オバサンは本気で仕事と勉強が好き 3
やってきてしまいましたよ、他国の転生者と会う日が。
正直、忙しくて忘れていて、アレクシアから食事会をしようとお誘いをもらって思い出したわ。
ちょっと隣国に行ってきますと家族に言うわけにはいかないから、マガリッジでお友達と食事会をするという話になっているの。
家族に嘘をつかなくてはいけないのが、本当に心苦しい。
親になって、子供が見え見えのごまかしをして出かけていくのを心配しながら見送る経験をした私が、まだ十一歳だというのに親に嘘をつくなんて。
彼氏がいるならいるでかまわないから、ちゃんと話して。
泊っても同棲してもいいけど、育てる覚悟がないなら子供は作らないようにしなさいよって娘たちに注意したのを思い出したわ。
でも今日が最後の会合だって殿下が言っていたことだし、信じて顔を出すしかない。
アレクシアが迎えに来てくれたので、家族に出かけてくるねと挨拶をして転移でマガリッジに向かった。
ここで他のメンバーと集まってからフューリア公国に行くんですって。
「あんまり可愛くしてくるなよ」
って殿下に言われていたから、仕事の時に着るような地味な紺色のドレスを選んで、髪もカチューシャをつけただけのお手軽使用よ。
「お待たせ。私が最後だった?」
あれ? ローズマリー様ってばずいぶんめかしこんでない?
ドレスは品のいい子供らしさもあるデザインだけど、お高そうなアクセサリーをつけて髪を綺麗に編み込んでいる。
その姿で出かけることを、よくジョシュア様が許したわね。
「ヘンリエッタに会うのに負けるわけにはいかないでしょう? 悪役令嬢にも見られたくないから清楚な白いドレスにしたのよ。アレクシアも綺麗だわ。すっかり変わったあなたを見て、きっと驚くわよ」
「そう思ってしっかり準備したの。スタイルの良さを引き立たせるほうがいいってアマンダ夫人が選んでくれたドレスよ」
お母様、何をやっているんですか。
確かにモデルのようにスタイルのいいアレクシアは、この世界の大人の女性が着るハリウッドスターのようなドレスがとても似合う。
体の線がよくわかる黒でシックな風合いのロングドレスで、背中側には膝近くまでのスリットがはいっているんだけど、上に濃紺のドレッシーなロングカーディガンを羽織っているから、いやらしさもなくてむしろ上品に見えるわ。
「もう少しこうゆったりしたドレスのほうがいいんじゃないかな」
レイフ様は男共の視線が気になるみたいね。
この人は、婚約してからは平気で惚気るようになったのよ。
「シェリルは仕事に行くみたいね」
「でもスカートのフリルが可愛らしいし、彼女の場合は何を着ても可愛いわ」
「そうね。ヘンリエッタに何か言われたら、私がやっつけてあげるわ」
腕を組んできたローズマリー様ににっこり笑顔を向けて、
「まあ、私が負けると思います?」
って言ったら、思いっきり笑われた。
「そうよね。シェリルのほうが強いわよね」
「もしヘンリエッタが絡んできても、殿下とレイフ様は助けようとしては駄目ですよ。特に殿下が私を庇ったら、相手は逆上しますから」
「……わかった」
すっかり敵対するような流れになっているけど、私は仲良くなれるのならば協力したいと思っているのよ?
商売をするのに隣国に知り合いがいるというのは、とってもありがたいことだもの。
「じゃあ行くぞ」
因みに殿下もレイフ様も、仕事の途中でちょっと抜けてきましたという服装だった。
動きやすさ重視で上着も着ていない。
そして一瞬世界が揺れたような微妙な感覚のあと、私は正規の手順を踏まずに国境を越えて隣国の教皇のいる建物に出現していた。
転移魔法用の部屋だからでしょうけど、なんとも殺風景な部屋だわ。
円柱が並んでいるのが神殿らしいと言えなくもないけど、床も壁も灰色で四角く切り取られた嵌め殺しの窓にはいっさいの飾りがない。
壁の一部が四角く凹んでいて、そこに蠟燭が灯されているのがこの部屋の灯りで、壁の隅にある木の扉なんて古びて色が変色している。
これが教皇の住まい?
でも、窓から見える風景は素晴らしかった。
遠くの山々と空の澄んだ青さのコントラストが美しく、白樺によく似た幹が白い木が並んでいる。
あそこに見える建物が神殿なのかしら。
白い岩で作られた建物は統一性がまるでなくて、ひとつひとつが全く違うデザインで作られている。
「シェリル、行くよ」
「あ、はい」
窓の外をぼんやり見ていたら、置いていかれそうになったわ。
若い子は景色なんて気にしないのね。
年を重ねると山から見る風景や星の輝きに、魅力を感じるようになるものよ。
「いらっしゃい。時間通りだね」
扉の外は、ごく普通の居心地のよさそうな部屋になっていた。
やっぱりあの部屋は転移用の部屋なのね。
レンガ造りの大きな暖炉が部屋の中で一番目立っていて、横に薪が積み重ねられていた。
床には毛足の長い絨毯が敷かれているし、ソファーにも暖かそうなカバーがかけられているということは、外は寒いのね。
確か教皇は山の上に住んでいるんじゃなかった?
空気が澄んでいるのはそのせいでしょ。
「やあ、そちらのふたりは初めましてだね。教皇って呼んでくれ」
名前は言わないんだ。
なんで? この世界の宗教は真名は名乗ってはいけないってタイプのやつなの?
金色の短髪に健康的に日に焼けた肌。瞳なんてきらきらしちゃって、笑うと白い歯が印象的だ。
イケメンだから余計にこういうタイプって胡散臭そうに見えそうなものなのに、誠実さが全身からにじみ出ているような、元気いっぱいの男の子って感じがするのがすごい。
教皇よ?
宗教のトップよ?
神様の声を聞いちゃうのよ?
二の腕のその筋肉は農業で鍛えたの?
平民の農家の人と変わらない白いシャツに生成りのパンツ姿で、親しみの籠った笑顔の彼が教皇ですって?
「ローズマリー・ワディンガムです。ゲームでは悪役令嬢でしたわ」
「ははは。僕が一番好きなキャラはあなただったんだよ。戦闘絵が格好良かった」
ローズマリー様が驚いていないということは、ゲームの中の教皇もこういうキャラだったのかもしれないわ。
農具で戦うキャラだったり?
「で、そちらがシェリル嬢かな?」
「シェリル・アッシュフィールドです。はじめまして。本日はよろしくお願いします」
「ああそうか。確か準男爵になったんだね。おめでとう。きみたちのことはレオンから軽く説明を受けているんだ。僕のこともだいたいは知っているんだろう? 前世はただの大学生だったんだよ」
ただの大学生が、しっかり教皇としての役目をこなしているのか。
かなり優秀な人なんでしょうね。
「こちらは僕の付き人のジョイだ。彼も転生者だよ」
紹介されたのは十代後半か二十代前半くらいの地味な顔つきの男性だった。
ゲームにもこういうタイプのキャラもいるのね。
「ゲームとはだいぶ印象が違うわね」
「殺し屋ではないからね」
なるほど殺し屋のキャラだったのね。
顎の線ががっしりしていて目が細くて、たぶんゲーム内では鋭い目つきのクールなキャラだったんでしょう。
でも現実の彼は、ローズマリー様に声をかけられて照れくさそうに笑う姿が、とてもやさしそうに見える。
「アレクシアはずいぶんと雰囲気が変わったね。すっかり健康そうで綺麗になった」
教皇も以前のアレクシアの状況を心配していたのか嬉しそうだ。
「おかげさまでもうすっかり元気よ。家を継いで男爵になったの」
「多少の話は聞いているよ。日本料理をマガリッジ風料理として売り出して領地を復興しているんだって? よくそんなアイデアを思い付いたね」
「シェリルがね」
「ああ、そうなのか。ギルモアが絡んでいるとは聞いていたけど、黒幕は彼女か」
黒幕ってなにさ。
それにしても情報をしっかり把握しているのね。
それも殿下が話したの? それともクロフ?
いえ、各国の情報を収集するのはどの国もしているわよね。
「さて、もうアードモア王国の人達は来ているんだよ。あちらはヘンリエッタとウォルト・マドック公爵子息……魔道具での定例会を担当してくれている人だね。そしてヒーローのユーインと踊り子キャラのホリーの四人だ」
「踊り子?」
「ああ、シェリル嬢はゲームをやっていないんだっけ。踊り子はバッファーだよ。それに彼女もゲームはやっていなかったんだってさ」
おお、仲間がいたわ。
「あの、シェリルって呼び捨てでかまいませんわ」
「あ、私も呼び捨てにして」
私とローズマリー様が言うと、教皇とジョイが笑顔で頷いた。
「これが普通のやり取りだよね。奇妙な転生をした者同士、協力して平和に暮らせるのが一番だと思うんだけどね」
「まったくだ。毎回揉めるのはアードモアの者達だな」
「また揉めているのか?」
殿下が聞くと教皇は渋い顔で頷いた。
「まあ、会ってみてくれ。こういう集まりもこれが最後だ。案内するよ」
教皇とジョイが前を歩き、後ろに私たちがぞろぞろとついて廊下を進む。
面倒なことを長く続けたくはないから、ここでヘンリエッタ王女とはケリをつけてしまいたいわ。
そしてユーインとも。
ヒロインに夢を見て会いたいと思っているんでしょう?
その夢、たぶん今日で終わるわよ。
なんていったって、私は中身がオバサンなんだから。




