第442話 斧の再利用
「ふうっ、はあああぁっ!」
もう十九歳になるというのにまだ少女のようなハイトーンの気合が響くと、まるでレーザー光線ショーで見るようなプラチナ色した光の扇型が広がる。もちろんそれは、我が愛しい幼馴染が振るう「アルテミスの聖剣」から発せられる、勇者の魔力だ。
俺がプレゼントした斧への愛着から聖剣を佩くことをためらったグレーテルだけれど、勇者と聖剣が惹かれ合うのは、ある意味必然だ。今や片時も聖剣を手放すときはなく、俺と熱い夜を過ごすときですら、その枕元にはいつも、アルテミスの聖剣があるというわけだ。いにしえの女神に監視されながらいたす夜のエクササイズは実に微妙なのだが……ようやく慣れた。
対手もいない一人鍛錬では腕を磨けないのではないかと心配する俺に、グレーテルは優しく微笑んで首を横に振った。
なんでも聖剣には明らかに女神さん的な人格があって、その女神が敵影を彼女だけに見えるように作り出し、剣の振るい方や魔力の注ぎ方、身のこなしなんてところに、適切なアドバイスを与えてくれるのだという。すでに国内でグレーテルの本気に付き合える練習相手がいない状況下、実にありがたい女神さまさまなのだ。
かつて我が幼馴染が得意としていたのは片手持ちの中剣戦闘だったけれど、この聖剣は両手持ちで振るうことを前提とした長剣。取り回しに戸惑いがあるのではないかとつい心配してしまう俺だけど、かつて全く経験のない斧だって即日使いこなした万能の彼女だ。女神の指導もあって、もう十年来の長剣使いであるかのように流麗な剣筋を見せている。
一時間ばかりの激しい一人鍛錬を終えて、汗をぬぐいながら帰ってくる妻の姿は、実に美しい。首筋に浮かぶ汗の粒をペロリと舐めとりたい欲望に駆られてしまうけれど……我が幼馴染は意外に潔癖症で、そんな真似をしたらぶっ飛ばされてしまいそうだ、自制自制。
「今日も、カッコよかったよ」
何度言ったかわからないほど繰り返しまくったこの台詞だけど、我が「奥様」は毎回頬を染めて瞳を輝かせる。ドレス姿を褒めても「あっそう」ってな感じなのに、戦う姿を賞賛するとチョロいくらい喜んでくれるのは、さすが生来の戦闘狂ってところだ。
「ありがと。ここんとこ斧ばっかり使っていたから、剣に慣れるのにちょっと時間がかかったかな」
そこまでしゃべったところで、ふと何かを思い出すような表情になるグレーテル。
「あ、あの斧……ルッツがくれた斧、どうなったの?」
そう。勇者の証たる聖剣を手にしてなお、俺の贈った魔銀の斧にこだわっていた彼女に、俺は普段なら言わないような強い調子で、その処分を任せるように命じた。グレーテルと聖剣を早く結びつけて、森人の族長が示唆した「魔神」との戦いに備えるべきだと思ったからだ。彼女はいつもにない俺の態度に驚きつつも、意図は理解したらしく素直に従って……もう忘れてくれたかと思っていたけれど、やっぱりそう簡単ではなかったか。
「まだ、気になっているの?」
「もちろんよ。だって愛するルッツ……貴方が初めてくれた、武器なのだもの」
くうっ。齢を重ねるごとに素直になってきたグレーテルが、時々かましてくるストレートなデレには、毎度毎度胸を撃ち抜かれてしまう。最強勇者の彼女にこれほど想いを向けてもらえるなんて、めちゃくちゃ幸せだ、だけど……。
「だからアレがどうなったかは気になるのよ。まさか鋳つぶしたりしてないよね?」
うぐっ、この幼馴染は容赦なく、痛いところを突いてくる。仕方ない、本当はもっとドラマチックに出したかったけど、我が奥様の瞳に苛烈な光がともり始めた、ここは白状するしかあるまい。
「実はこれなんだけど……」
王都から届いたばかりの包みを、俺の従者になったクリステルがささっとテーブルに置き、素早く引きさがる。そう、護衛のミカエラやアゲハに雑用をさせるのはよろしくないから、細かいところに気が回るこの少年に、身の回りのあれやこれやを手伝ってもらうことにしたのだ。最初は俺に明らかな敵意を向けていたこの子も、あの貴族粛清の背景なんかをきちんと理解したのだろう、最近は随分態度が和らいで……俺の軽口にも笑って応えてくれるようになってきた。
「何の包みなの? 私は今、あの斧のことを聞いているんだけど?」
我が妻の声に、不穏なトーンが混じる。明らかにグレーテルは、思い出の品を俺がポイ捨てしたのではないかと疑っていて……このままでは処されてしまう。
「う、うん、わかってるよ……だから、この包みの中を見てくれる?」
ビロードみたいな紅い厚手の高級布で丁寧に二重包装されたそれを、俺はゆっくりとほどいていく。布の間からプラチナ色の輝きがのぞくのに気付いたグレーテルが、大きく息を吸い込んだ。
「はい、これだよ。あの斧は、もう武器としての役目を終えた。だから打ち直して、大切な君の身を守る、防具にしてもらったんだ」
そう、赤い布の上に鎮座するのは、軽量の胸当てと、籠手。王都イチの鍛冶師に頼んで打ち変えさせた防具に、クラーラの手で防御の魔法陣が刻まれている。
もちろん、普通の銀でこさえておいて精細な呪文を刻み、クラーラの娘ルイーゼのチート技である金属変換で魔銀化したほうが、性能的にはいいモノが造れる。だけど、あの斧に向けられた想いを活かすかたちで造ったほうが、グレーテルが力を発揮できると思ったのさ。
「う、嬉しい……ありがとうルッツ。必ず身につけて、決して離さないわ!」
いやいや、普段は外しておこうね。そう突っ込もうとして、俺は言葉を飲み込んだ。彼女の両頬に、透明な流れがとめどなく伝っていたのだから。




