第458話 対決の結末
(人間の親子というものは、面白いものだな。では、ゆくぞ!)
その宣言とともに、スヴァローグを包む炎が一段と明るさを増し、それが徐々に、ファニーに向かってじわじわと広がってゆく。
「ああっ、ファニー……」
腕の中で、愛しい正室殿が切なげな声を上げる。もちろん俺だって平静ではいられず、ベアトのちっちゃな身体を、力いっぱい抱き締めてしまう。
「ねえ、おじさま。こうすれば、いいの?」
「あ、あれはっ……!」
ベアトが驚きの声を上げるのも無理はない。ファニーの身体から、緑色のオーラが立ち昇り、それは徐々に明るさと色濃さを増しながら、精霊王に向かってじわじわと漂っていくのだ。あれは疑いなく、木属性の魔力……洗礼以来、ずっと求めて得られなかった、ファニーの魔力なのだ。
「な、なんで、これまで発現していなかったのに……」
それはたぶん、ファニーが生まれた直後にスヴァローグがかけた何らかの障害を、「試練」を行うために、解いたのだろう。
緑の魔力はやがて、精霊王の炎と触れ合う。それらは混じることなく、交差することもなく、まるで力比べでもするように、互いの領域を広げようと競い始める。これから先は、精霊王とファニーが、魔力の強さで勝負を決めるステージなのだ。
「おじさま、いくよっ!」
意外なことに、緑色の魔力が、精霊王の炎を、次第に押してゆく。その思いは俺たちだけのものではなかったようで、スヴァローグから感嘆のつぶやきが漏れる。
(ほう……ここまでとは)
「でも、おじさま。ほんきだしてないよね」
ファニーがにっこりと笑いながら発した言葉に、さしもの精霊王も目をみはる。
(幼き身で、そこまでわかるものか。惜しい……あと数十年あれば、わしを従えることもできたものを。挑むのが、早すぎたようだな)
どういうことなんだろう。精霊王との力比べに今は勝てずとも、大人になれば勝てるかもしれないなら、それは未来に希望を抱いてもよいということではないのか。
「いえ。力比べモードの戦いは、生涯一度しか許されません。そこで敗れれば、逆の意味の契約をせねばなりません……一生精霊に魔力を与え続け、助力は得られないという、奴隷的な契約です」
マジか。フィオが遠慮がちに説明してくれる「契約」の事情は、予想よりはるかに、殺伐としたものだった。この場で負けたら、ファニーは一生、精霊術も魔法も使えないってことになってしまう。それはあまりに残酷ってもんじゃないか。
「ファニー様ご自身の精霊感応力に、期待するしかありません。ファニー様は精霊王にさえも愛されるお方、その力は、私を超えています。ですが……」
その先は、聞かずともわかる。フィオをしのぐ優れた精霊力を持っていようとも、それはスヴァローグを縛るに十分ということではないのだ。精霊王などという大物と契約した者は、フィオの知る限りこれまで存在しなかったのだから。
気がつけば、ファニーがかなり優勢だったはずの魔力が、いつしか精霊王の炎にゆっくりと、しかし少しずつ着実に押し込まれている。
(娘よ、もうあきらめよ。そなたの力はわしに及ばぬ)
「そうかもしれないね。でもわたしは、さいごまであきらめない!」
まっすぐその視線をスヴァローグに向けて、敢然と宣言する我が愛娘は、とても三歳半には見えない凛々しさで……思わず見惚れてしまうほどカッコいい。だけどいつも健康的な桜色を帯びているはずの頬から血色が徐々に失われて……白く、というより青白く変わっていくのが俺にもわかってしまう。限界は、近いのだ。
「ミカエラ様っ!」
フィオの澄んだソプラノに反応したミカエラが、心得たようにガブリエラに微笑みかけ、ぽんぽんと手拍子を打ってみせる。
「うあう〜っ!」
ミカエラの意思は、きちんと通じたらしい。我が愛娘は満面の笑みを浮かべて意味不明の声をあげ、そのちっちゃくてぷりぷりした両掌を、ぺちぺちと連続して打ち合わせた。それは今までにないほど速く、長く……まさに劇場観客の「拍手」みたいだった。
「むっ、ファニーの魔力が!」
ベアトの声にはっとして対決の場を見れば、その情勢は一変していた。炎に押されていた緑の魔力が、一気に領域を取り戻し、精霊王の身に迫っているのだ。
(むう、この力は、何なのだ……)
「おねがい、おじさま、わたしとけいやくして!」
(いや、まだ負けるわけにはいかぬ。我は火の精霊を統べる存在で……)
「おじさま、がんこなのね! がびー、わたしにもうちょっと、ちからをちょうだい!」
姉貴分の可愛い願いが伝わったのか、ガブリエラが両掌のぺちぺちを、もう一段早める。それに合わせたようにファニーの魔力がさらに炎を押し戻して……やがて緑のオーラが、浮遊する精霊王の全身を、優しく包み込む。寄せられていた「おじさま」の眉が緩むのを見届けた我が子が、きゅっと口角を上げた。
「おじさま、これでいいのよね?」
(うむ、契約はなされた。娘よ、人間族の短い人生が終わるまで、わしはそなたを守るとしよう)
見守っていた女性たちから、一斉に歓声が上がる。頬を涙で濡らしたベアトが、ドヤ顔を決めている愛娘の小さな身体に腕を回して、ぎゅうっと抱き締めた。




