第460話 炎色反応
二十分後。俺とニコルさんは、頭を突き合わせんばかりにしてアトラクションの検討をしていた。テーブルには銅粉や塩、そして豆腐を作るためのにがりなんかが雑然とおいてある。
「不思議ですぅ、炎が、青くなりますねぇ」
「こっちは紫だ。これを応用すれば……ねえファニー、ちょっと来て?」
今日の主役である我が娘を差し招けば、弾むような勢いで飛んでくる。
「ちちうえ、ふぁにーに、なにかにんむを、あたえてくれるのね!」
「うん。ファニーの大好きな『おじさま』に、こんなことを頼んでくれないかな。うまくいけば、街のみんなが『おじさま』を、好きになると思うんだ」
「うん! おじさまとみんなが、なかよくなれるように、がんばる!」
そんなわけで、俺はファニーに「おじさまにやってほしいこと」をできるだけ丁寧に説明したつもりだが、やはり三歳児を介した説明では要を得なかったらしい。少し困った顔になったスヴァローグが、俺たちのテーブルに近づいてくる。炎をまとった、下半身がないマッチョマンの姿には、何度か見たことがある俺でもやっぱりビビってしまう。市民がなかなか受け入れられないのは、無理ないか。
(わしの主が、何やら面白いことをやれと言うのでな。説明しろ)
精霊王の言葉は、もちろん命令形だ。彼はファニーを自らの主と認めたけれど、その父親なんかはそこらへんの石ころくらいにしか思っていないのだ。
「それなんだけどね……」
俺のタメ口に、一瞬精霊王の眉間にシワが寄る。確かにおっかないのだが、俺の隣にはファニーがいるんだぞ。お前の主が「だいすきなちちうえ」って呼んでくれるこの俺に、手が出せるわけないよな。
おっと、そういう場合じゃない。俺はできるだけ詳しく細部まで、やりたい事を説明した。
(ほう、それは面白いかもしれんな。わしの力なら造作もないことだ。それで主が喜ぶなら、すぐにもやってみせようぞ)
最初は不機嫌丸出しだった精霊王も、話を聞くうちになんだか乗り気になって……これなら、うまくいきそうだ。
「よし、市民のみんなを集めよう」
◇◇◇◇◇◇◇◇
「いったいこれから、何が始まるんだい?」
「グレーテル奥様が、全員あっちの空を見ろってよ!」
「あのおっかない精霊王様が、何かやらかすらしいわよ」
グレーテルの号令一下、ほろ酔い気分だった兵も市民も、南の空をぼんやりと眺めている。彼ら彼女らにとって、身体を張って街を守った戦女神の言葉は、その意味などわからずとも絶対なのだ。
今日は新月。空はまるで墨を流したかのように真っ黒だ。殺風景な光景に、住民たちがこそこそと疑問の声をささやき始めた、その時。
「おっ、火の玉が!」
「精霊王の火ね、さすがにすごい数だわ」
地上の、ファニーと精霊王のいるあたりから、空に向かって数百の小さな火球が打ち出される。それはそれで住民たちにとっては珍しい光景であったのだが……。
「お、おい、見ろ! あの火球、色がおかしいぞ!」
「ホントだわ。あれは青いし、こっちのはオレンジ色……今度は紫色?」
そう、一様に同じ色だった精霊王の火球が、一個一個異なる色を呈し始めたのだ。やがて火球は、漆黒の空に紋様を作り始める。オレンジ色の円の外に青、その外に紫の同心円……火球群はしばらく住民たちの目を奪って、静かに燃え尽きていった。
「すごいよ、おじさま!」
(そ、そうか……)
無邪気な主に激賞されて、ごついオヤジが照れている姿は何だか珍妙だ。
まあ、これはいわゆる、打ち上げ花火みたいなもんだな。我が正室様から「妙な知識を使って……」と命じられて、思いついたのはこんなことしかなかったのだ。
スヴァローグは火の最高位精霊。火の玉なら何百個でも生み出して、自由自在の動きをさせることができる。この火球で何か模様を描いてくれれば、ウケるんじゃないかと思ったのだが……もう一味欲しいところだ。そう思った時にパッと浮かんだのが、元世界の花火なんだ。
花火の鮮やかな色は、中学校あたりで習った炎色反応で実現されている。そんなわけでこの世界では最も「化学」に近い仕事をしている金属性のニコルさんと、手に入るものでどんな色が出せるか、さっきまで検討していたというわけなのだ。
オレンジ色のナトリウムは、この世界でもいっぱいある、ようは塩だしな。そして青色を出す銅も、簡単に手に入り……そして紫色のカリウムは、にがり汁からニコルさんに抽出してもらった。本当なら鮮やかな赤を出すにはストロンチウム……とかになるはずなのだけど、そんな希少金属をゲットする方法は、残念ながら俺の知識の外だ。とりあえずこれだけ色のバリエーションがあれば、みんなが喜んでくれるだろう。あとはスヴァローグが生み出す火球に、少しずつそんな混ぜモノを加えてもらうだけだ。
予想通り、観客たちは色鮮やかな火の競演に歓声を上げている。この国でも火属性の魔法使いの中には火をまとったり火球を操ったりする見世物でカネを稼ぐ奴らがいるけれど、それはあくまで単色の火だ。こんなふうに複数の色を使って虚空に図案を描くことに成功したのは、おそらく初めてなのだ。
「ねえおじさま、こんなこともできる?」
ファニーが何かを思いついたらしく……それを聞いたスヴァローグが、少し困った顔をしつつも、最後は胸を張った。




