第459話 祝いの宴
その夜の領都シュトゥットガルトはいきなり、兵士たちも市民たちも総出で、無礼講の大宴会となった。塩漬けや燻製で貯め込んでおいたオークの肉をどんと放出し、ワインの樽を気前よく空ける。
この手の浪費にはいい顔をしない代官のマックスも、今日ばかりはカネにも物資にも糸目をつけず、自らもエールを満たした銅のジョッキを高々と掲げて、上機嫌だ。
「こんな時は楽しまねば損というものだ。それにきっと、王室からたっぷりと補助金もいただけるだろうし……殿下のあの様子を見ればな」
マックスがペロリと舌を出しつつ視線をやった先には、無論ベアトの姿がある。陶器人形にもたとえられるいつもの無表情はすっかりだらしなく崩れ、昼間に決壊してしまった涙腺からはまだ透明なしずくが時折こぼれている。我が正室様がこれほど感情を素直に出すのは、本当に珍しいことなんだ……マックスの言うとおり、宴会の費用くらいは出してくれそうだな。
「ファニー姫様が、精霊王の守護を勝ち取られたそうだぜ!」
「魔法が使えないって噂だったけど……やっぱり尊い血を引くお方は、違うってことかねえ」
「あの姫様は、幸せになってくれなきゃね! 魔物襲来の時だって、逃げずに私らを励ましてくれたじゃないか……うちの娘に爪の垢でも飲ませてやりたいくらいさ」
領民たちも、口々にファニーの覚醒を祝ってくれる。まあ、これだけタダ飯タダ酒を喰らわせれば、みんなご機嫌でおべんちゃらを言いたくなるのも当然だろうが……彼ら彼女らが、ファニーを敬愛していることだけは間違いない。領が滅びかけた時でさえ、満面の笑顔を振りまいて兵士や市民に希望を与えていたのは、ファニーなのだから。あの時前線にいた者たちの間で、我が子は「幸運の妖精姫」とか呼ばれているらしく……そいつらは「俺たちの妖精が精霊王を従えたぞ!」などと無邪気に喜んでいる。
その妖精は、今日ばかりは許された夜更かしを、存分に楽しんでいるようだ。
取り巻きにヴィーたちを従えてちょこちょこと走り回り、だれかれとなくべらべらとしゃべりまくる姿はいつもと変わらないけれど、今晩は彼女を見る人々が、一様にぎょっとした表情になっている。それはもちろんファニーの頭の上にふわりと浮いている、精霊王スヴァローグの威容のせいだ。ファニーと契約したことで、精霊感応力など持たぬ只人の目にも彼の姿が見えるようになったのだ。
「こわがらなくて、いいよ。おじさまは、いいひとなんだから!」
そう言われても、全身に炎をまとって空中に浮く、異様なムキムキ男の姿を見て、ビビらない者はいない。いつもなら街ゆく人がみなチヤホヤとかまってくれるのに、今日ばかりは遠巻きにされていることに、不満顔の我が子である。
「確かにあんなごついのがついていたら、普通の民は恐ろしくて近寄れまいな。人々を喜ばせるような業でも、披露してくれたら良いのだが」
いつの間にか俺の隣に、ベアトが戻ってきている。さっきまで感動の海に溺れていた彼女は、少し恥ずかしげに頬を染めて……まあ、そのくらい嬉しかったんだろう。その手にはワインのグラスがあって……おい、お腹に子供がいるのに、アルコールはまずくないか?
「ああ、ルッツは知らなかったか。木属性の女は酒精を吸収して、すぐに魔力に変える能力を持っているのだ」
何その便利機能。確かにベアトは社交でしこたま酒を飲んでも、平然としていた記憶しかないな。接待のたびにべろべろになっていた元世界の俺に、その能力を分けて欲しかったぞ。でも、俺にそんな能力があったら、酔い潰れてこの世界に来ることもなかったか……。
「高位の木属性になれば、魔物や人の生気も吸い取って、己の魔力にできるぞ。私はすでに、その領域に達しているがな」
おい、それ地味に怖いんだけど。木属性が生命に関わるあれこれに長けているのは学んでいたけど、人間を吸い殺すとか、勘弁して欲しい。
「もちろん、簡単には使わぬ。元気すぎる夫がむやみにそこいらで種まきをしたくなるようなら、多少吸い取ってやってもよいが」
ニヤリと片側の口角だけを上げるベアトは、マジで怖いよ! 背中に汗を流す俺に、いつもの陶器人形モードに戻った彼女が、何かを期待しているような口調で続けた。
「それはそうと、あの精霊王と民を近づける手はないか?」
「そんなこと言ったってさ……」
「いつもの、奇天烈な知識で、何とかならんのか?」
すっかり変人扱いか。まあ言い方はアレだけど、我が正室様は、俺に期待してくれているみたいだ。現代知識がどこまで役に立つかはわからないけど、考えてみるか。
スヴァローグは、火の精霊王だ。火を操ることに関しては、自由自在と考えていいだろう。ムキムキ男と火の組み合わせといえば、定番はサモアチックなファイアーダンスだな。だけど住民たちから見たら、親しみよりむしろ怖さを感じるんじゃないかなあ。う〜ん、火属性でみんなが喜ぶことって……。
あ、そうだ。
「ねえ、ニコルさんを呼んでくれない?」




