第470話 森の中でも
「おれ、もうあるきたくない、ちちうえのせなかがいい……」
「だめ! つぎはまりーがおんぶしてもらうばんなんだからね。はるともがんばってあるかないと、つよいおとこになれないよ!」
一行は、魔の森を徒歩で進んでいる。俺の背中からおりるのをいやがるハルトを、ヴィーがお姉ちゃんらしく叱っている。お姉ちゃんといっても、数十分先に産まれただけのそれなのだが。
「おれ、べつにつよくならなくてもいいけど……」
「なにいってるの! はるとはわたしたちのだんなさまになるんだから、わたしたちをまもれるくらい、つよくならないとだめなの!」
おいおい。たった今ヴィーが、聞き捨てならないことを言ったような気がするぞ。
「なあヴィー。お前は将来、ハルトと結婚するつもりなのか?」
「うん、そうだよ!」
あっけらかんと元気よく言い放たれ、呆気に取られる俺。しかしこんな早くから姉弟婚姻など認めるわけにはいかないぞ。ここはきちんと人の道というものを言い聞かせねば。
「あのな、血のつながった弟と結婚することは、いけないことって言われていて……教会が認めてくれないんだ。ヴィーには家族じゃなく、他の貴族や王族からお婿さんをもらってほしい」
「え〜っ、どうしていけないの、ちちうえ?」
「む、それは……家族同士で子供を作ると、身体の弱い子が産まれたりして、よくないと言われているんだよ」
「なあんだ。そんなの、ゔぃーがなおしちゃうから、もんだいないよ?」
うぐっ、そうだった。
生まれながらにして光属性SSSクラスの魔力を持つヴィーは、三歳にしてすでに身体強化と治癒の魔法を習得し、治癒に限っていえばグレーテルをしのぐ腕前を見せていて……バーデンで重病にかかったり大怪我をした者を次々と救って、領内では天使扱いされているのだ。確かに、そんなヴィーならば、多少子供の健康に問題があったとて、たちどころに解決してしまうだろう。
「それに、ちちうえだって、あねぎみのりーぜおばさまとつがって、てぃなをつくったってきいてるよ? なんでちちうえならよくて、はるとはだめなの?」
やられた。誰が教えてしまったのかはわからないが……そこを攻められると、ぐうの音もでない。巨大なブーメランの直撃を受けて、俺は瞬く間に父親の威厳を失ってしまう。三歳児に論破される俺、めちゃくちゃカッコ悪いぞ。
しょぼくれる俺の肩をポンとたたくのは、我が愛しき幼馴染。
「まあ、そうなっても仕方ないわね」
「え? グレーテルも、それでいいの?」
「そりゃあ、多少は抵抗あるけど……ヴィーにふさわしい魔力を与えてくれる種馬さんなんて、少なくともベルゼンブリュック国内で見つかるはずもないわ。もちろんヴィーが大人になって、つがいになりたい大好きな相手を自分で見つけたら、その願いをかなえてあげたいけれど……子作りのことだけ考えたら、ヴィーがハルトと結ばれるのは、そんなに悪くない考えだと思うわよ? ダミーのお婿さんをもらうとかなんとか、教会対策を考えておかないといけないけどね」
まじか。よりによって母親のグレーテルまで、認めちゃうんだ。
ダビ◯タよろしく「う〜む、ちょっとこれは危険な配合ですね」とつぶやきたいけれど、またブーメランが飛んでくることは確実だ。この場合、沈黙は金だろう。
ため息をつきつつ歩き出す俺の背中から、唐突にアニメ声が響く。
「あのぅ、おくさまぁ……わたしにもぉ、はるとさまのこどもが、ほしいんですけどぉ」
もちろんそれは、マリーの台詞だ。ハルトに代わって俺に背負われて、ゆるふわの甘え声でおねだりをする我が子は、絵面としては実に可愛いのだが……三歳児の彼女が要求しているのは、ハルトの子種なのだ。生々しいことこの上ないぞ。お願いする相手が俺じゃなく「奥様」グレーテルであるところも、こんな子供にまでもはや当たり前のことと受け止められているのは、もうあきらめるしかない。
そういえば、ヴィーたちと違って外で暴れ回るより家の中でのんびりだらだらするのが好きなハルトと触れ合う時間が一番長いのは、同じくインドア派のマリーなんだよな。
「もう、母親に似て、しょうがない甘えっ子ね。いいでしょう、マリーが成人になっても、その気持ちが変わっていなかったら、ハルトに子供を、授けてもらいなさい」
「わぁ、うれしいですぅ……」
まだ三歳だというのに、こうして種付け権の予約がどんどん入ってしまう我が子ハルトには、同情を禁じ得ない。そういえば我が子で一番の年長であるカオリも、ハルトの子を産むと決めているようだし……おそらくホノカあたりも、同じようなことをほのめかしているらしい。そしてそろそろ数えきれなくなりつつある愛人たちの子も、そんなことを言い出しそうな雰囲気を漂わせている。いったいハルトのお相手が何人になってしまうのか、もはや予想もつかないぞ。
そんなことを思って後ろを振り返れば、十年後のハーレムを約束されたハルトが、ヴィーに尻を叩かれつつ、ぶつくさいいながら渋々その小さな身体を前に運んでいた。
うん。我が子よ……強く生きろ。




