ヘンリエッタ王女と光魔法 3
……いえ、頭から否定してしまっては駄目よ。
ジョシュア様が冗談でこんな話をするわけがないんだから。
ギルモアの立場で考えれば、充分にあり得る話だわ。
私を守るには結婚相手は身分が高いほうがいいし、殿下は私のことを理解してくれている。
今までだって、私のためにさんざん動いてくれていたんだから、ギルモア侯爵家としてはこのまま結婚してくれれば安心だと思うのも頷ける。
大公家と繋がりが持てるというのも大きいわよね。
そのために無理に結婚させようとはしないだろうけど、確かに殿下ほど条件のいい相手はどこを探しても他にはいない。
「……でも」
「何かいろいろ考えていたね」
ジョシュア様がとても楽しそうだ。
レイフ様なんて額を押さえて、ため息をついているのに。
「確かにギルモア側から考えれば、殿下と私が結婚するのはいいことずくめでしょうけど、殿下は違います。爵位があるからといって、成り上がりの子爵家の娘と結婚しても何も得るものはありません」
仕事の伝達事項を話すように淡々と答えたら、ジョシュア様は目を三日月みたいに細めてふふふと笑った。
たぶんこの笑顔を写真にできたなら、高値でお嬢さんたちに売れるわ。
「殿下にとっても、きみはちょうどいい境遇なんだよ。きみと結婚するということは、王位にまったく興味がないんだとはっきり示したことになる」
「ああ、なるほど」
王族では許されない相手でも、王位継承権を放棄した大公にとってはちょうどいい相手なんだ。
「ただ身分が低いだけでは周囲が認めないだろうけど、ギルモアという親戚がいて高位貴族の方々に好かれている。それは祝賀会と誕生日会に証明済みだろう?」
「言いたいことはわかります。わかりますけど、他にも素敵なお嬢さんはたくさんいますよ。それに既に王位継承権は放棄しているんですし大公になることも決まっているんですから、もっと自由にお嫁さん探しをしてもいいじゃないですか」
「殿下の代はよくても、それだと次の代で問題が出るかもしれない」
次の代?
殿下の子供の代の話!?
「さすがラスボス殿下はカリスマ性があるし、誰にでも好かれる。出過ぎず、有能さは発揮して、実にうまく行動していると思わないか? それに比べると王子たちは普通の子供だ。殿下が十歳の頃はもう公務の手伝いをしていたのに、第一王子は呑気に遊び回っている」
「人生二度目の殿下と比べては気の毒です」
「そんなの貴族たちは知らないからしかたない。殿下の息子が優秀で、次期国王の息子がそれほどでもなかった場合、母親の血筋が問題になってくるんだ」
「……そこまでは考えていませんでした」
王子たちは侯爵家以上か他国の王家と縁組をするでしょうから、それより弱い家の娘と結婚しておけば、息子たちが争う心配も少なくなるってことなのね。
そうかあ。王家ってそこまで考えて相手を選ばないといけないんだ。
「でもまだ納得はしません。伯爵家の御令嬢がたくさんいるじゃないですか。条件のいい相手も……」
「ああ、それは……」
ここまで話が進んでしまったら仕方ないとでも思ったのか、レイフ様が話し始めた。
「そもそも殿下は社交界に興味がなくて、あまり御令嬢と親しくお付き合いしません。あの方が楽しそうにお話をしている女性は、あなたくらいなんですよ」
うわああああ、何をしてるんですか。
あの人はもう十七歳よ?
そろそろ浮いた話のひとつやふたつ、なくてどうすんの。
「はあ。こういう話は、もっと後でもいいと思っていたんですけどね。誤解しないでくださいね。殿下はシェリルには自由に仕事をしてもらいたいと思っているんです。だから目立たないようにと何度も言っていたでしょう?」
「言われてました」
なんてこと。
今は受験にかかりきりで、結婚なんて自分には関係のない話だと思っていたわ。
いえ、関係ないんだけどね。
殿下だって王太子が決まって、その人の婚約者が決まるまでは結婚しないって明言しているんだし、ギルモアの大伯父様もうちの両親も、すぐにどうこうなんて考えてはいないはず。
ただ少しずつ将来に向けて動いているってだけのことよ。
「心には留めておきます。ヘンリエッタ王女のせいでこの話題になったのでしょうけど、私も殿下も全くその気はありません」
「そうかなあ。マガリッジに屋敷を持つなんてよっぽどじゃない?」
「それはマガリッジ風料理目当てですよ」
「胃袋掴んだんでしょ?」
掴んでないから!
今でもマガリッジに若い人がだいぶ戻ってきて、マガリッジ風料理が定番化してきているのよ?
そのうち王都でもマガリッジ風料理の店がいくつも開店して、いつでも食べられるようになるわよ。
「シェリルは自分の容姿や魅力を自覚していないから困るよね」
「……ジョシュア様にそんなことを言われるのは、大変こわいのでやめていただきたいです」
「ひどいな。僕はきみが婚約者に決まっても嫌じゃないよ?」
ひいいい。こわいこわい。
なにを言ってるんですか、この子は。
「会話して楽しいし、何をやらかすかわからなくておもしろいし、頭がいい。高位貴族を味方につけているから頼りになって、なによりローズマリーが喜ぶ」
出たな、シスコン。
それが一番の理由でしょう。
「ありえないけどね。派閥的にも、力関係的にも。うちはまだまだ今後ごたつくだろうから」
「え?」
「ゲームでは僕が公爵になっているんだろう?」
「そんなの関係ないんじゃないですか? 殿下はラスボスになっていないし、ローズマリー様だって悪役令嬢になっていませんよ」
「まだわからないじゃないか」
いやいやいや、やめてくださいよ。
あんなに仲のいい兄弟なのに、これから殿下が陛下を殺そうとするなんてありえませんよ。
そんなことをしようとしたら、どんな手を使っても止めますよ、私は。
「祖父も前国王もゲームの内容通りの時期に亡くなった。他にもそういう人は何人もいるんだ。転生者じゃないキャラたちは、ゲームの影響を強く受けているのかもしれない。それに、うちの父はワディンガム公爵家の当主にはふさわしくない」
「ジョシュア様?」
「ふふ、そんな心配そうな顔をしなくても大丈夫。ローズマリーが悲しむようなことをする気はないよ。もう自滅に向かって突き進んでいるから、そっと背中を押してあげればいいだけだよ」
何か小声で呟いているけど、よく聞き取れない。
直接手にかけるなんて思っていないけど、陥れることくらいはしそうなのよ。
大丈夫かな。
「シェリルの人生ですから、僕がどうこう言える立場ではないのはわかっています。でも心配なんですよ。この世界で独身で生きていくというのは、とても大変なことなんです」
「わかってますよ。でもレイフ様は忘れていませんか? 昭和の時代は寿退社して専業主婦になり、夫を支え子供を育てるのが幸せだと言われていたんです。さすがに私が働いていた頃は、夫婦共働きが当たり前になっていましたけど、セクハラだなんて文句も言えない時代で、三十過ぎたら売れ残りと言われたんですよ」
私は都市部で生活していたから、地方よりはずっとひとりでも生きやすかったけど、それでもいろいろ言われたものよ。
「バルナモアでは十七までに婚約して十八で結婚するのが普通で、二十歳を超すと売れ残りって言われるよ」
「あ、アレクシアはもうすぐ十七歳だわ」
「彼女は大丈夫です」
でも爵位があるし急がなくてもいいよねって続ける気だったのに、レイフ様がきっぱりと言い切った。
「彼女の心配よりも自分の心配をですね」
「へえ、そうなんだ」
ジョシュア様が察してにやにやしながら横目でレイフ様を見た。
今日は表情豊かじゃない?
それとも成長するにつれて、いろんな表情を出来るようになったのかしら。
「おめでとう」
「まだですよ。誕生日に発表する予定で、その前にアレクシアからシェリルに伝えるんだと言っていたのに……」
ん? あ、そういうこと?
なに? やっと両想いになったの!?
それでつい、黙っていられなくて言っちゃったのか。
マヨソース制作や領地復興で一緒にいる時間が増えて、ふたりでいろいろ話すうちに自然とそういう流れになったのかな。
細かいことは今度、ローズマリー様が一緒にいる時にでもアレクシアに聞いてみよう。
「ヘンリエッタ王女の騒ぎのせいで伝える機会を逃してしまったと落ち込んでいたので、僕が話したと知られたら文句を言われる」
「はいはい。ご馳走様です。うちの両親もアレクシアのことは気にかけていたから、今度ふたりで挨拶に来てくれると嬉しいわ」
「もちろんですよ」
よかった。
うちを居心地がいいとは言ってくれていたけど、家族の食事の席に加わるのは遠慮したままだったし、領地の仕事が忙しくなってからは自分の屋敷で過ごす時間が増えていたから、心配だったの。
レイフ様なら安心だわ。
「話を戻すけどさ」
「戻すんですか」
「殿下と結婚するかもって話が出たのに、こんなに平静な女の子ってどうなの? もっと意識するとか、照れるとか、何かないの?」
意識? 照れる?
「条件的にちょうどいいなんて話にした僕も悪いけど、十一歳の女の子としては、殿下みたいな容姿端麗な男の人と結婚って言われたら、もっとこうさ、あるでしょ」
「ジョシュア、無理ですよ。彼女はもう前世の意識に子供の意識が乗っ取られているんですよ。恋愛もときめきも結婚も、自分とは関係のないことだと思い込んでいるんです」
「ちゃんと鏡を見てるのかい? 枯れている十一歳は違和感がありすぎて、さすがに周りもおかしいと思うんじゃないかな」
「彼女がおかしいのはいつもですから」
このふたり、本人の前で好き勝手言ってない?
枯れている十一歳って何さ。
そりゃ、間違ってはいないけども。
王弟殿下は上司で転生仲間で、友人のようにずっと接してきたから、今更違う付き合い方をしろと言われても困るのよ。
今の関係がちょうどいい距離感なの。
恋愛はね、気力も体力もいるものよ?
だからめんどうなのよね。
ひとりは気楽でいいわ。
「おっと、さすがに戻らないとまずい。陛下にシェリルはまったく結婚する気がないようだし、殿下を男と思っていないって言っておくよ」
「それは不敬になるのでは?」
「どうだろ」
「男だとは思っています。レイフ様もジョシュア様も男だと思っていますよ。女だとは思っていませんよ」
「そういう意味じゃないってわかってるよね」
ぶつぶつ言いながら、それでも機嫌よさそうにジョシュア様は自分の職場に帰っていった。
レイフ様も私も他の人に比べて年齢が近いから、たまにはこういうのも楽しいんだそうだ。
そういえば彼だって、そろそろ婚約者を決めなくちゃ駄目なんじゃない?
どこのお嬢さんを選ぶのかしら。




