第453話 拍手の力
ニコルさんの鑑定能力は、今後のバーデン領にとって、実に有用なものだ。
人に対して「鑑定」ができることは、いろんな意味がある。
領民が持つ本人も気づいていないスキルを見つけ出せば、すごい人材が次々探し出せる。だがそれ以上に役立つのは、領外から来た者のスキルを確認できることだ。
仕官を求めてきた者がスパイや暗殺の密命を帯びてくるのは、よくあること。だけど「鑑定」で妙なスキルを持つ者を見つけて排除できれば、そのリスクをとても低くすることができる。これまではベアトを王都から呼んで、「精霊の目」で悪意を確認してもらっていたけど、彼女も最近はますます忙しいからなあ。
そして、人の能力が鑑定できるということは、もちろん魔物に対してもその効果を期待していいだろう。魔物の能力をきちんと見積もることができれば、勝率はググッと上がる。「魔の森」に隣接し、いつどんな魔物が現れるかわからないバーデン領にとっては、垂涎のスキルだ。
そんなわけで俺も、ニコルさんの「鑑定」に大きな期待を寄せていたのだが……どうもそのスキルはいつでも発動できるというものではなく、何か条件がそろわないと使えないらしい。
「さっきと、いったい何が違うのでしょうねぇ……」
いつも楽天的に微笑んでいるニコルさんも、さすがに落胆を隠せない。
「う〜ん、俺にも違いがわかんないなあ」
そう、さっきから俺たちは、同じ部屋にいる。そこにいるメンバーも、変わっていないし、窓の外で天気が急に変わったわけでもない。動かしたものといえば、アゲハがメモ用の筆記用具を持ってきたことくらいで……その後もニコルさんの俺に対する鑑定は発動していたから、この要因も関係なさそうだ。
「うぷ〜、む〜!」
考え込む大人たちの沈鬱な雰囲気を感じ取ったのか、ガブリエラが可愛らしく怒りだした。いかんいかん、ここはこの小さな天使のご機嫌を取らねばなるまい。
「うん、ガブリエラは可愛いね、お母さんそっくりだよ」
「うきゃあ!」
俺の言葉に頬を染めるミカエラも愛しいが、俺が少し構っただけで紫の目をくりくりと動かし、喜んでくれる娘の可愛さは、また格別だ。ガブリエラはその両腕をぱたぱたと活発に動かして、そのモミジみたいに小さく白い両掌が、ふにゅっと触れ合う。
「……あっ、み、見えましたぁ!」
プライスレスな気分を味わっていた俺の背後で、ニコルさんが珍しく慌てた声を出す。振り向けばいつもは垂れている彼女の目が、驚いたように大きく見開かれているのが見える。
「ミカエラ様のスキルが、見えますぅ……『豪速』、それから称号もぉ……『隕石娘』と『天使』ってぇ……」
なるほど。彼女が得意とする石打ち攻撃のすごい威力は、「豪速」スキルの助けを借りているのかもしれないな。それにしてもこの称号は……隕石娘はわかるけど、「天使」って。俺の中では確かに天使だけど、彼女は結構無慈悲な殺戮を、顔色も変えずにやらかすけどなあ。まあ元世界でも「天使」は優しいだけじゃなくて、結構残酷なこともしてたような気もするし、納得するとしよう。
「ふうん? ニコルさんが私を『鑑定』できたことはよかったですけどっ、さっきできなかったことが急にできるようになったのは、なぜなんでしょうねっ?」
「それがぁ、なぜなんだか私にもぉ……」
ニコルさんも当惑顔をしている。だけど俺にはその理由が、さっき頭の中に突然ひらめいたんだ。
「あのさ、最初にニコルさんが人間の『鑑定』に成功したのは、ガブリエラの洗礼式だったよね」
「ですねぇ……」
「それで今日も、『鑑定』が二回成功したときには、必ずガブリエラがそこにいる」
「で、でも、それを言ったら私やルッツ様も、そこにいたじゃありませんかっ?」
頭の回転が速いミカエラが、すかさず反応してくる。そう、そこは俺も疑問だった。それに、今日はガブリエラがいた時でも、鑑定を失敗しているしね。
「うん、ただガブリエラがそこに『いる』だけでは、ダメなんだと思うんだ」
「というとっ?」
ミカエラが食いついてくる。やっぱり愛娘のことになると、彼女も必死だ。
「ここから先は俺のひらめきっていうか思いつきなんだけど……ガブリエラが『拍手』してくれることが重要なんじゃないかな」
「へぇ?」「はあっ?」「拍手って?」
女性陣が一斉に突っ込んでくる。まあちょっと突飛な発想なんだけど……さっきニコルさんが鑑定成功する直前に、ガブリエラがその可愛い両掌を合わせたのが、すごく印象に残ってしまったんだ。何にも根拠はないんだけど、もしかしてこれ……ガブリエラが「拍手」してくれることが鍵なんじゃないかと、突然ひらめいてしまったのだ。
「え~っ、さすがにそれは、ないですよぅ……」
「え、あ、でも……ルッツ様のおっしゃることなら、信じていいのかもっ!」
ニコルさんとミカエラが俺の思い付きに、あれこれ興奮しつつ意見を戦わせる。だけど俺の背後から一言だけ口をはさんだアゲハは、実に冷静だった。
「それなら、実験すればよろしいのです」




