第448話 プロポーズ?
結局のところ、俺とメルセデスの婚姻話は、マッハで進んだ。
ベアトの提案に女王陛下が異を唱えるわけもなく、帝国に申し込みの書状を送れば驚くようなスピードで承諾の使者が駆けつけてきた。完全に帝国にとってメルセデスは「いらない子」になってしまったらしい。
婚姻の条件では、多少もめた。帝国側は、皇女を嫁がせるのだから正室にせよだとか、バーデン領の領有権をよこせとか税収の上がりを納めよとか、実に好き勝手な条件を出してきたけれど、そこは外交の天才であるベアトが交渉役なのだ、そんな調子のいい要求、認めるわけもない。
ま、つっこみどころは帝国の懐具合だ。女性の地位が圧倒的に高いこの大陸で、王家皇家のお姫様が降嫁するケースは極めて少ないのだが、そんな場合にはそれに見合う持参金なり化粧領なりをつけるのが当たり前。だけど、さきの大戦で負った壊滅的損害と、国家予算のおよそ六分の一にのぼる高額の賠償金負担にあえぐ財政がそれを許容するわけもなく……第二皇女に見合う金貨も、豊かな領地も差し出せない状況。
ベアトは、慎重に言葉を選びながらその吝嗇ぶりを突き、帝国交渉役の感情を「精霊の目」スキルで読み取りつつ、実にいい落とし所へ誘導していった。
結論として、ベルゼンブリュックは帝国に対して皇女降嫁に際しての持参金も領地も求めないと宣言。さらに、皇女のドレスや装飾品も含め、婚姻に関わる全ての費用を王国側が負担すると申し出た。ケチな皇帝に脅しつけられてきた交渉役の寄せた眉が開かれたのは、無理もない。
だが、そんな一方的に美味しい話など、この世にはない。
契約書にはこうも記されていた。帝国第二皇女はベルゼンブリュック女王エリザーベトの養女となり、メルセデス・フォン・ベルゼンブリュックとして、バーデン侯ルートヴィヒに降嫁するのだと。つまり、婚姻成立した時にはすでに帝国皇女ではなく、王国の第三王女……もちろん第二王女のベアトより席次は下であり、あくまで身分は「第五側室」。王室の一員として嫁ぐのであるから婚姻にまつわる費用は全部王室持ちだが、以降帝国皇室は、王国の人になったメルセデスに対し何ら影響力を行使してはならないと。
もちろん、帝国にとってこんな契約はとんでもないこと。交渉役のおばちゃんは弁舌の限りを尽くして一つでも条件を値切ろうと奮闘したが……ケチな皇帝がカネを出さない以上、帝国側に交渉の武器はないのだ。最後にベアトがわずかに微笑んで、「第五側室」を「第一側室」に書き換えてやったことで、交渉役は脂汗を流しながら書面にサインすることとなった。帝国に帰ったらドヤされるのだろうが、誰が交渉しても、こうなっちゃっただろうよ。
「こんな楽な交渉は珍しい、いつもこうありたいものだ」
ベアトはもう、自分の仕事は終わったとばかりにのんびりしているが、俺にはこれから、メルセデスを妻に迎えるためのめんどくさいあれこれが、待ち構えている。
メルセデスを頂点としたバーデン領の政治、軍事それぞれ指揮命令系統の整備はもちろんだが、皇女、いや王女を住まわせるにふさわしい居館も造らねばならない。たった今暮らしているログハウスは実に快適なのだが……王女、というよりもと皇女が当主となったバーデン領には今後賓客がどんどん訪れるようになる。彼らを迎えて恥ずかしくない程度の館は、必須になるのだ。
そんなこんなで頭は痛いけれど、さすがに王族の結婚式。挙式は一年後ということだから準備には時間の余裕がある。とりあえずは婚約式だけやってしまえばあとはまわりの人々に任せておけばいいのだが、その前に、俺にはやるべきことがある。それは……。
「どうなさいましたの、わざわざ呼び出したりなさって。いろいろお忙しいのではなくて?」
王都イチの料理店「トレント亭」には、ちょっと気取った個室がある。バーデンに出してもらった支店とは雰囲気がガラッと変わってオサレでエレガントなしつらい、煙の匂いもしないし接客も洗練されている。俺も何度か気取った接待などする時に使ったりしているのだが……今日、向かい合わせの席に澄まして座っているのは、悪役皇女メルセデスだ。
「うん。メルセデスの方こそ、色々あったんじゃないの?」
そう、彼女だって帝国と縁切りして女王様の養女となるのだ。めんどくさい儀式や書類が山ほどあるはずなのだが……。
「ええ。ですけど私にとって、このような儀礼は慣れ親しんだものですわ」
それもそうか。お堅い帝国のお姫様として育ったメルセデスには、様式美ばかり追求する中世的な儀礼も、苦にならないか。
「だけど……いろいろ、辛くないか? 生まれ育った国に、帰れなくなるんだぞ?」
「もちろん多少の感傷はありますわ。ですけど私は、この国で生きてゆきたいのですわ。大切な…………と一緒に……」
消えいってしまった部分を問いただすのは、野暮というものだ。俺は黄金の瞳を、まっすぐ見つめた。不安なのか、なんらかの感情に震えるその姿にはいつもの高慢さは全く窺えず、ただの初心で純粋な娘にしか見えない。揺れる瞳が俺を健気に見つめ返すのを確かめて、俺は口を開く。
「メルセデス……いや、メル」
「……は、はいですわ」
「今さらだけど……俺は君を、好きになってしまったみたいだ。これから一緒に、人生を歩いて欲しい。結婚してくれ」
キュッと吊り上がった目が俺の言葉で緊張し、澄んだ黄金の瞳が、みるみる何かでにじんでいく。眼窩で涙が盛り上がって、いよいよこぼれそうになった瞬間、メルはもう一段、大きく目を見開いた。
「本当に、今さらですわね……でも、嬉しいですわ。貴方の妻に、なってさしあげますことよ!」
急に素直になったメルが愛しくなって、思わず手を伸ばす。メルは両手で包むように受け止めて、そのキツい目を緩めたかと思うと、俺の手を頰に当てて、小さく息を吐く。
何だかすごく、幸せな時間だった。




