第445話 これってデレ?
そう。俺様マインドのこの高慢皇女は、自分の魔法制御力に絶対の自信を持っている。もちろんリーゼ姉さんが大陸最強の水魔法使いであることは彼女も認めているけれど、それは姉さんの持つSSクラスの魔力と、メルセデスのAクラスの差という要因が大きいだろう。他人に頭を下げるのが大嫌いなこの娘が、わざわざ姉さんに教えを乞う理由は、何なんだろう。
「……貴方が思いついたあの魔法を、実現したいのですわ」
「あっ……」
「あのアイデアに大きな可能性があることは、認めざるを得ませんわ。ですけど……何度試しても、思った通りの魔法が顕現できません。私は魔法を細やかに使うことに関しては自信を持っていますけれど、何かあと一歩、見落としているところがあるのでしょう。ベルゼンブリュックいちの制御能力を誇るアンネリーゼ卿と一緒に考えれば、何か気づきが得られるのではないかと期待しているのですわ」
なるほど。鮮やかにフリーズドライを実現してみせた彼女の能力をみて俺が思いついたあの魔法は、この先敵の多い彼女が己の身を守るのに役立つはずだ。だけどそれは、フリーズドライよりもっともっと繊細に魔力を操る必要があって……秀才くんのメルセデスでも、難しかったということか。彼女と同様にきめ細やかな水魔法を繰り出せる姉さんなら、解決のヒントを与えてくれるかもしれない。
「だけど、あの魔法は本来お姫様が使うようなものじゃない。できなくたってどうってことは……」
「あ、貴方が教えてくれた術だから、身につけたいのですわっ!」
まるで叫ぶように発せられた皇女の台詞に、俺は驚きで固まる。こ、これはもしかして……デレられているのか。
真っ白だった頬は紅に染まって、その唇は細かく震えている。黄金の瞳を見つめ返したら、ぷいと視線をそらされてしまったけど……あらわになった首筋まで桜色になっているところを見れば、かなりの勇気を出して、こんなことを言ってくれたってことがわかる。
「め、メルセデス……」
「……メル」
「え?」
「メル、と呼んで下さって、結構ですのよ。い、いえ、そう呼ぶのを許して差し上げますわ!」
いやいや、メルセデスに対して敬語を使わなくなった俺でも、さすがに皇女様を愛称呼びとか、しないでしょ。この世界では家族とか幼馴染とかでない限り、妙齢の女性を愛称呼びなどすることはない。そんなことをしようものなら「あの二人はデキている」とか噂が駆け巡るのは疑いないわけで……そんな地雷を踏む男がいるはずもなく。
「いや、さすがにそれは、恐れ多いというかなんというか……」
「何か問題ありますの? 亡くなった皇配……私の父だけが、そう呼んでいたのですけれど、最近はグレーテルやベアト様もそう呼んでくれますし……」
いかん。この悪役皇女、ひねくれた秀才くんのくせに、こういうところは天然だ。
「女同士で呼ぶのと男女が呼び合うのは、違うだろう」
「どう違うというのですの?」
「それは、ほら。そんな無闇に親しい様子を見せていると、周りの人たちからは、俺と君がデキてるように見えてしまうというか……」
「デキてるって、何ができるんですの? 男女が……あっ」
ここまで来てようやく「デキてる」意味に気づいたらしいメルセデスが、耳まで一気に紅く染める。まあこいつは昨年くらいまで、大人の男女がいたす夜のエクササイズがいかなるものか、知らなかったくらいだしなあ。良くも悪くもその才能を学問や魔法の方面に極振りしている不器用な彼女……。
だが、こんな姿を見ると、こいつも普通の少女だったのだと改めて認識してしまう。それも、外見だけは極上だ。そんな少女が顔を覆って恥じらう様子に、我知らず暴れん坊将軍が元気になって……。
「もし、そう思われても、私はかまいませんわ」
えっ、そうなの? それって隣に立つ男として、俺を気に入ってくれてるということなのか? だけど彼女は俺に対して初手から上から目線のケンカ腰だったし……明らかに俺に対する評価は、低かったはずなのだがなあ。
「俺みたいな何もできない男は、嫌いだったんじゃないの?」
「え、ええ。貴方は学問の道も剣の道も中途半端だし、王配として国を治める高い理想を持っているわけでもありませんわ。それでいて女性をたくさん侍らせることにだけは熱心で……」
おいおい、ずいぶん期待通りにディスってくれるじゃないか。その評価を否定できないのは何かとキビしいところだが、最後のところだけは訂正を求めたいところだ。俺は無闇にまわりの女性を増やしたいわけじゃないんだよ。俺は自ら女性を口説いたことはない……いや、ミカエラだけは別か。
おっと、そんなことを考えてる場合じゃない。あれほどメルセデスにとっては外角低めのボール球だったはずの俺が、いつの間にストライクゾーンに入ってきたというのだろう。
「ですけれど、貴方には誰にも負けない、勇気がありますわ」
「そうなの?」
「ええ。あの迷宮攻略で、貴方は我が身を顧みず、私を守ろうとしてくれましたわ」
あ、あれか。ボス熊の突進に固まっていた彼女に覆いかぶさった、あの時か。まああれは、相手がメルセデスだったからではなく、反射的にやってしまったことなのだが……。
「この大陸の男たちは、守られることに慣れていて……あんな風にとっさに女性をかばったりはできません。それができる貴方は、他の男にない魅力を、持っていますわ」
輝く黄金の瞳が、まっすぐ俺に向けられる。俺はただ、その真剣な視線を受けとめて……二人の間に、沈黙が訪れた。




