第440話 ティナとは、違うの?
そうなりゃもう、試すしかない。
領主館とは名ばかりのログハウスに集まったのは、ガブリエラを抱いたミカエラ、アヤカさん、メルセデスと侍女ギーゼラさん、ニコルさん、コルネリアさん、そしてもちろんグレーテル。
事情を打ち明けても問題なさそうな女性で、できるだけいろんな属性を揃えようと思ったら、こんなメンバーになったわけさ。木属性はいないけれど、ティナも木属性魔法には全く反応していなかったし……検証段階では抜いてもいいだろう。
「まあ、一番安全なのは、水、かな?」
そう。ティナが最初に魔法を「食った」のは、リーゼ姉さんの水球魔法だった。これなら失敗しても、濡れるくらいで済むだろうし。
「さっそく私の出番というわけですわね。これでよろしいの?」
ごくごく短い詠唱の後、メルセデスがピンポン玉くらいの水球を、掌の上に浮かべ、ガブリエラの前に差し出す。その指が意外なくらいに長くしなやかなことに、少しドキッとしてしまう俺は、さすがに色ボケしていると自覚せざるを得ない。
おっと、そういう場合ではなかった。ガブリエラの反応を見ねばならない。
「う〜」
「水は、好きじゃないみたいですわね?」
ガブリエラは水球を見ても食いつくこともなく、ただ目の前に現れた異物としかみなしていないようだ。メルセデスがちょっと傷ついたような顔になる……別に彼女が悪いわけではないのだが。
「なら、順番からいうと次は火ですわね。ギーゼラ、お願いするわ」
順番というのはアレだ。ティナが最初に吸収したのはリーゼ姉さんの水魔法で、次に食ったのがヒルダ母さんの火球だったからな。この手の実験は順番も含めて再現させた方がいいということを、この秀才皇女はよく理解している。
「では失礼して、ふうっ!」
「……へっ、ふ、ふえぇぇん……」
数少ない火属性要員として連れてこられた侍女ギーゼラさんが、主人の出した水球と同じくらいの大きさで、火球を顕現させる。こめかみに少し汗が浮いているのは、間違えてもガブリエラに怪我をさせないようにという緊張がなせるわざなのだろう。さすがは戦闘から調香までなんでもこなす万能侍女、作り出す火も実に安定しているけど……火を初めて目にした赤ちゃんにはやはり怖かったらしい、泣き出してしまった。さすがは俺の子供というべきか、泣き顔まで目一杯可愛い。
「も、申し訳ございません、領主様のお子に失礼を……」
「ギーゼラさんは悪くないよ、俺たちが頼んだことだから。だけど、水も火も興味がないということになると……」
「こうなれば全属性、試すしかないわね!」
急にやる気を出した我が幼馴染に促され、ミカエラが粘土細工を出し、ニコルさんが鑑定してみせ、コルネリアさんが風を起こし、アヤカさんがデバフをかけ……だけど、機嫌を直したガブリエラはどれひとつにも興味を示さず、ただきゃっきゃと笑っているだけ。
「やはりティナの能力とは、明らかに違うようね」
「うん。そういえばちょっと思い出したんだけど……ティナの洗礼で見た『もやもや』と、今度の『もやもや』は、ちょっと違う気がするんだよね」
「どういうこと?」
そう。よくよく記憶をさかのぼってみれば、ティナの時に上がったもやは、黒っぽかったと思うんだよね。だけどガブリエラのそれは、むしろ白っぽいもやだった。そこまで俺が口にした時、メルセデスがハッとしたような表情になった。
「そういえば、皇室の禁書にありましたわ。無属性には白と黒の二系統あり、その能力はまったく違うものであると」
「え? じゃあ、その能力はどう違うの? ガブリエラはどんな魔法が使えるの、メル様??」
意外な情報に、グレーテルが一気に食いつく。母親のミカエラよりむしろ彼女の方が真剣に心配しているように見えて……これが我が幼馴染の美点なんだよな。
「さ、さすがにそこまでは記されておりませんでしたわ……ごめんなさい」
「そうよね……希少な属性ですものね。でも教えてくれてありがとうメル様、おかげで何か希望のようなものが見えてきたわ」
いつもの高慢悪役令嬢っぽい態度をどこかに置いて、本当に申し訳なさそうな表情をする皇女の姿に、我に返って感謝するグレーテル。自分のお腹を痛めた子でなくても、俺の子供というだけでこんなに心配してくれることには、なかなかグッとくるものがあるのだが……。
「よかったねっ、ガブリエラ!」
「うあう〜」
実の母親は、満面の笑みで我が子の髪を撫でつつ、明るく話しかけていた。娘の方にも母の能天気ぶりが伝染したものか、両手をぱたぱたさせつつ盛り上がっている。
「ミカエラ、貴女……」
「大丈夫ですよ、グレーテルお姉様! この子に魔力がちゃんとあって、それも貴重な魔力だってわかったんですからっ! 今は魔法が使えないかも知れませんけど……大人になるまでに、ゆっくりできることを探していけばいいんです。もし魔法が使えなくたって、私が守りますからっ! きっと、ルッツ様だって……」
そんないじらしい言葉とともにまっすぐ視線を向けられたら、我慢できるはずもない。俺は力一杯、ミカエラの上半身を抱きしめていた。
「ルッツ様、苦しいですっ……」
彼女の訴えに構わず、俺はその身体を放さなかった。いつもなら何か言ってくるはずの幼馴染も、眉尻を少し下げて、抱き合う俺たちをただ静かに、見守ってくれていた。




