第461話 奇天烈な花火
何回か空に描かれた色とりどりの同心円が消えた後も、観衆はまだ南の空を凝視している。「精霊王」が、もっと面白い趣向を見せてくれるのではないかという期待が、街中に満ちているのだ。
「ね、はやく、はやく!」
(うむむ、こうか?)
せっかちな我が子に煽られ、精霊王がまた数百個の青い火球を空に放つ。
「まあ、また上がったわ!」
「青い火球だけだが……さっきより地味だな?」
「見て、あれ! ユキゲユリ《シュネーグランツ》の花よ! きれい!」
驚きの声が上がるのも無理はない。放たれた青色の火が集まって、真っ暗な空に、ユキゲユリの青い花を形作ったのだ。
元世界の花火は、火薬の爆発を利用しているのだから、基本的な造形は円形が基本になる。だがスヴァローグが操る火球は、イメージさえ正確ならいかなる形にも並べることができ……ファニーの大好きな春の訪れを告げるユキゲユリを、夜空に投影することも、可能なのだ。魔法が存在する世界ならではの、珍品花火大会だ。
「すごい、すごいよ、おじさま!」
(まあ、こんなものは朝飯前よ……)
「じゃあ次は、らいらっくね!」
(……うむむ)
調子に乗ったファニーの要求に応えて、今度は紫の火球が超特大のライラック……我がシュトゥットガルト家の家紋にもあしらわれた花を、虚空に浮き上がらせる。
「素晴らしい。あんなことは我が国の火属性の魔法使いでは、できない」
そうつぶやくベアトも、初めて見る花火ショーに、釘付けだ。視線の先には、赤いリンゴを青い矢が射貫く図案が浮かんでいる。ファニーが次々と遠慮なしの無理難題を押し付けて、精霊王が渋々といった風情ながら希望通りにそれを描き切っているのだ。
「あの精霊王様、姿はおっかないけど、こうやって俺たちを楽しませようとしてくれてるんだなあ」
「ホントね。ファニー姫様とあんなに仲良しなんだから、きっといい精霊さんなんだわ!」
「精霊王さ〜ん!」
手を振る観衆に、ちょっと怖い笑みを浮かべて、片手を上げて見せる精霊王の姿に、歓声が上がる。スヴァローグと民たちの距離を縮めるためのベタな花火作戦は、一応成功したようだ。
「ほら、みんなおじさまのじゅつが、すてきだっていってくれてるのよ。もっとよろこんであげなきゃ、だめじゃない!」
(う、うむむ……)
すでにしっかりと愛娘の尻に敷かれているスヴァローグだ。女性の強いこの世界、精霊も女性には弱いのだろうか。
「そんなことはない。あれは精霊王がファニーを心から愛しているがゆえだ。我が娘ながら、その器量は大したもの……民へのアピール力も、すばらしいものになった。もはやファニーを女王にすることに、何の懸念もない」
いつものごとく、ナチュラルに俺の思考を読み取ったベアトが、親バカ発言をぶちかます。
「ええ、まるで百年来の友でもあるかのように精霊王様と交わるあの姿……あんな領域まで到達した精霊使いは、この大陸にはおりません。もはや、私など足元にも及びませんね」
俺たちの後方から、いつものように控え目に、感嘆のつぶやきを漏らすのは、もちろんフィオだ。フィオ自身も、大陸で何本指に入るくらいの精霊使いであるはずなのだが……。
「そこで、お願いがあるのですが……」
「何だい、フィオ?」
「あのような尊いファニー様と精霊王様のお姿、ぜひ里の者、そして母さん……族長にも見せてやりたいのです。ファニー様とご一緒に、森人の里に帰省することを、お許しいただくことは、できないでしょうか?」
なるほど。もともとフィオは、ファニーに精霊術を教えるために、故郷の里を離れてこの街にやってきたのだ。俺の妻になったことでこっちに永住することになってしまったわけだが……本来の目的が果たされたからには、里に錦を飾りたいのは当然のことだな。
それに……愛娘ナディアが生まれた後も、族長に孫の顔を見せることすらできていない。魔物襲来なんかでそれどころじゃなかったって事情があるにせよ……なんだかんだ落ち着いた今、彼女が森人の里に一度帰りたいというのは、当然の望みだよな。
「良いのではないか? フィオはファニーのためにもバーデン領のためにも、十分尽くしてくれているからな。もちろんルッツもついてゆくのだろう? そうだ、今回はアデルを連れてゆくといい。そうすればいつでも転移魔法のひとっ翔びで森人の里に帰れるようになるぞ」
ファニーの精霊契約で太っ腹になったベアトが、珍しく饒舌だ。第一の功労者であるフィオの望みなら、何でもかなえてやろうという勢いだ。
「フィオの偉業を森人たちに示すには、ファニーも行かねばなるまい、もっともなことだ」
「いやそれ、危ないでしょ……」
盛り上がっているベアトだけど、森人の里があるのは、魔の森奥深く。大襲来した魔物は母さんが一掃したけれど、ちょっと森に踏み込めば襲来前と変わらない数の魔物がうようよしている、ヤバいところなんだ。
「ふむ、確かに魔物はまだ多い。精霊王が守護してくれているのなら心配はないと言いたいところだが……念のため、グレーテルに同行してもらおう」
「それなら安心ですね、私の里帰りのために最強勇者を使うなんて恐縮ですけど」
あれよあれよという間に、俺抜きで計画は定まっていく。まあ仕方ない、これもハーレム主の務めとあきらめて、ついていくとしよう。




