第475話 森人への謝礼は?
「このへんには、つよいまものは、いないんですって」
ファニーが俺たちに、安全を告げる。なんでそんなことがわかるのかって? それは彼女が母親譲りの木属性魔法で、森の木々と会話できているからだ。
生まれながらに火の精霊王スヴァローグが憑いていたファニーは、その精霊王に魔力を封印され、本来得意であるはずの属性魔法がまったく使えなかった。
だが強き我が娘は、ガブリエラの力を借りて、スヴァローグと契約を結んだ。彼女を守ると誓った精霊王は封じていたファニーの魔力を解放して……このにぎやかな次々期女王はそれ以来、木属性魔法の力を取り戻した。
もちろんそれを一番喜んだのは、母親であるベアトだ。
張り切りまくった我が正室殿は毎週末バーデンに通い詰めて、これまで伝えようとして果たせなかった魔法の数々をみっちりと教え込んだのだ。木属性は生命全般を司り、術の種類は金属性と並んで多彩。まだ四歳にもなっていない幼児にそんな詰め込み教育をしたら、勉強嫌いになったりしないかと思わず心配してしまった俺だが、そんなことは心配無用だった。
とにかくコミュニケーションが大好き、片時もおしゃべりせずにはいられないファニーは、いつもその辺にいる下位精霊に話しかけていた。そこにベアトの木属性教育が、草木をも彼女の話し相手に加えたのだ。騒がしい我が娘が「おともだちがふえるまほう」に夢中になるのも、むべなることか。
かくして魔の森に入ってからというもの、ファニーはずっとそこら辺の古木にべらべらと話しかけているというわけだ。
ひたすら静かに佇立しているだけの樹木からも、何らか返事はあるようなのだが……その声は本人にしか聞こえない。そんなわけで俺たちの目にはファニーが、誰もいないところに向かってひたすらしゃべりまくる、ちょっと電波系のおかしな子に見えてしまうのは仕方ないだろう。だが、俺の一歩後ろで幼子を抱きつつ歩くフィオは、そんな姿をうっとりと見つめている。
「精霊王を従え、森の木々を友とする……ファニー様は、森では最強の存在になられたようです。もはや私たちの力が及ぶところにはなく……」
「いや、力は強くなったかもしれないけれど、あの子はまだ、子供なんだ。正しく教え導いてくれる人がいて、初めて本当の、強く優しい君主になれる。フィオにはずっと、ファニーの『せんせ』であって欲しい」
よく考えたら、俺も自分勝手なこと言ってるよな。フィオは森人一族の姫……本来なら、上位精霊を二体も従えた今は、同族たちを守るため、里にとどまるべき女性だ。そんなひとを、俺はバーデンに縛り付けている。穏やかな生活を望む森人の性格には合わない、騒がしく悪意あふれる、人間の街に。
「……もちろんです。私も、ナディアも……ファニー様とルッツ様を、お二人の生命あるかぎり、お支えいたします」
そうか、人間の何倍も長い寿命をもつ森人の感覚なら、俺やファニーが死ぬまでの数十年は、人生のほんの一部なんだ。だけどそれでも、十分うれしい。いつも控えめだけど、一途に俺のことを想ってくれるフィオと、これからも一緒にいられるんだから。
「ですけれど、お母さんは今回、ちょっとゴネるかもしれません」
だよなあ。大事な大事な後継者たちが、危険いっぱいの人間の街にとどまるなんて、一族を統べる立場では、簡単にウンと言うわけにはいかないよな。どうすれば、族長さんは許しをくれるんだろう?
「ええ。おそらくお母さんは交換条件に、尊いものを要求してくると思います」
「う〜ん、今回は王室から、結構な財宝をお礼に持ってきたんだけど……それではダメかな?」
「森人は金銀に興味はありません……唯一、ルイーゼ殿下がお作りになられたアレは、別ですけれど」
そう、森人一族に喜んでもらえるものは何かと悩んだ王室は、フィオのアドバイスに従って、とある魔道具を数十個作ってきたのだ。それはルイーゼの反則スキルで銀から魔銀に変換されたバングルで……そこには精緻な魔法文字が刻まれている。何でも風の下位精霊の力を借りて弓を必中にするというお役立ち呪文なのだそうだが、詠唱に時間がかかるので乱戦では使えない術とされてきたもの。それをワンタッチで発現できるこの魔道具は、里の防御力を飛躍的に高めてくれるだろう。
「アレだけじゃ、やっぱりダメかな?」
「あのように有用な魔道具を下賜いただいたら……私は十分だと思いますけど、お母さんはこういう時、とても欲張りになるので」
「じゃあ、何を差し出せばいいんだろうね?」
俺の問いに、言いにくそうな顔をするフィオ。よく見るとその長い耳が、桜色に染まっている。あ、これって、よくない流れ?
「おそらく、一族の女たちに、ルッツ様の尊い種を、授けて欲しいということになるのではと……」
ああ、結局そこへ行くわけね。前回来た時は森人さんたちは俺の「神の種」能力には半信半疑な感じだった。だけどフィオの魔力を飛躍的に高め、精霊使いとしての力を取り戻させたことで、一族の女性にロックオンされる羽目になったというわけか。
「できるだけ人数は、絞って欲しいなあ……」
俺の泣き言に、フィオがくすっと笑った。




