第447話 好かれる理由
いやまあ、確かに今日の昼は、デレられた自覚があるけど……あれって、そういう意味なの?
「女がデレる意味など、一つしかないだろう」
また俺の思考を勝手に読み取って、ベアトがつっこみを入れてくる。
「まあ、多少は胸がざわつかないでもなかったが……あやつには邪念がない。損得抜きで純粋に初恋の男を追い求めている姿に、ちと感動してしまってな。不覚にもほだされてしまったというわけだ」
「そんなこと言ったって……」
「だからついでに、ルッツが陥落するであろう口説き文句も仕込んでやったが……メルは優秀だ。私の教えをきちんと理解して、己の気持ちを上手にぶつけたようだな」
まるでテレビドラマの批評でもするかのように淡々と、言葉を吐き出すベアト。俺への想いが、薄れてきているのかな。
「違う。ルッツは私にとって最初で最後の……最高の男性、それは変わらない」
破壊力満点のデレを発射したベアトは安定の無表情だが、よく見ればその頬に、わずかな紅が差しているのが可愛らしい。
「だが、純粋な気持ちでルッツを慕う女の姿を見れば、つい応援したくなるのも、また事実なのだ。そもそもルッツのように奇天烈な男を独占することなど、無理だと悟ってしまったからな」
ちょっと恨めしそうな視線を向けられて、身を縮めるしかないけど……側室だの愛人だのが次々増えたことについては、俺の下半身がだらしないせいだけじゃなく、ベアトやグレーテルの意思が働いていたはずなのだがなあ。ま、ここは反論しても勝てるわけもないし、黙るしかないか。
だけど今、ベアトがメルセデスを俺の「女」として激推ししてきたのは、何か他の利用価値を認めたからだろう。何かと裏表の多い我が正室様だから……少女の純粋な思慕に感動したとかいう、文学少女的な理由だけではないはずだ。
「ふむ。さすがは我が夫、なかなかの洞察だ。そう、ここでメルを妻に迎えれば、いろいろとご利益があろうというもの」
思考を口に出した覚えはないのに、俺の疑問を勝手に読み取って、くすっと笑うベアト。まあこんな不思議なコミュニケーションの取り方にも、慣れてきた俺だ。
「ご利益って何なの?」
「帝国皇女を妻に迎えれば、国内の貴族たち、そして領民たちもあやつを『バーデンの領主』とみなすだろう。ならば社交や外交などはメルに任せて、民政はマクシミリアン皇子に委ねるとよかろう。ルッツとグレーテルが、かなり自由に動けるようになる」
確かに。俺にしろグレーテルにしろ、結構外向きの仕事に引っ張り回されている。最近は発展著しい新興領地の視察と称した貴族や中央官僚の遠足に付き合わされることもしばしばで、ちょっと嫌気がさしていたんだ。
「そして、次々と持ち込まれている貴族令嬢との縁談も、これでぷっつりなくなるだろう」
そう、次期当主候補となる子がハルトとガブリエラくらいしかいない状況をみて、あっちこっちの貴族たちが次女や三女を俺の側室に押し付けようと、次々書状や絵姿を送りつけてくるのだ。それにお断りの手紙をしたためるのにも、そろそろ嫌気がさしていたところで、そういう意味でメルセデスは格好の虫除けになる。都合がいいといえばいいのだが……しかし。
「そうかも知れないね。だけどそれは、もともと帝国が描いていた絵図通りになっちゃわないかな? メルセデスが俺に嫁いでバーデンの領主になれば、実質的にその富を帝国が収奪できるとかいう……」
俺の反問に、ベアトが小悪魔っぽい微笑を浮かべた。
「そうだな。だがそれはあくまで、メルの忠誠が帝国皇帝に向けられていればこそ成立する絵図だ。しかしてたった今、彼女の皇位継承権は四位に落ち、その思慕はルッツ一人に向けられている。この状況は我々にとって美味しいだけで、帝国には一滴の利益ももたらさぬ」
まあ、そうかもしれない。ぼっち体質の彼女にとって、まるで家族のように迎えてくれる俺のまわりの女性たちや、口々に声をかけてくれる街の人たちが、貴重なものに感じられるのは、よくわかる。粗雑に扱われるだけの帝国に戻る気を失ったのは、無理もない。俺に向けてくれた想いは、そのついでみたいなものだろう。
「そういう鈍感なところは変わらぬな。メルはもう、完全にルッツの虜だぞ」
「いや、まさか……だって最初はあんなに嫌われていたのに」
「それはあやつが、男どもすべてを見下していたからであろうな。そしてメルの視界には、亡くなった皇配殿下……お父上以外の男が、これまで映っていなかったようだ。そこに初めて踏み込んできたルッツに、思わず反発してしまったのだろう」
え、そんな理由なの? またずいぶんお子様な……だけど、あいつならそういう思考、しそうな気がする。
「だが、その闖入者をよくよく観察すればするほど、その見識といい、品性といい、包容力といい、おまけに容姿まで……あやつの理想とする男性像そのもの。いつしか興味が好意に、しまいは恋心に変わるというわけだ。恋愛など書物の中でしか知らなかったメルだ、初めての恋を知った後は、多少暴走してしまうのも、やむをえんであろうな」
う〜ん、悪役皇女の理想とする男性か。俺がそんなところにハマってしまったのは偶然なんだろうけど……あ、もしかして。
「ひょっとして俺って、彼女の父上に似ていたりするのかな?」
「うむ。メルが言うには、容姿は全く違うが、発する雰囲気はとても似ているそうだ。悪いことをしたらきちんと叱るし、時に少し意地悪なことも言うけれど、いざとなると全力で守ってくれる……あやつにとって理想の男は、父上だったというわけだな」
ああ、やっぱり。あいつはファザコン皇女だったか。
「それを聞いて私も思わず、共感してしまってな。ルッツといると、なぜだか父親といるような安らぎを感じるのだ」
ああ、確かにそんなこと言ってたな。ベアトは最初から、俺のメンタルが結構齢を経ていることに、気づいていたみたいだったし。だけど、まだベアトにとって、俺って父親枠なのかな、だったらちょっとへこむぞ。
「い、いや、今はもうそんなことはないぞ。私はルッツを牡として、無二のものと想って……あ、愛しているぞ」
陶器人形に例えられる白く冷たい美貌を崩して、わたわたと慌てるベアトが、とても愛しいものに見えて……俺はその豪奢な黄金のちっちゃな頭を、そっと胸に抱き込んだ。




