第466話 俺が魔物を?
俺の手が頭頂に触った瞬間、サガミの身体がびくりと大きく突っ張った。嫌がられているのかととっさに手を引いた俺だが、この魔狼は何だか心地よさそうに目など閉じて、その頭を俺の手にすりすりしている。
やがてそれでは物足りなくなったのか、俺の胸に直接頬などぐりぐりとこすりつけて、まるで仔犬が飼い主に甘えるような姿を見せ始めたのはなぜなんだ。振る舞いは実に可愛いのだが、図体は俺より大きい魔物なのだ、不気味なことこの上ないぞ。
「懐かれるのは嬉しいんだけどなあ……」
「ほのかより、とうさまのほうが、すきなのかな?」
「俺は犬に好かれるタイプじゃないんだが……ムサシの方はクールな感じだったのに、なぜサガミだけこんなになるのだろうな?」
首をかしげる俺だ。ホノカのように魅了スキルを持っているわけでもなく、どちらかというのイヌ科が苦手な俺には、魔狼に特別好かれる要素、ないと思うのだが。
「お父様……私、わかりました」
「わかったって、何が?」
「サガミがお父様から離れない理由です」
これまで黙って俺たちの様子を眺めていたカオリが、大人みたいに考え深い表情をつくって、意外なことを口にする。
「それは、なぜなんだい?」
「はい、それは、これです」
そんな台詞を吐くなり、俺の胸に飛び込んで、魔狼サガミとひっつきあいながら俺の胸に顔を埋める。いやいや、何が「これ」なんだか言ってくれよ。
しばらくそのまま俺に抱きついていたカオリが、ようやく顔を上げる。その表情はいつもの明るく賢そうなだけのものではなく、まるで夜の運動会を終えた後のアヤカさんのように色っぽく上気して……思わずごくりとつばを飲み込んでしまう。いかんいかん、俺は何を想像しているのだ。
「はあぁ〜っ。やっぱりお父様の魔力は、最高に美味しいですね」
いやいや、そういう問題じゃなくてね……と言おうとした俺も、さすがに愛娘の言いたいことに気づき、愕然とする。
「え? もしかしてサガミは、俺の魔力を欲しがっているのか?」
「ええ、間違いなくそうだと思います。お父様の魔力は、老若問わず『女』という存在にとってまさに極上の甘露みたいなもの……ですけど、魔物の雌にまでその魅力が通じるとは、今日まで気づきませんでした。やっぱりお父様は、最高の男性なのですね」
そんな褒め言葉をもらえば普通は嬉しいものだが、実の娘からうっとりした目を向けられてそんなことを言われたら、ものすごく危険なものを感じてしまう。
「ハルト様が大人になるまで待って、子を授けていただこうと思っていましたが、あと十年以上、待てるかしら? 待ちきれなかったら、いっそお父様と……」
「いやいやいや、それはダメ、ダメだからね!」
危ない方向に突っ走る我が子を必死で止める俺だ。
ううむ。俺の子供では一番の年長で、すっかり大人のような理性的思考ができるようになったカオリでもこんな発言をするのだ。これは、よっぽど気を引き締めておかないと、流されやすい俺は、人の道を踏み外してしまいそうだ。さすがに我が子とあんなことやこんなことをするのは、いくら猿並みの俺でも、ないわ。
それにしても、カオリの説明で、ようやく謎が解けた。俺の魔力が女性にとっては実に気持ちよく、しかも高性能なものらしいってことは今までのあれこれの経験でわかっていたのだが……その心地よさは、魔物の雌にも同様に感じられるものであるようだ。もう一頭のムサシが従順ではあるけれどそっけない態度だったのは、男……雄にとっては俺の魔力が無用のモノだったからということなのだろう。
「ふうん……じゃあとうさまも『ていまー』になれるのかな?」
「うん、なんのこと?」
「かあさまがいうの。ほのかはしょうらい『ていまー』になるのがいいんだって。まものをおともだちにして、わたしのかわりにたたかってもらうおしごとなの。さがみがそんなになつくのなら、とうさまも『ていまー』になれるんじゃないかなあ」
カオリと違ってまた精神が子供であるホノカは、魔狼サガミの「なつき」が、色っぽいものであることなどまったく理解してはいない。だけど、よく考えてみるとホノカが言っていることは、ありえないことじゃないかもしれないな。俺の魔力をちょっと与えるくらいで魔物がこんなに従順になるのだ、うまくすれば魔物が俺のために、護衛役程度なら果たしてくれるんじゃないか。
「それはいい考えかもしれませんね。でも、お父様がご自分で魔物を捕まえるのは難しいと思いますよ。だからホノカ、お父様の役に立てるような魔物を、何頭か見つくろっておいてくれませんか?」
「あい、ねえさま! とうさまにぴったりのまもの、つれてくる!」
ホノカが無邪気にぶつけてくる満面の笑みはとてもまぶしくて……眺めているだけで幸せになれる。本当に俺が魔物を従えられるのかはよくわからないけど……娘たちがこんなに背中を押してくれているのだ、ちょっとは頑張ってみようかな。




