第449話 奥様の反応は
「やっとメル様が、落ち着くところに落ち着いたってことね。よかったわ」
やたらとめんどくさい……いや厳粛極まりない婚約の式を、エリーゼ枢機卿の立ち会いで終えてバーデンに帰った俺に、「奥様」グレーテルがくれた第一声がこれだ。
「ごめん、グレーテル……」
そう、妻は三人だけにしなさいって、怖い顔をした彼女に釘を刺されたのは、それほど昔の話じゃない。それなのに俺は、ここでメルを迎えれば妻が六人……おまけにグレーテルがずっと保持してきた「第一側室」のタイトルは、一年後にはメルのものになってしまう。なんでも一番が好きなグレーテルの心持ちは、複雑なものがあるだろう。
「まあここまでくると、もう今さらってところね。大丈夫よ、ルッツに一番大事だって思ってもらえるように、もっともっと頑張るから」
キュッと口角を上げてそんなことをさらっと口にする幼馴染が愛しくなって、旅装も解かないままでスレンダーな長身を引き寄せ、鮮やかに紅い唇に自分のそれを重ねてしまう。もちろんそんなことをしていれば、日々鍛錬を欠かさないしなやかな筋肉の絶妙な感触に、俺の暴れん坊将軍がまたまた自己主張を始めてしまうのだが……。
「ダメよ。この続きは、夜までお預けね」
濡れた光を放つ視線を向けられてそんな可愛いことを言われたら、辛抱たまらん。とても夜までなんか待てないから、このまま寝室へ直行……とばかりにギュッと抱きしめれば、腕の中で冷静な声が響く。
「それに、ルッツは忘れているかもしれないけれど……『リラの会』のご褒美も、そろそろ順番待ちが長くなってきたわよ。そろそろ覚悟を決めて、頑張ってくれないとね」
うぐっ、そういえば。グレーテルにぶっこまれるまで、忘れていたわけではないが……あまり考えたくなくて、放置していたのだ。
グレーテル率いる「リラの会」は、俺とその家族、そして俺の領地を守ってくれる強き女性たちの組織なのだそうだ。領のために大きな功績を挙げた者には俺の種をご褒美として与えるという、まさにハーレムラノベにふさわしい、ご都合設定がなされているのだ。
昨年の冬にはバーデン軍の幹部将校を中心に、グレーテルが厳選した二十人ばかりの「リラの会」女性と夜のコミュニケーションをして……その結果、俺の種がついて魔力を爆増させた彼女たちが、あの魔物襲来の際には大きなお腹を抱えつつ大活躍してくれたんだ。ためらう俺の背中を押してくれた我が幼馴染には、まさに先見の明があったということなのだろう。
そして今年は……よろしくないことに「功績を挙げた」女性が、二十人どころではとても収まらないらしい。
そうなっちゃうのは仕方ないよな。七月の魔物襲来では、数千人にのぼる魔法使い女性をまさに総動員して敵を撃退し、シュトゥットガルトの街を守ったのだ。そして戦後の領地復興にも、帝国公国の魔法使いたちが土木工事に、開拓に、農業にと大車輪の活躍で……「功績」を稼いでいない女性の方が、珍しいくらいだ。
千を数える女性が俺の寝室に押し寄せる未来図を想像すると背筋がぞっと寒くなるけれど、俺の幼馴染はさすがにそこまで鬼ではなかった。年齢や忠誠、そして俺にはよくわからない彼女独自の基準でふるいにかけ、候補者を百人くらいに絞ってくれたのだという。まあそれでも十分、多すぎるけどさ。
「たぶんみんな、ルッツの好みに合うと思うわよ」
フンスと鼻息も荒くそんなことを言われてもなあ。まあ確かに、昨年グレーテルがセレクトしてくれた女性たちは、なぜかみんな俺のストライクゾーンにずばっと決まったっけ。バーデン女性の筆頭に立つ彼女のお許しが出ているとなれば、今年の冬も、寒い夜を熱く過ごせそうだ。処されることはあるまい。
いや、もしかしてメルが側室の序列第一位として俺と結婚したら、あいつが愛人たちを率いることになるのか? 悪役皇女にその役目は、ちと無理な気がする。思わずそんなことを口に出したら、グレーテルはため息を一つついて、あっさりと言った。
「メル様はそんな面倒なことに興味ないわよ、そんなこともわからないの? あの子はただ、大好きな初恋の人と一緒にいたい、それだけなの。ピュアすぎて、なんだか負けた気分だわ」
そ、そういうものなのか……近頃時々デレられていることに気づいてはいたのだが、そこまで想ってもらえている自覚は、なかったんだよなあ。
「だから、ルッツの女性管理は、この私に任せておきなさい。やたらと野良でつまみ食いしたらダメよ。そんなことになったら……わかっているわよね?」
グレーの目がマジな光を放っている。怖いからヤメてよ!
もちろん、妻たちの許可なく種付けするつもりなどないけれど……世の中には不可抗力というものもあるのだ、その時は許してもらえるのだろうか。そんなことを聞く勇気があるわけもなく、俺はこそこそとその場を逃げ出して、我が子供たちのご機嫌伺いに向かうのだった。




