴るし、文句や愚痴ばかりで、使用人からも嫌われ始めているわ。……ちょっと前までは素敵な公爵様だって慕われていたのにね」
「まあ……」
なんでそんな状況になってしまったんだろう。
私が攫われそうになった時だって執事が勝手に馬鹿なことをしただけで、公爵はちゃんと馬車と護衛を用意するって話してくれていたのよ。
その執事を連れて乗り込んできて、私に直接謝罪をさせて、問題がなかったことにしようとさえしなければ、うちとの関係も王弟殿下との関係も今のようにはなっていなかったのに。
「はああ、嫌になっちゃうわ。私でも考えられることがどうしてわからないのかしら。父親があんなダメ人間だったなんてがっかりよ。どうせ私はノースモア侯爵家に嫁ぐんだからもう知らないわ。それより、あっちにクロウリーの制服を着た小動物系の女の子がいたわよ」
「新しいシェリルの護衛ですって」
「え? あの子が?」
エマはアレクシアよりも年上よ。
もうすぐ二十歳よ。
子供扱いしないであげて。
それからは、ローズマリー様とアレクシアはしばらく会えていなかったこともあって、普通のお茶会のようにいろんな話をして気付いたら夕方になっていた。
ローズマリー様も徐々にいつもの調子に戻って、帰る頃には笑顔が見られて安心したわ。
「ちょっと待っていてね。用意してあるから」
「ありがとう」
帰る時にアレクシアがお菓子をお土産にくれるというので待っていたら、すぐに転移で引き返してきた。
「王弟殿下が来ているわ」
「え?」
思わずローズマリー様と顔を見合わせてしまった。
約束もないのに押し掛けてきたの? どうして?
「向こうで、あなたの護衛が殿下に遭遇してしまって、緊張で倒れそうになっていたわよ」
「初日に王族に遭遇するとは思わなかったでしょうね」
出迎えに行くべきかと悩みながら、三人で廊下に出て玄関のほうを眺めていたら、誰も連れずに殿下がひとりで歩いてくるのが見えた。
レイフ様も警護も連れずに、転移してきたの?
普段、マガリッジに来るときにはいかにも貴族の子息ですって服装なのに、今日は王宮で執務をしている時の服装のままだわ。
急いで来たのか髪が乱れている。
「三人とも部屋に戻れ。大事な話がある」
こちらから挨拶する間もなく、厳しい表情で言われておとなしく引き返す。
さっき座っていたソファーにローズマリー様と並んで腰をおろしたら、殿下はすぐ前の椅子に座った。
「バイロン一家の話をローズマリーは知っているのか?」
「だいたいの内容は話しました」
「よし、なら説明はいらないな」
アレクシアが近くの椅子に座るのを待って、殿下が話し始めた。
「昨日、アシュベリーのタウンハウスに身元不明の男が現れたのは知っているな」
三人揃って黙って頷いた。
「そいつには尾行をつけていたから、王都に部屋を借りているのはわかっていたんだ。その男は今日、アシュベリーの領地に出現した。そのときにちょうどクロウリー子爵もその場にいてな、二階の部屋の窓からそっと男の姿を見たんだ」
そこで言葉を切らないでよ。
先が気になるじゃない。
「その男はガスターという名前で……」
「ガスター!?」
ローズマリー様が目を大きく見開いて立ち上がった。
「あの男がなんで出てくるのよ」
「ローズマリー様、落ち着いてください。知り合いなんですか?」
「ああ、あなたは名前を知らないのね。あなたがポロック伯爵に狙われていると知っていたのに、護衛もつけず荷物用の馬車で殿下に会いに行かせた執事よ」
「ええ!?」
「解雇されたから、てっきり実家にでも戻っているんだと思っていたのに……」
「まあ、落ち着いて座れ」
さっきまで厳しい顔つきだったくせに、周りが慌てるのを見て落ち着いたのかしら。
椅子に浅く座って組んだ足に肘をついて、殿下は声を落として話を続けた。
「しかもガスターはその後、ワディンガム公爵家に向かったんだ」
「え……」
ローズマリー様の体が強張った。
私も無意識に呼吸を止めて次の言葉を待った。
「そしてそこでも追い返されていた」
「はあ!?」
なんだ。よかった。
ワディンガム公爵家は無関係なのよね?
「ちょっと、勘違いするような言い方をしないでよ。焦ったじゃない!」
「焦る必要なんてないだろう。ガスターは、ただアシュベリーの屋敷を訪問しただけだ。S級冒険者の話を聞きつけて、スカウトしたいと思ったとしても何も問題はない」
「そしてどこからも相手にされず、あちこちふらふらしていただけ?」
なにをやっとんじゃい。
紛らわしいわね。
「S級冒険者を紹介できれば、ワディンガム公爵家でまた働けると考えたのかもしれない。第一王子は冒険者が好きだからな。それに今回は追い返されていたとしても、今までもそうだったかはわからないだろう?」
「……隠れて会っていたら心証は悪いだろうけど、でもだからって殿下がわざわざ来るようなことではないんじゃないの?」
殿下が心配させるような話し方をするから、ローズマリー様が怒っちゃってるじゃない。
あの男なら、確かにクロウリーには頼みにくくて、アシュベリーのほうへ行くのも納得よ。
「それにお父様は今年に入ってからずっと体調が悪くて、仕事は全部お兄様が引き継いでいるから、お客様が来てもお兄様にまず知らせが行くようになっているの」
「なるほど。じゃああの男を招き入れることはないだろうな」
「当たり前よ。話はそれだけ?」
「いや、メインの用事が残っている。ローズマリーもシェリルも合格おめでとう」
「もう!」
ローズマリー様は再び立ち上がり、殿下の腕を叩いた。
「先にそっちを言いなさいよ。何事かと思ったじゃない」
「痛い痛い」
「嘘ばっかり。こんなの痛いわけがないでしょ」
ぺちぺちと音がしてけっこう痛そうにも見えるんだけど、殿下が笑っているから放置してもいいわよね。
「せっかく急いで知らせに来たのにひどいじゃないか。ワディンガムがバイロンを手に入れようと考えていた場合、バイロンが俺の部下になったと知ったらまた関係が拗れるだろう。すっかりワディンガムには敵視されているからさ」
「お兄様には話しておくわ。お父様は体調がどんどん悪くなっているのに、原因がわからないの。でも病気の前にアルコール中毒で死ぬかも」
「そんなに具合が悪かったのか」
ワディンガム公爵は、学生時代は気さくで明るい人だったとお父様が話していたわ。
公爵家当主の重圧が、彼のストレスになっていたのかもしれない。
あの事件以降家族とも距離が出来て、王宮でも活躍する機会が得られず、息子ばかりが注目される。
きっとみんなに置いて行かれるような気分だったんじゃないかしら。
「あまり留守には出来ないから、私はもう帰るわ」
「転移で送るわよ」
「自分で帰れるわよ」
ローズマリー様とアレクシアが立ち上がったので、私もそろそろ帰ろうかと立ち上がったら、
「きみには話がある」
王弟殿下に止められてしまった。
そういえば殿下に会うのはしばらくぶりだったわ。
「ああ、シェリルに会いに来たのね。全く性格の悪い男なんだから」
ローズマリー様、いちおう王族相手なんですから、もう少し言い方を考えましょうよ。
「シェリル、こんな男と結婚すると苦労するわよ」
そんな一言を残して立ち去らないでください。
殿下とふたりきりで残されるんですよ。
気まずいじゃないですか。
「きみはさっきの話をどう思った?」
ふたりが廊下に出て扉が閉まるのを見届けてから、王弟殿下が尋ねてきた。
「ガスターの話ですか?」
「そうだ。ローズマリーが動揺するからあそこで話をやめたんだ。ガスターがアシュベリーの屋敷に向かったのは、きみがユーインとあった翌日だぞ。無職のあの男が、なぜそんなに早くS級冒険者がバルナモアにいることを知ることが出来たんだ?」
ああ、考えないで済むのなら、そのほうがいいと思っていたのに。
「殿下はあの男が、襲撃現場に居合わせたと考えているんですね。いえ、彼が襲撃者を雇ったと考えているんですか?」
「S級冒険者の息子が入学試験に来ていたという話を、偶然知ったなんて話よりは信憑性がある」
「その場合……祝賀会で私を拉致させようとしたのも彼だと?」
「その可能性は高い」
あの男が犯人でもかまわないのよ。ワディンガム公爵が関わっていなければ。
お願いだから、ジョシュア様とローズマリー様にまで影響が出るようなことにならないで。
「なぜ、そんなに私を狙うんでしょう」
「狙いは俺だろう。あいつらが謝罪に来た時に、俺が現れたせいであの男は解雇されたんだからな」
「祝賀会の時は、殿下がエスコートしている私が拉致されたら、殿下の評判がガタ落ちなのはわかりますけど、今回は?」
「婚約話の出ている相手が襲撃されるんだぞ」
「あー、その話、そんなに広まっているんですね」
思わずソファーに倒れ込んでしまったわ。
ギルモアの大伯父様ってば、どれだけ噂を流したのよ。
「だとしても、王弟殿下は同情される立場じゃないですか? ダメージなんてないでしょう」
「精神的ダメージがあるだろう。俺のせいできみが攫われたり、万が一命を落としたりしたら立ち直れないぞ」
「精神的ダメージ……」
それは考慮していなかったわ。
えーー、王弟殿下を傷つけたくて、二回も私を攫おうとしたってこと?
そのせいで死人も出ているのよ?
「俺との婚約話にこんな危険があったとはな」
「あるに決まっているじゃないですか。きっと私はいろんな人に妬まれてますよ」
いつまでもソファーに懐いていられないので、渋々身を起こして立ち上がる。
さすがに私もそろそろ帰らないと。
エマも心配しているでしょう。
「でも今の話に証拠はないですよね」
「ない」
「では、今はガスターの尾行を続けるしか出来ることはありませんね」
「そうだな。シェリル、俺たちの結婚話の件だが」
王弟殿下も立ち上がったので、また見上げなくてはいけなくなってしまった。
口には出さないけど、たぶん殿下もジョシュア様やローズマリー様を心配しているわよね。
表情がいつもより暗いもの。
「しばらく放置しよう。虫よけに便利だし、この件に俺が絡みやすくなる」
「いいですよ。どうせそのつもりでしたから。五年も先の話なんて、今から考えるだけ無駄でしょう?」
「まったくだ」
肩を並べて扉に向かい、殿下がノブを回して開けてくれた。
どうぞと手で先に行くように促してくれたので、殿下の横を通って扉を抜けた時、
「俺は悪い話でもないと思っている」
「え?」
不意に言われたので、聞き間違いかと思ったわ。
「一緒にいて楽だし、和食を作ってもらえるし、領地経営では信頼できる相棒になるだろう。五年も先の話だ。どうなるかわからないだろう?」
嘘でしょう?
結婚してもいいって思っているってこと!?
突然何を言い出すのよ。
「さて帰ろうか」
「ローズマリー様の言うとおりだわ」
「何が?」
「殿下は性格が悪い」
「ははは」
笑い事じゃないわよ!




