第477話 詰みました
「で、相談って何です?」
俺の口調がぞんざいになるのは、勘弁してもらおう。ここまでの流れで、「婿殿への相談」の一つは、容易に想像できるからな。おそらく、フィオが予想していたとおりの、ありがたくない頼みだろう。
そんな感情がジェラルディーナさんにも伝わったのだろう。一瞬バツ悪そうな表情を見せた森人族長だが、それから十秒もたたぬうちに、想定どおりの台詞を吐き出した。
「うむ、まあ……婿殿は女を抱けば百発百中。光の勇者を除けば孕まぬ者はいなかったと聞く。森人は極めて子が出来にくいのだが……こうしてフィオにも、一撃で命中させた」
「お、お母さん……」
母親の口から出る下世話な表現に、フィオが長耳を紅く染める。子が出来てなおこういうふうに初々しさを失わないところがまた、たまらなくイケるのだが、今はそういう場合じゃない。
「ようは、森人の女性に、種付けせよと?」
「そうだ。我々はそなたら人族の助けを借り、大樹の偉大な力を取り戻すことができた。あとは次代を担う若者さえ増えてくれれば、未来に向けて里を発展させることができよう。そしてそれをなすためには、人族が言う『神の種』が必要なのだ」
うん、族長の言ってることは、実によく理解できる。人は国の基だからな。俺が彼女の立場だったとしたら、同じことを主張するかもしれない。
だけど……どうしても抵抗感あるんだよね。
まあこの冬は「リラの会」メンバー数十人に、「ご褒美」として種付けなどいたした俺。ひとりひとり違った味わいがあってそれはそれで実に気持ちよく……いやいや、さすがに元世界六十年の常識が染み付いてしまっている俺にとって、まさに競走馬か和牛の種付けのごとく、深い想いを伴わないただの繁殖行為ってのは、お相手に申し訳ないって気持ちが強いんだ。ああそういえば、グレーテルに課されたリラの会メンバーへの「ノルマ」もまだ、終了していないのだった。
そして族長の目的が「将来に向けて一族の人口を増やすこと」であるとすれば、お相手が数人で済むはずもない。また俺の脳内で「友達百人、できるかな〜♩」って歌が流れ出す。しかも森人はグレーテルほどではないけど、子供ができにくい体質なのだという。一体何回いたせば、ノルマ達成を褒めてもらえるのか、想像つかないぞ。これは、何かお断りの口実を探さねば。
「お困りの状況は分かりました。俺の種を付けたら確かに、子供ができるかもしれません。だけどそれはあくまで、人族との混血。純血を尊ぶという森人一族は、それを受け入れ難いのでは?」
痛いところをついてやったつもりだったのだが、族長は顔色も変えない。
「もはや、高貴な血だの選ばれた者だの、そんな眠たいことを言っておられる状況でもない。その認識は他の者たちも同様よ。ほれ、人族の子供があのように愛しまれておるではないか」
確かに、ファニーやマリー、ハルト、そして明らかにオークの血を引いているレーアですら、森人女性たちに囲まれている。書物では閉鎖的だとされていた森人の気質も、長い衰退の時を経て、変わってきているようだ。
「それに、ナディアの姿を見よ。どこから見ても森人の高貴な姿そのもの。伝え聞くところでは、婿殿の子は多少の例外あれど、みな母親の形質を正確に受け継ぐという。ならばそなたと森人の間にできた子は、『森人の子』といって問題なかろうよ」
ぐぐっ、反論できない。
だが、ここで簡単に折れるわけにはいかないぞ。何とか種付けロードを回避せねば。
「俺は自分で種付け相手を決める権限はありません。配偶者である王太女ベアトリクス殿下の意向を伺わずして、勝手に種付けをすることはできないのです」
よし、我ながらうまい逃げ口上だ。ベアトの許可を得ようと思ったら、王都まで使いを出して、高位貴族たちがああでもないこうでもないと議論して……諾という返事が来るまでに、たっぷり時間を稼げるはず。その間に逃げ出すなり、お相手の数を減らす交渉をするなり、状況を改善することを考えよう。
「なるほど、それはもっともなこと。さすがは次期王配に選ばれるだけのことはある、貞操観念もしっかりしているな。そうなると……ベアトリクス殿下のお許しをいただけば、種付けすることにやぶさかではない、ということでよいな?」
「はい」
俺が答えた瞬間、ジェラルディーナさんの唇の端が、ものすごく意味ありげに上がった気がした。あれ? 俺もしかして、下手を打った?
「なるほど、困ったものだ。王太女殿下ははるか彼方の王都におわすが……首席補佐官殿、名案はないだろうか?」
補佐官っていうのは、もちろんアデルのことだ。いきなり無茶振りをかまされ、驚くはずの彼女が、なぜか口許に笑みを浮かべる。
「はい。ベアトリクス殿下からは、このようなことがあろうかと、親書を託されております、これを」
あれ? 陛下とベアトからの正式な「親書」は、ここについてすぐ、族長に手渡されたはず。その内容はもちろん俺も知っていて……今後の定期訪問や攻守同盟、物産の交易などにつき記されていたはずだ。だけどアデルはなぜかもう一通、ベアトからの「俺の知らない」親書を携えてきたらしい。これはもしかして、とってもよくない流れでは……。
族長が、もったいぶった所作で封を切り、出てきた紙切れを読み上げる。
「我、ベルゼンブリュック王太女ベアトリクスは、ここに約す。信頼する同盟者である森人の要望に応じ、配偶者ルートヴィヒの『神の種』を供することに同意する。付帯する条件詳細については、首席補佐官アデルハイドに全権を委任する」
つ、詰んだ……。




