第455話 挑戦させるべきか?
三日後の週末に、いつものようにバーデンを訪れたベアト。
「な、何だと! ふぁ、ファニーの力を……」
いつも冷静なベアトが、珍しく言葉を噛んでいる。まあ無理ないか……ファニーの能力を広げるため、王太女の身分を顧みず自ら「魔の森」に踏み込んだ彼女だからな。普段感情を顔に出さないけれど、家族への想いは、人一倍熱いんだ。
「うん、ただ確信はないし、失敗した時のリスクは大きい。だからベアトに判断してもらおわないといけないんだ」
「リスク?」
「うん、最悪は、ファニーの生命に危険が及ぶ」
「そ、そんな……いや、まず話を聞く」
一瞬うろたえたベアトだけど、すぐ理性を取り戻し、俺に説明を求めた。
「うん。まずファニーの話じゃなく、ガブリエラのスキルについて説明するね」
ガブリエラが「拍手」なんていう不思議スキル持ちであることがわかってから、俺の妻と愛人総がかりで、なんだかんだと実験をした。この子が「拍手」することで何がブーストされて、何がされないのかを。
お姉さんたちがみんな怖い顔をして拍手を迫ってくることに少し不思議そうな顔をした我が子だが、おおらかなミカエラに性質が似たものか、求めれば何度でもそのちっちゃな両掌を、ぺしりと合わせてくれた。それに合わせて女性たちが魔法を発動させることで、どんな魔法に効果を及ぼすのかを、見極めるのだ。
結論としてガブリエラの拍手は、ありとあらゆる魔法やスキルの効果を著しく増大させる効果を持つこと、ただしバフの有効時間は「拍手」一回あたり、せいぜい十数秒程度と短いことがはっきりした。
治癒魔法や鑑定スキルのように継続してかけるタイプの術とは相性が良いが、攻撃魔法のようなやつだと発射する瞬間と「拍手」のタイミングを合わせないと恩恵が得られない。身体強化で戦うグレーテルやツェリにも試してもらったけれど、極めて短い間だけ身体能力が異常に増大するというトガりすぎたバフは、かえって戦闘感覚を狂わせるものらしく……現時点では実用性がないようだった。
「ふむ。木属性や金属性の術者と組ませれば、新しい扉が開くかもしれぬというわけだな。だが……それがファニーの役に立つのか?」
そう、ベアトの疑問はもっともだ。精霊憑きになってしまったファニーは、人間の魔力を嫌う精霊王によって、本来持っている魔力を封印されている。精霊王をお祓いするようなマネもできず、このままじゃファニーは、魔法が一生使えない。
そんなわけでファニーがなんらかの術を使おうと思ったら、その精霊を従えて「精霊使い」として力を振るうしかない。そう一念発起したベアトが魔の森に突撃し、なんだかんだと余計な人助けをやったあげくにようやく精霊術の師として族長の姫であるフィオを招聘することに成功したのだ。しかし同時に判明したのが、ファニーに憑いた精霊がただの精霊ではなく、なんと火の精霊王スヴァローグという、超大物であったということ。
ファニーはまだ三歳ちょっとでありながら、もうすでにそこらへんの木や水、そして地や空に宿る下級精霊を見つけ、会話することができている。その精霊感応力は師たるフィオも舌を巻くレベルなのに、己に憑いたのは精霊の頂点に立つ存在……姿は見えども会話はできず、ましてや従えることなどできていないのだ。
「フィオの話だと、ファニーは精霊術の理解も異常に早く、もうウンディーネやサラマンダーなら従えられる……フィオと同じくらいの能力があるらしい。だが相手は精霊王、何か壁を突破する力が必要みたいなんだ」
「ガブリエラの『拍手』が、その力になると?」
「フィオに試してもらったけれど、精霊感応力もしっかり上げてくれるそうだよ。精霊と契約する瞬間だけ『拍手』が効いてくれれば、その後バフが消えて力が弱まっても問題はないはずだ。精霊との絆を結ぶ助けになってくれるのは、確からしいけれど……」
「けど?」
「壁を超えて接触した精霊王が怒って、ファニーを害そうとする可能性もありうるってことさ。だからベアトに相談しているんだ。危険を冒してもファニーを精霊使いにしたいのか、それとも精霊も魔法も関係ないところで、権力なんかと縁のない安らかな人生を送らせるのか」
俺の台詞にベアトはびくりと震え、白皙の頬が青味を帯びる。ファニーは魔法さえ使えれば、陛下はもちろんベアトより、はるかに君主に向いた性格をしている。そんな愛娘のためずっと力を求めてきた彼女だけれど、娘の生命をチップに張って、勝てるかどうかわからぬギャンブルに挑む決断が、できるのだろうか。
ベアトの表情はいつもの陶器人形モードだけど、その息遣いが震えているのがわからないほど、俺も鈍感じゃない。その翡翠色の瞳がしばらく中空をさまよい、やがて救いを求めるように、俺に向く。真っ直ぐ視線を返して、しばらくそのまま見つめ合えば、揺れていた瞳が、次第に落ち着きを取り戻して……やがて彼女は一旦目を閉じて、そして大きく見開く。
「うん、私はルッツを信じる。ファニーが力を得る可能性に、かけたい。だけどこれは、親のエゴで決めていい問題ではない。自分の意思で、決めさせる」
あれ? そんなんありなの?




