第476話 孫フィーバー
「おぉ……まさにフィオと生き写しではないか。このように愛しき存在が、この世におろうとは……」
「ばぁば!」
「なんと、ばばと呼んでくれたか! さすがは我が孫、実に賢いではないか!」
ジェラルディーナ族長の孫フィーバーぶりがすげえな。
ちなみに俺の子はなぜかみんな発語が早く、一歳ちょっとでばばと呼べるのは、族長の血と何の関係もないのだが……ま、喜んでくれているのなら、そこは言わぬが花だ。
七日ばかりの旅で、俺たちは森人の里に到った。
三歳児の足に合わせたのんびりまったりした旅だったけれど、前回と違ってあちこち手がかりを探してうろうろさせられることもなく、まっすぐ目的地に向かうことができたことで、予想より早く到着できたんだ。ま、次にここへ来る時には、アデルに頼んでひとっ翔びだ、この遠足も最後の思い出ってことになるだろう。
族長は、まだ孫フィーバーの世界から戻ってこない。
まあ、アッシュゴールドのキラキラ輝く髪と、いかにも森の住人っぽいライトグリーンの瞳、そして赤ちゃんにしては細面の造作……何から何までフィオの形質を受け継いでいるナディアだ。娘の幼い頃を思い出したおばばが涙ぐんでしまうのも、無理なきことか。
「ルッツ様、ありがとうございます。お母さんがこんなに喜んでくれる姿を見られただけで、私はもう……」
隣に立って見つめるフィオの目からも、透明な雫がこぼれ落ちている。こんなに感激してくれるんだったら、もう少し早く連れてくるのだったかなあ。ま、おかげで一番可愛い年頃の孫を見せてやれたんだ、勘弁してもらおう。
後ろの方では、他の子供たちがなぜか大人気だ。森人は子供が少ないぶん、やたらと子供を可愛がってくれるというのは、本当なんだなあ。
お姉さんたちが……まあ実年齢はいくつなのやらわからないのだが……きゃいきゃいと集まって騒いでいる。彼女らの輪の中心にいるのは、もちろんファニーだ。人族の姫なんて、珍しくて仕方ないのだろうけど、それに輪をかけて我が娘のあけっぴろげなコミュニケーションが、お姉さんたちには新鮮で好ましく感じられるらしい。べらべらしゃべりまくるファニーの姿に、お姉さんたちが優しく目尻など下げている。
隅っこの方には、たくさんの弓や細剣が並べられている。マリーが鑑定スキル持ちであることを聞きつけた職人たちが、己の作品を持ち寄ってその品質を問い……落胆したり狂喜したり。ま、鑑定スキルは人族にしか生えないって言うから、マリーの訪問は彼らにとって、千載一遇のチャンスなのだろう。
渾身の作だという特別仕立ての強弓を手に取ったレーアが、屈強な男でさえ扱いに難渋するというそれをあっさりと引いてみせ、森人たちが驚きの声を漏らす。もはや腕力は男どもでは敵わず、身体強化をかけた女性でなければ対抗出来ないほど強くなった彼女だからな。負けず嫌いのヴィーももちろん挑戦して……身体強化術で引く力は十分だが、弓の大きさに体格が追いつかずあえなく断念。地団駄踏んでくやしがる彼女を、色っぽい森人お姉さんが、優しく抱きしめてなだめてくれている。
ふうん、俺は元世界で読んだラノベの影響で、エルフそっくりの森人たちは、孤高を貫くクールな奴らなんじゃないかって印象を持っていた。わけわからない行動ばかりする幼児なんかはウザいだけなのだろうと勝手に思い込んでいたけれど、なんだかんだ言ってみんな子供好きなんだなあ、意外だ。
「ええ、私たちは元々、いとけなき者をこよなく愛する民族。幼い子供に対する愛情は、おそらく人間族より強いのではないかと思いますが……ここ数千年の間、徐々にですが男女の間に子が生まれにくくなってきたのです。特に近年その傾向はますます強く……この百年間に里で生まれた子は、私も含めわずか五人のみ。私たち一族は、緩やかに滅びの道を進んでいるのでしょう」
ライトグリーンの目が、切なげに細められる。彼女とて森人の姫なのだ、ゆっくりであっても里が明らかに衰退していくのを目の当たりにするのは、もちろん辛いだろう。何とかしてあげたいけど……これは難しい問題だ。もしかして、長寿の森人が増えすぎないようにという、いわゆる天の配剤ってやつかもしれないしなあ。
そんなことを考えていた俺の背後から、不意に声が浴びせられた。
「うむ、天は我々に、滅びよと命じているのかもしれぬ。だが族長たる私は、その命に抗う責任があるのだ」
振り向けばそこに、孫を抱いたジェラルディーナさんの姿があった。さっきまでナディアの可愛さにめろめろになって、だらしなくとろけまくっていたことなどまったく窺えない、キリッと引き締まった、君主にふさわしい表情で。
そのカッコよさにしばらく見惚れていた俺だけど、次の言葉で我に返る。
「うむ。そこで我が婿殿に相談があるのだ。たった二つだがな」
気がつけばこの女族長が、何か企んでいるような悪い表情になっている。思わず笑う◯ぇるすまんの顔を思い出したのは内緒だが……間違いなくこの女性は、ロクでもないことを頼んでくるのだろう。
俺は、深い深いため息をついた。




