第467話 テイマー修行
「ふぐぐっ……」
一匹のネズミを前に、懸命に気合を入れる俺。だけどそのネズミは、まったく俺の考えていることなんか知らんとばかりに、自分の世界に浸っているようだ。
雌の魔物が俺の魔力を求めるらしいことをカオリから聞いた妻たちの反応は、さまざまだった。
「それは朗報ですねっ! ルッツ様がより安全になりますっ」
「そうね、過度の期待はできないでしょうけど……魔物を周囲に置くことで、ルッツに害意を持つ者も、直接的な行動をためらうようになるでしょう」
「魔物の調達は、ホノカにお任せいただければと」
「ルッツ様のためになることであれば、応援したいです」
「ふむ、我が夫の守備範囲が広いことは知っていたが、魔物までいけるとは、見境のないことだ」
おい、最後のコメントがひどいぞ。もちろんそれは、ベアトの発言なのだが。
いずれにしろ、ホノカの思いつきにみんなが賛同して、俺のテイマー修行は始まった。だが、テイマーというのは、当たり前だけどそれほど簡単なものではない。
ホノカは、息をするように魔物を使役してみせる。もともと人間の心にだって直接手が伸ばせる能力を持った彼女だ。少し離れたところにいる魔物にも魅了の力を及ぼし、人間より単純な精神構造を持つ魔物たちに、己に対する好意を刻み込むのだ。そうして従順なしもべとなった彼らに、指示を送り込む……言葉も何も必要とせず、ただ念ずるだけでそれは届くのだ。
だが、もともと闇魔法なんか使える才能がない俺に、そんな高等技が使えるわけもなかった。
ホノカが最初に魅了スキルで連れてきたのは、羽を広げると一メートルばかりになろうかという、でかい荒地ワシだった。確かに空飛ぶ魔物を使役できたら、通信にも偵察にも、ものすごく便利だよなあ。本来は獰猛で、ゴブリンくらいなら簡単に捕食するという結構怖い魔物だが、ホノカの力で従順に、止まり木の上で静かに立っている。
俺が恐る恐るその艶やかな羽に手を伸ばすと、魔鳥はクエエと声を上げる、気持ちよさそうに半眼になる。意を強くして首に触れると、完全に目を閉じて、もっとやって欲しいとばかりに無防備なのど元をさらす。
「完全に虜になっています。ルッツ様の魔力は、すごいですね」
感心したような声を上げるのは、フィオだ。彼女は精霊使いだからまあテイマーの親戚みたいなもんで……魔物化していない森の動物ならば、ある程度従えることができるのだという。
そんな大した術師のフィオだけど、俺のことになるとこうして手放しに賞賛してくれる。まるで読み書きを覚えた子供に接するように……ああ、彼女はファニーを筆頭とする我が子たちに「ふぃおせんせ」と呼ばれて慕われているのだったか。
フィオが澄んだ瞳を輝かせて褒めてくれるのはもちろん嬉しいが、俺はまだ魔物に「懐かれた」だけ。テイマーとしては、何らか魔物に指示を与え、それを実行させねば役に立たないのだ。
「さあ、指示を出して下さい。強く念じるのです」
フィオの言葉に従って、俺は強く念じる。空に舞い上がれと。
だけど、荒地ワシのお嬢さんはとろんとした目を一回くるりと動かしただけで、あとはまた眠るように目を閉じて、自分の世界にこもってしまったようだ。
「おかしいね、もうこのこは、とうさまにめろめろなのに」
「そうですね、もう十分『ともだち』にはなっているようです。ただ……ルッツ様の願いが、この子に届いていないみたいですね」
「あたまのなかで、ふわっとおもいうかべるだけなのになあ」
天才であるホノカにとって、俺が魔物に指示を届けられないことは、不思議で仕方ないらしい。まあ彼女にとって魔物と意思を通ずることは、呼吸をするように自然な行為なのだ。
まあ、「できる奴」ってのはできない奴に教えるのが下手だっていうのは、元世界でもあるあるだ。結局のところ、初心者の俺がいきなり荒地ワシなんていう難しい魔物に挑戦したことがいけないのだろうということで……一番簡単に飼い慣らせるであろう身近な魔物である、森ネズミにターゲットを変えて、こうしてうんうんとうなりながら念を届けようと奮闘しているというわけだ。
「ふ、ふぐっ……」
顔が充血するくらい息を止めて集中しても、ネズミは知らぬふりだ。先ほどまでは俺の指にしゃぶりついて陶然としていたというのに……もらうものをもらったらこれかよ。あまりに無情ってもんじゃないか。
「ここまで慣らしても意思が通じないということは……」
フィオが、その細く白い指を唇に当てて、考え深げにつぶやく。結局ホノカの言うことは天才っぽすぎて凡人には理解できず、俺にテイマー術を仕込むことはフィオの役目になっている。
「何か、気がついた?」
そう、ここまで頑張ったのだから、俺もテイマーになってみたい。やれることは何でも試してみたいぞ。
「ええ。私たちテイムが得意な者は、強く念じればその願いを使役する相手に届けることができます。これはもしかして、魔法と同じような術なのではないかと」
なるほど。テレパシーみたいな奴だってことか、確かにあれは魔法といえば魔法なのか。だけどそうなると、初歩の魔法すら使えない俺には、魔物に指示を出す能力はないってことになってしまう。
がっくりと首を落とす俺に、フィオが微笑みかけた。
「思いついたことがあります、試してみませんか?」




