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【書籍四巻】定年後は異世界で種馬生活【コミカライズ】  作者: 街のぶーらんじぇりー【種馬書籍四巻/コミカライズ】
第九部 フィオの里帰り

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第443話 好評フリーズドライ

 うん、喜んでもらえてよかった。まさか、泣かれるとまでは思わなかったけど。ここ数年は彼女の苛烈な側面が影を潜め、穏やかでよく周囲に気を配れる女性になっていたから……あんなに感情をあらわにしたのは、ヴィーたちがお腹に宿った時以来じゃないかなあ。


 さっそく胸当てと籠手を身につけ、上機嫌で森の開拓に出かけて行った我が妻を見送って、俺は領主館へ戻る。


「お、遅かったですわね。貴族たる者、時間を守らねば領民に示しがつきませんことよ!」


「ふふっ、殿下はルッツ様とのお出かけを、いたく楽しみにしておられましたから。三十分も前に着かれて今か今かと……待ちくたびれられたのですよね」


「そんなのではありませんことよ! わ、私はただ、青い血が流れる者の自覚が足らないこの人に、親切心からの忠告を……」


「はい、そういうことにしておきましょう」


 にぎやかな会話は、もはや完全に居着いてしまった帝国皇女メルセデスと、ベアトの側近であるアデルのものだ。言い合いというより、一方的にぎゃあぎゃあ騒ぐメルセデスを、アデルが大人の余裕であしらっている感じなのだが。


 そう、俺たちはこれから、アデルの転移魔法で、王都まで送ってもらうのだ。


 もちろん、目的は異なる。俺は正室ベアトのご機嫌伺いと、陛下も含めて政治的なあれこれを話し合うため。そしてメルセデスは、王国水魔法使いのトップであるリーゼ姉さんに師事するため、王都へ向かうのだ。


 メルセデスは魔力Aクラスという恵まれた才能を持っているけれど、その程度の魔力なら帝国では貴重とされても、魔法王国ベルゼンブリュックの高位貴族たちから見れば飛び抜けた力とまでは言えない。むしろ彼女の本領は、凍りついた食材の中から水だけを確実に抜き出せる極めて繊細な魔法制御力と、実現したい魔法をイメージし、それを理論づけ体系立てられる秀才頭脳なのだ。


 彼女も、あの迷宮探索でその辺、気付きがあったらしい。迷宮から帰るなり、評判を聞きつけた市民や貴族たちの賞賛の声にドヤることもなく一人部屋にこもり、ひたすらにペンを走らせて……一週間後、目にクマなどこさえてようやく出てきた時には、二冊の紙束を完成させていた。


 一つは、小難しい論文。例のフリーズドライ魔法の原理と作用機構なんかについて、魔法学者にしかわからない言葉をふんだんに使って、詳細に記述されている。俺も見せてもらったけどさっぱりわからなかったぞ。


 もう一つは、一般向けであろう、薄いマニュアル。不慣れな術者でも、魔力の流し方や、目に見えない食材の中にある水の状態を想像できるようにと、イラストをあちこちに散りばめてある。俺もこれなら理解できたけど……魔法の使えない俺には、猫に小判というか豚に真珠というか。


「水魔法の使える帝国兵を集めてくださらない?」


 そして皇女は帝国出身のCクラスDクラスの魔法使いに、あのフリーズドライ魔法を教え始めたのだ。マニュアル片手にああだこうだと実演し、コツを説き、最後は実際に食材を使って実習させて……数日の間に三百人ほどが、「フリーズドライ食品」を製造できるようになったのには、多少驚いた。


 頭のいいやつってのはたいがい、他人に物を教えるのが下手な場合が多いのだが……メルセデスは講師としても優秀極まりなかった。それは生来備わった才能に頼らず、たゆまぬ努力でスキルを勝ち取った経験に基づいているものなのだろう。


「言ったでしょう? 魔法は、イメージですのよ。私が正しいイメージを彼女たちに伝えれば、魔力が少なくても事象は顕現させられるのですわ!」


 相変わらずの上から目線だけど、今回ばかりは感謝せざるを得ないなあ。


 帝国魔法使いには、水属性持ちが一番多い。帝国人の戦争捕虜を山ほど抱えるバーデン領にもいっぱいいるんだけど……この人たちの魔法を活かす機会、普段はあんまりないんだよね。リーゼ姉さんやメルセデス級の魔力を持っていれば戦闘を含めていろいろ活躍の機会があるんだろうけど、残念ながら彼女らはよくてBクラス、多くはC、Dクラスなのだ。ぶっちゃけ麦畑に水まきをするくらいしか仕事がなく……これが水属性が「ハズレ」と言われてきたゆえんなのだ。


 だけど、メルセデスが「フリーズドライ」技術を領の女性に伝授したことで、流れが変わりそうな手ごたえが出てきたんだ。


 一人一人は低クラス魔法使いでも、三百人もいれば魔力総量はすごいものになる。彼女たちが全員で「フリーズドライ」に取り組めば、結構な量のインスタント食品や、食材が出来上がる。試しに王都の国軍に営業をかけてみたら、反応はものすごかった。


「す、すばらしい! これを持っていけば、遠征が苦になりません、さっそく注文を……」

「我が部隊にもぜひ!」

「ルッツ……もちろん姉さんの部隊に、優先して回してくれるのよね?」


 予想通り、軍隊の遠征食ニーズは大きかったようで、いきなり生産能力の二倍くらいも注文が入った。そんなに作れないと言ったら騎兵隊と工兵隊、魔法部隊の間で奪い合いが始まって、リーゼ姉さんが俺に大人気ない圧力をかけてくる始末だ。


 まあ最終的には、リーゼ姉さんの魔法部隊に所属する水属性魔法使いに、メルセデスが「フリーズドライ」術を教えることで決着した。もちろんただというわけにはいかないから、国軍からバーデン領にライセンス料を払う約束だ。


 これだけだと、俺が得するだけでメルセデスには一文の得もない。なので契約の条項には、彼女たっての希望を一行付け加えた。それはベルゼンブリュック、いやこの大陸にいる水属性魔法使いすべての頂点に立つリーゼ姉さんに、直接魔法の指導を受けることなんだ。もちろん姉さんは快諾。


「メルが我々に牙をむくことはない。あれも単なる、魔法オタク女だからな」


 王室も、ベアトのこの一言であっさりそれを認めた。旧敵国の皇位継承候補を鍛えるってどうなんだよと思うけど、彼女はベルゼンブリュック魔法使いの実力を知り、それと争う愚を十分理解したはずだ。確かに俺たちの敵になる絵は、もはや想像できないな。


「さあ殿下、ルッツ様、翔びますよ!」


 相変わらず惚れ惚れするような凛々しさで、アデルが俺たちを急かした。


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