オバサンは本気で仕事と勉強が好き 2
「そんな嫌な顔をしないでください」
レイフ様に苦笑されたということは、顔に全部出ていたのね。
付き合いが長くなっても、相手が王族とその側近だということを忘れないようにしなければと思ってはいるんだけど、こういう会話をしている時はむずかしいわ。
「あなただって、片思いされて面倒なことに巻き込まれたんですから、僕たちの気持ちもわかるんじゃないですか?」
いえ? 怒られたいなんて思いませんけど?
「私は子供たちと世間話をしただけで誤解されたので」
「俺も……」
「我々も……」
殿下と言葉が重なってしまったために、レイフ様がどうぞと手で殿下を促した。
「俺も挨拶をしただけだぞ。自分の時にだけ少し笑ったので、きっと気に入られたんだと言い出す女性がいたんだ」
うええ。なんですかそれは。
そこまでいくとメンヘラでは?
ストーカーになったりしないでよ?
「レイフはアレクシアのおかげで今年は過ごしやすかっただろう」
「彼女がいてくれる間はそうでしたけど、いなくなった途端に彼女と別れて自分を選んでほしいという女性が声をかけてくるんですよ」
モテるというのはいいことばかりではないのね。
家のためにも将来の自分のためにも、出来るだけ条件のいい相手を見つけたいという女性たちの気持ちもわからなくはないけど、そこまで押しが強いと男性は逃げるわよ。
もちろん女性も逃げるわよ?
「なんで挨拶しただけで、そこまで誤解できるんでしょうか。そんなに都合よく考えられる思考回路が私には理解できません」
「まったくな……」
「やはり貴族は自分に自信がある人が多いんでしょうかね」
三人揃って疲れた顔で首を傾げてしまった。
「これはもう不思議に思う私たちがおかしいのでしょうか。この国では、そのくらいの押しの強さは当たり前と思うべきですか?」
「それはない。ないよな?」
「ないと思いたいです」
ふたりともわからないのか。
三人寄れば文殊の知恵と言うけど、三人寄ってまったく参考になる意見が出ないわ。
「大公領ではのんびり出来たのかと思っていたんですけど、そうでもなかったんですか?」
「いや、そんなことはない。王宮よりは顔を出さなくてはいけない場が圧倒的に少ないからな。のんびりはさせてもらった。ただ、大公領に長期滞在するのは今回が初めてだったせいで、いろんな意味で相手の意気込みがすごかった」
大公領になった土地は、没落した貴族の土地と元は国が管理していた土地だったそうだから、殿下への期待が大きいんでしょうね。
自分の娘が見初められれば、我が家は安泰だと考える貴族がでてくるのは当然の流れだわ。
「そこにいくとシェリルとは安心して話せる。まず誤解しない。俺の性格もわかっているから夢も見ない」
「夢ですか?」
「洗練されたスマートなエスコートをして、女性が喜ぶプレゼントを用意して、楽しい会話で場を盛り上げるような男だと」
「そんな男は女慣れしていて信用できません。結婚相手には不向きですよ」
「そうだよな。夢を見ている女性にそう言ってきてほしいよ」
結婚するまで男性との接点がほとんどない女性たちの中には、恋に恋して夢を見てしまう人もいるものよ。
それに学園で相手を見つけられないまま領地に帰った女性たちって、王都に行く機会がぐっと減ってしまうのよ。
領地持ちかよほど商売がうまくいっている家でないと、王都に別邸を持って、そこで生活をするなんて出来ないから。
そこに殿下が若い男性の側近や侍従を連れてやってきたら、そりゃあ期待しちゃうよね。
見飽きた地元の男達より彼らのほうが素敵に見えるんでしょう。
「身構えずに会話できる可愛い女性というのは、非常に貴重な存在だ。ローズマリーもアレクシアもそうだが、彼女たちは会う機会が少ないからな」
「十七歳にもなって他に友人の女性がいないって……」
「悪かったな。おまえだって結局友人は作れなかったんだろう?」
「そんなことはないですよ」
聞き役に徹したおかげで、仲良くなれた子供だっているわ。
でも今はまだ保母さんの気分で徹しているから、友人とは言えないわね。
「成人する頃には普通に話せるようになっているでしょうから、今はもう諦めます。聞き役に徹して場を盛り上げようとしたら好きだと誤解されてしまったら、もうどうしていいかわかりません。それに誤解させる私が悪いように言う人もいますし」
「誰だそれは」
ここで殿下に具体的に名前を言うわけにはいかないわよ。
もうギルモアのおかげで問題解決しているのだから、そっとしておくのが一番だわ。
「おまえが行動を改める必要なんてないんだぞ。勝手に誤解して、おまえの気持ちも確認しないでひとりで盛りあがるガキが悪い。その言葉を鵜呑みにして動く親も悪いんだ」
「しかし殿下、これ以上揉め事を招かないためにも、近寄りがたい雰囲気や気が強い女性だというイメージは有効ですよ」
そうよね。
公爵家の女の子たちはみんな、冷ややかな表情がとても上手よ。
男の子たちは怒らせるとこわいから、あまり近寄らない。
「シェリルが気を使わなくてはいけないのはおかしいだろう。陛下が目をかけている子供だという話は、この年末年始で広まったはずだ。これでもまだ誤解して言い寄る男がいたらそいつが悪い」
「それはそうなんですが……」
「出来るだけ揉め事を起こさない事なかれ主義で、相手に合わせろというのか? アレクシアの時に、出来るだけ穏便に済ませようとして時間がかかり、彼女につらい思いをさせたのを忘れたのか?」
「いえ……そうでした。話の通じる相手にだけ、問題が起こらないようにしろというのは間違っていました」
ん? なんでふたりの中で話がまとまっているの?
私は誤解されないように行動する気でいたのに?
「シェリルは今まで通り、普通に自分らしく行動すればいい。それで言い寄ってきたり誤解するやつがいたら、そいつらは排除すればいいんだ」
「排除って……」
「殿下、それより話さなくてはいけないことがあるじゃないですか。先延ばしにしないで話さなくては駄目ですよ」
「ああ……」
ついさっきまで力強く話をしていたのに、レイフ様に言われた殿下は情けない声をあげて机に突っ伏してしまった。
「なんの話ですか?」
一向に殿下が顔をあげないので、窺いながら聞いてみた。
殿下は机の上に投げ出した手で拳を作って起き上がって話す気力を奮い立たせているみたいなんだけど、まったく成功していないようで動かない。
仕方ないのでレイフ様のほうを見たら、ため息をついて話し始めた。
「そろそろ全ての転生者が記憶を取り戻したようなので、強制はしないので希望者だけ会合をしないかという話があるんです」
「もしかしてヘンリエッタ王女が……」
「はい。言い出したのはアードモア王国の転生者たちです」
まだごねるのか。
会ったら何か変わると本気で思っているの?
「今回が最後だ」
ようやく殿下ががばっと身を起こした。
「多くの者が成人し、それぞれの国で重要な立場にいる。いくら前世で同じ日本にいた記憶があるとはいっても、それはあくまで前世の話だ。転生した以上、いつまでも過去を引き摺っているのはよくない。だからこれが最後の会合で、今後は非常時にのみ決められた人間同士だけがやり取りすることにする」
「ヘンリエッタ王女も同意しているんですか?」
「同意しなければ会合はなし。それでも彼女が何かやらかした場合は、教皇とクロフが神に報告し何らかの処分をしてもらうという話になっている」
……神様が出てくる?
この世界は神様が身近だとは感じていたけど、お願いしたら動いてくれるとは思わなかった。
そしてやっぱりクロフって人は、ちょっと他の転生者とは別格なんじゃない?
全世界に情報網を持っている情報屋って、存在自体がチートっぽいとは思っていたけど、教皇と同じくらいに神と近い存在なんでしょ?
「ノアとクリスタルは興味がないから参加しないと言っていました。フューリア公国の教皇の住居で今回も会合は行われるのですが、あの国の転生者たちは静かに暮らしたいということで、教皇とあとひとりくらいしか参加しないそうです」
会合をやりたいのは、アードモア王国だけなんじゃない。
「私も参加したくありません」
ヒロインはどんなやつなのか興味津々で、それで顔を見てみたいんでしょ?
期待されても中身はオバサンなんだから、がっかりするだけなのに。
「すまないが、ヘンリエッタとユーインがおまえに会いたいと言っている」
「ユーイン?」
「男のプレイヤーキャラだ。ヒーローだよ」
「ああ……」
「ここで会って決着をつけたほうが、あとあと面倒なことにならないで済む。会合の場なら俺たちも一緒にいられるからな」
確かにそうだわ。
ここで逃げたせいで押しかけてこられたら大変なことになる。
それに、ヘンリエッタ王女のせいで悪い印象を持ってしまっているけど、他の転生者たちは普通の人達なんでしょう?
他国に知り合いがいることがプラスになることも出てくるかもしれない。
「わかりました」
アレクシアもローズマリー様も参加するみたいだから力強い。
もしかしたら気の合う転生者がいるかもしれないし、あまり悪い方向に考えないようにしよう。




