第469話 フィオの里帰り
「それでは、行って参ります。私がいないからといって、公務をサボってはいけませんよ、ベアト様」
いろいろなところがちっちゃいベアトに、長身にキリッと美形のアデルが出発の挨拶をしている姿は、はたから見るとまるで齢の離れたお姉ちゃんが幼い妹に言い聞かせているようだ。実のところ二人は、同い年なんだけどな。
「むう。この私を子供扱いする無礼な官僚は、ベルゼンブリュック広しといえど、お前くらいのものだ。不敬罪で厳罰に処してやりたいが……」
「はいはい。ベアト様がお困りにならないなら、いつ解雇していただいても良いのですよ」
「むむむ……」
余裕をかます首席補佐官に、言い返すこともできず悔しがるベアト。知らない人が見たらハラハラするやり取りだけど、本当は無二の仲良しである二人は、このじゃれ合いを楽しんでいるのだ。
実際のところ、アデルがいなくなったら、ベアトの政務はいきなり回らなくなるだろう。「秘書官補佐」から「首席秘書官」へ一年やそこらで昇り詰めたアデルは、いまや「首席補佐官」にその肩書きを着替えている。事務仕事を賄うだけの役目ではなく、政務の相談に乗り、彼女の意志決定を助ける、まさに王女府の総理大臣のような役目なのだ。
もうカウントダウンに入っているであろう女王陛下の譲位がなされるその時、間違いなく宰相はアデルしかいない。そんな彼女をクビにして野に放とうものなら、大陸中の君主や有力商会が次々とリクルートの手を伸ばしてくるだろうな。
とはいえ、アデルも他国に仕えることなどまったく考えていないし、ベアトとてこのタカ◯ジェンヌみたいに凛々しく美しく、そして賢く芯は優しい腹心を、手放す気など毛ほどもない。少なくとも王国の次代人事は、絶対安泰、鉄板だ。
「アデル姉様、そのくらいにして差し上げませんと」
男装の麗人をたしなめるのは、黒髪碧眼の少年。
もちろんそれは、アデルの従兄弟にして、ベアトにとっては暗殺未遂犯……大逆の罪で死罪確実なところ、ベアト鶴の一声で助命され、今は俺の従者をやっているクリステルだ。もちろん彼を助けたのは、自分のために身を粉にする腹心に、わずかでも報いようとするベアトの気持ちによるものなんだ。
「そうね。クリステルの方は、準備大丈夫?」
「ええ、ボクの分はもちろん、ルッツ様のお支度もバッチリですよ」
そう、彼は俺の侍従として、なかなか優れものなのだ。男の子にありがちな大雑把なところがなく、細かいところまで抜けがない。
最初の頃は親の仇であるベアトや、その夫である俺に対する敵意が隠せなかったけれど…… そもそも隷属の闇魔法で縛っているから俺に危害を加えることはできないし、そうこうしているうちに気心も知れてきて、俺の冗談に笑顔で応えてくれるくらいには、打ち解けてきた。妻たちがみんな忙しく働いている俺にとって、いまや身の回りを整えるに、なくてはならない子になっているのだ。
こうやってあちこちで旅立ちのあいさつが交わされているのはもちろん、いよいよフィオが里帰りをするからだ。
たかが里帰りといえど、準備にはたっぷり時間をかけた。森人たちの里は小なりといえど、バーデン領にとっては同盟国みたいなものだ。こないだ魔物が襲来した時も、彼らがもたらす情報に、いたく助けられた。
そしてフィオはその姫……初めての里帰りは、いわば外交の場でもあるのだ。ベアトとグレーテルを中心に表敬の品を厳選し、女王陛下から感謝の言葉を連ねた親書を預かっての旅になる。
人数もずいぶんふくらんだ。フィオとその娘ナディア、そして一応夫である俺。
フィオの一番弟子であり、森人たちが敬ってやまないであろう精霊王と契約したファニーがついていくのはもちろんだが、彼女がお出かけをするとなったら、この小さき王女の騎士を自任するヴィーが黙っているはずはない。かくしてハルトも巻き込まれ、そうなるとレーアも同行を希望して……結局ニコルさんの子マリーも含め、子供軍団をみんな連れていく羽目になってしまった。まあ、俺の子たちは世話が焼けないことが取り柄だ……大丈夫だと信じたい。
今回の子供軍団には、ホノカも加わっている。テイマー修行中の我が娘は、森の奥で珍しい眷属を探したいらしい。その監視役だか何だかいう名目で、しれっとアヤカさんも一行に混ざっている。
そして王室からの使者としてアデル、護衛隊を指揮するグレーテル、俺専属のミカエラとアゲハ。そこに護衛兵十名、クリステルをはじめとして身の回りを世話する者や料理人、そしてポーターといった使用人たちが合わせて二十数名。前回は森人を刺激しないようにと最小人数で訪れたけれど、今回は自重抜き、何やかやで五十人以上の大名行列だ。
「こんな大勢で押しかけて、森人さんたち気を悪くしないかな?」
「大丈夫です。森人一族はもう、ルッツ様を家族……とまでは言いませんけど、少なくとも同志とみなしています。私にウンディーネとサラマンダーの力を与え、一族には次代を背負う強き力を持つこの子を、授けてくださった方ですもの」
そんなしおらしい台詞を口にしながら、胸に抱いた幼子をひとゆすりして、まだ頼りなく柔らかいアッシュゴールドの髪を、愛しげに撫でるフィオ。その頬に軽く口付ければ、トレードマークの長く白い耳が、一気に桜色に染まった。




