オバサンは本気で仕事と勉強が好き 1
ジョシュア様が帰るのに合わせて私とレイフ様も仕事に戻り、その日は殿下に会わないまま帰宅した。
次の仕事の日にはもちろん顔を合わせたんだけど、私も殿下も中身は大人だからこういう時はどうするかというと、何もなかった振りをするのよ。
私は何も聞かなかった振り。
レイフ様からそういう会話をしたことは報告されているだろうけど、殿下も何も聞かなかった振り。
今までと全く何も変わらない毎日よ。
年をとると、そういうずるさっていうの? ある意味賢さ?
職場に居づらくなるのは嫌だし、今の居心地のいい関係を維持するためにも波風立てないようにするのは大事だわ。
私に結婚する気がないのは殿下もよく知っている。
殿下も王太子が誰になるか決定して婚約者が決まるまで、自分は婚約しないと明言している。
周りの思惑は今の私たちには無関係よ。
それよりレイフとアレクシアが両想いになったことのほうが重要だわ。
自分で言いたかったのに! とアレクシアが悔しがっていたので、ローズマリー様に連絡をして三人で人気のカフェでお祝いをした。
無事に王都に照り焼きチキンバーガーや玉子サンドを販売する店も完成したので、そちらは関係者が勢揃いしてマガリッジの屋敷でお祝いして、その時に改めてレイフとアレクシアが婚約することが報告されたの。
アレクシアは今までつらい思いをしてきたんだから、これからは幸せになってほしいわ。
レイフ様も家族と離れて王都でひとりで生活していたのを、マガリッジに引っ越すことに決めたのだそうよ。
まだ同居ではなくて、マヨソースを製造している建物の近くに家を借りたんですって。
もう一緒に住んじゃえばいいじゃないかって、みんなに言われていた。
そうして平穏に毎日が過ぎ、年末になり王宮での仕事がお休みになった。
王弟殿下は自分の領地に向かい、レイフ様は王弟殿下が王宮を辞める時に大公領について行くと決めているので、マガリッジ領と大公領を転移魔法で行き来して仕事や年末年始の祝賀行事をこなすことにしたのだそうだ。
そんな無理して大丈夫? と思っていたんだけど、私も負けないくらいに忙しかった。
領地がふたつに分かれているから、家族で手分けして両方に顔を出すでしょ?
ギルモアの祝賀会だって最優先で参加しなくちゃいけないし、マガリッジ領にも行きたいじゃない。
それに公爵家や侯爵家から招待状がきたら、断れないわよ。
うちはギルモアという強力なバックがいるうえに、王族やいくつもの公爵家と親しくしているのは有名なので、来てくれたらラッキーくらいの気分で招待状を送ってくる家がけっこうあったそうだ。
でもその強力なバックのおかげで、断っても揉めることもなかったそうよ。
両親は仕事関係のお祝いや王宮の公式行事の参加もあって、本当に忙しかったんだからしょうがないのよ。
そして、それだけいろんなところに顔を出せば、さすがに知り合いは増えるものよ。
子供の相手だってもう大丈夫。
オバサンだった時と同じように、聞くことに徹すればいいと気付いたからね。
「へーそうなんだ。うんうん、すごいね。それで? わー、よく知ってるね」
自分の話に興味を持ってくれる相手って、子供じゃなくたって好きじゃない?
まして貴族の子供は侍従や侍女に囲まれて生活しているから、自分の話を相手に聞かせるのは慣れているのよ。
これなら子供らしくなんて気にしなくてもいいし、話題を探さなくて済むでしょ。
ただ問題があって、子供ってどこまで話していいのかわかっていないじゃない。
お父様がこんな話をしていたとか、両親が喧嘩してこんなことを言っていたとか、そこまで話したらまずいんじゃないかってことも平気で話すのよ。
子供ばかりが集まっている場所での会話だと、大人たちは自分の子供が何を暴露しているか気付かないから誰も止めないもんで、いつの間にか私はいろんな家の内情に詳しくなってしまっていた。
私ね、記憶力がいいのよ。
ほとんどの貴族の名前も家族構成も領地の場所も、最近の財政状況まで覚えているところに、新たな情報がどんどん上乗せされてしまって、挨拶する時にこの人って実はこうなんだよなってわかっているって複雑な気分よ。
子供の話だから、ほとんどがたわいのない家族だけが知っている内緒話くらいの話題なんだけど、ごく一部、これは外に知られたらマジでやばいんじゃない? って話もあって、話を聞いていて青くなったわ。
年が明けても、殿下が大公領から帰ってくるまでは王宮のお仕事はお休みにすると言われていたので、私は領地に残って勉強に打ち込むことにした。
王都に行くと何かと用事が出来たりするけど、領地にいるのならば誘われても断りやすいから。
そうしてひと月が過ぎて、ひさしぶりの王宮は特に変わったこともなく、いつものようにアレクシアに送ってもらって執務室のある建物に行き、そこでグレアム伯爵に引き渡されるという手順で職場に向かった。
「もう迷子にならないで職場にいけますよ?」
「ひとりで歩いていたら、周りに人が群がってきてもみくちゃにされますよ」
祝賀会以降、いろんなところのお茶会や年末年始のお祝いに出席したせいで、更に有名になってしまった私をひとりには出来ないと、保護者の皆様が対応を協議してくださったんだそうなの。
そんなご迷惑をおかけしていただなんて、申し訳ないわ。
「おはよう。ひさしぶりだな、元気だったか」
一か月ぶりに会った王弟殿下は、あいかわらずまばゆいばかりの美形だったけど、領地でのんびり過ごせたのか、表情が柔らかくなって気さくな雰囲気が三割り増しになっていた。
王宮にいると、いろいろと面倒ごとが多いんだろうね。
「はい。元気にやっています」
「また問題が起こったそうだな」
せっかく明るく新年のあいさつをしようと思っていたのに、すぐにそういう話?
どこから話が伝わっているのよ。
「問題なんて言うほどのことではありませんわ」
ちらっとレイフ様の表情を窺ってみたら、同じように心配そうな表情をしていて後ろめたい気分になってきた。
私ね、自分が可愛い女の子だってことを忘れちゃうのよね。
男の子って、にこにこと優しい笑顔で楽しそうに話を聞いてくれる可愛い女の子って好きなのよ。
中には、この子は僕のことを好きなんじゃないかって勘違いする子も出てきたりするの。
オバサンの時はそんな心配をしなくてよかったから、それで婚約の話が出てきた時には驚いたわよ。
高位貴族の方達や王宮で仕事をしていて情報通の人達は、私がどういう経緯でどういう立場かわかっている。
保護者になっている人たちの顔ぶれも知っている。
でも地方の貴族や派閥的に接点がない伯爵家以下のおうちの人達は、子供が乗り気になっているお嬢さんがいて、家は商売がうまくいっていて子爵に陞爵されたばかりと聞けば、いい縁組だと思っちゃうのよ。
それで私が領地でのんびりしている間に、うちの両親はギルモアの名前を使いまくって五件ほどお断りさせていただいたのだそうよ。
私、モテモテじゃない?
見た目ってやっぱり重要なのね。
前世では、こんなに男性にモテたことなんて全くなかったわ。
「婚約者がいるのにシェリルに惚れて、婚約解消して結婚するんだって言い出したガキがいたんだそうだな」
「……よくご存知ですね」
「はあ、十一歳にしてもう男を虜にするようになるとは。予想より早かったですね」
レイフ様の言い方だと、私が悪いみたいじゃない。
やれやれって感じでため息をつかないでよ。
「普通に言葉を交わしただけですよ。ふたりだけで話をしたわけではないし、相手は三つも年上なんですよ? なんでそんな誤解をされたか不思議なんです」
うちがその話を知った原因が男の子側じゃなくて、婚約解消を言われた女の子側のおうちで、親がものすごい剣幕で、お宅のお嬢さんは婚約者のいる男性に言い寄るんですかって、うちに押し掛けてきて文句を言ったらしいの。
私は領地にいたから、すぐに王都の屋敷に商会の魔道士に転移で連れて行ってもらったわ。
相手のご夫婦は私の姿を見て、すごい嫌そうな顔をしていたっけ。
そして私が、その男の子とは挨拶をして、五人ほどで少し言葉を交わしただけなのでどんな子だったかよく覚えていないって答えたら、今度は相手の男の子に呆れかえっていたわ。
念のために連絡をしておいたギルモアの大伯母様も来てくれて、間に入って男の子の家に問い合わせてくださって、どうやら相手の男の子が一方的に私に惚れて暴走したということがわかって、女の子側の御両親は失礼なことをしたと謝ってはくれたんだけど、
「しかし何もないのにそんな誤解をするとは思えない。その子にだけ愛想よくしたんじゃないか。それだけ可愛いのだから、婚約者のいる相手とは親しくしないほうがいい」
と言われてしまったわ。
「相手の男の子ではなくシェリルを責めるなんてどういうこと!?」
大伯母様が私より怒ってくれたのは嬉しかったわ。
話をするだけで誤解されるって、私が悪いんじゃないでしょ?
笑顔も駄目ってことは無表情でいろっていうこと?
ああ、それで公爵家のお嬢様方はあまり表情を顔に出さないで、冷ややかな雰囲気を纏っているのね。
「ギルモアの大伯母様がお嬢さんにもっといい相手を紹介すると約束をしたら、急にご両親も愛想がよくなったので大丈夫です。男の子のほうは私がよく覚えていないという話を聞いてショックを受けていたそうですけど、ギルモア相手にこれ以上揉めたくないそうですし、事実を確認しないで婚約解消の話を進めたことで、その家の評判がすっかり悪くなってしまいましたのでおとなしくしていると思います」
社交界的にも、巻き込まれた私はいい迷惑だったという噂になっているようだから、特に問題はない。
ただ男の子の家の当主は高位貴族の方達に、陛下の意向を無視する愚かな家だと嫌味を言われているそうよ。
情報は大事。
特に上下関係の厳しい貴族社会で生き残るためには、ものすごく大事。
同時に、高位貴族の方と親しくしておくのも大事。
上の方達しか知らない情報ってたくさんあるからね。
「ということですので、もう問題は解決しました。では私は、財務省にご挨拶に行ってきますね」
「もう行くのか!?」
え? 他に何を話すの?
報告することなんてあった?
「王弟殿下は気楽に会話できる相手に飢えているんですよ」
「レイフ」
「そうじゃないですか。領地では大公様だと大人気でしたけど、敬われてばかりですし、大公らしく悠然と多少厳しさもある雰囲気づくりをしないといけなかったでしょう?」
雰囲気づくり……やっぱりそうなのね。
仲良くなるだけじゃなくて、正しい距離感も示さないといけないんだわ。
公爵家のお嬢さんたちをお手本に、私も笑顔はあまり見せないようにしよう。
でも聞き上手も駄目な場合、もう子供との会話は無理だ。友達作りは諦めようかな。
「僕はマガリッジに行ったり、王都の社交界にも顔を出していたのでそれほどでもなかったんですけど、地方にだけいると僕でも貴族様だと恐れられますからね。あまり親しみがあっても駄目だし、怖がられ過ぎてしまうのも駄目なので難しいんですよ」
レイフ様だって子爵なんだから、れっきとした貴族様でしょう。
私だって領地では、変わり者の天才お嬢様として人気だけど距離はしっかりとられているわよ。
特にバリークレアでは、生活を豊かにしてくれる恩人だと思われて、跪いてくれちゃう人までいたわ。
「王弟なんですからそんなの今更じゃないですか? あほ言ってないで仕事してください」
「それ! そういう返しがたまには必要なんだ。レイフはアレクシアにやられているからな」
「……やられてませんよ」
何を言ってるのこの人たちは?
怒られたいお年頃なの?




